奈落の底の牢獄
細い通路を一人で歩く。
意外にも、罠の類は今のところない。
ただ無機質な石の廊下が続くだけ。
「まあ、管理する側が引っかかってちゃ本末転倒だもんな」
道なりに歩き続ける。
剣と盾を錬成し、曲がり角では壁に張り付き、様子を伺う。
(……おっと)
角から顔を出すと、ゴブリンが二体、雑談をしていた。
『アノダークエルフノ様子ハドウダ?』
『相変ワラズダ。口モ開カナイシ、俯イタママダ』
『面倒ダナ。トットト手出シチマエバイイノニ』
『バカ言ウナ。売リ物ニ傷ヲ付ケルヨウナ真似、出来ル訳ナイダロ』
(──こいつら……!)
売り物だの手を出すだの。
人の尊厳をなんだと思ってるんだ。
「──錬成」
身体に鎧を纏っていく。
普段とは違う、最低限の防具を纏った機動性重視の鎧。
両手に持っていた剣と盾も作り変える。
防御を捨て、斬撃に特化させた二振りのサーベルへ。
身体に魔力を巡らせ、地を蹴って角から飛び出す。
一瞬でゴブリンとの距離を潰す。
『──ギッ!?』
『ナ、侵入者!?』
ゴブリンが手に持っていた斧を構える。
「──遅い!」
すれ違い様、両手を振り抜く。
手応えは、確かにあった。
振り向き、剣を構える。
『ギッ……ギギッ……』
『侵入者ダ……知ラセナイト……!』
ゴブリンたちの胴体から、同時に血が吹き出す。
その後に続く言葉はなく、そのまま倒れ伏した。
「……嫌な、感覚だ」
構えを解き、両手を見る。
俺の手は、震えていた。
包丁で食肉を切るのとは違う。
明確に、命を奪うための一撃。
手のひらに残る感覚が消えない。
肉を裂き、骨に当たった感触まで思い出せてしまう。
頭に無数の言い訳が浮かんでは消える。
ゴブリンは鎧を着ていなかったから、不殺は難しかった。
彼らは武器を持っていた以上、躊躇えば俺が死んでいた。
「……いや、よそう」
受け入れろ。
俺は、黒木志郎は。
命を、奪った。
──もう、後戻りはできない。
サーベルを手から消し、ゴブリンの元に向かう。
無言で亡骸の前に屈み、手を合わせる。
敵地のど真ん中、いつ敵が来るか分からない。
それでも、せめて手くらいは合わせておきたかった。
立ち上がり、ゴブリンの遺体を背にして歩き出す。
相変わらず無機質な石の廊下。
本当にエルフが捕まっているのか怪しいくらい、何もない。
前進し、右に曲がり、小さな階段を下り。
ついた先は行き止まりだった。
「……ハズレか」
引き返そうと踵を返す直前。
違和感に気づく。
「……ん?」
行き止まりの壁を凝視する。
よく見ると、わずかに色の違う箇所がある。
「……隠し扉のスイッチか?」
ダンジョンゲームではよくある仕掛けだ。
壁に向かって歩き、色の違うレンガを押し込む。
──床が開き、下に落ちた。
「──っ!?」
「嘘だろ──!?」
ここにきてトラップ。
まんまと引っかかった。
「──再錬成!」
両手の剣をフック状に曲げ、壁に引っ掛ける。
ガリガリと火花を散らしながら、徐々に落下速度が下がっていく。
やがて完全に停止し、胸を撫で下ろす。
「……ふう」
「完全に油断してたな……」
まだそこまで深く落ちたわけじゃない。
靴にスパイクを錬成し、壁に突き立てる。
あとはこのまま、フックとスパイクで登って──
『──オオォォォ──』
「っ!?」
奈落の底から、低い声のようなものが響いた。
反射的に穴の方を見る。
何かが、闇の中で動いている。
最初は壁かと思ったが、違う。
指だった。
──見たことのないサイズの、巨大な手が迫っていた。
「──っ!?なっなんだ──!?」
巨大な手に捕まれ、そのまま下に引き込まれる。
抵抗する間もなく、奈落の底まで落ちる。
「──うわっ!」
途中で拘束が解け、暗闇に放り出される。
尻から地面に叩きつけられる形になった。
「──いってえ……」
ゆっくり立ち上がり、辺りを見渡す。
灯りはあるにはあるが、上の階よりもはるかに少ない。
「さっきの手は……なんだったんだ?」
薄暗くてよく見えないが、少なくともさっきの手の主と思しき存在は見当たらない。
トラップ用に用意された作り物か、あるいは幻覚で手に見えていただけの、別の何かか。
徐々に目が慣れてきて、暗闇の向こうが見えてくる。
鉄格子の扉。
幾重にも重ねられた鎖と、中心に鍵穴。
「──どう見ても、なんかあるよな。あれ」
扉の向こうは何も見えない。
わずかな灯りすらない、未知の道。
《──オオォォォ──》
巨大な手と共に聞こえた、声のようなものが聞こえてくる。
恐怖で全身が震え上がる。
「……行きたくねえなぁ……」
天井を見るが、光は見えない。
多分、穴はもう塞がっている。
大きなため息をつき、扉の方に向かう。
「──錬成」
肉厚な刃を持ったチェーンカッターを作る。
わざわざピッキングなんてやってる時間もないし、そんな技術もない。
一本ずつ、強引に破断していく。
鎖を断ち切った後、チェーンカッターを分解し、両腕に巨大な鎧を纏う。
「ふんっ──!」
鉄格子に手をかけ、力を込める。
格子を大きく広げるように曲げ、通れるだけの隙間を作る。
「よし。行くか」
壁にかかっていた灯りの一つを手に取り、扉の向こうへ進む。
軽装鎧から普段の鎧に作り変え、剣を片手に錬成する。
「──出して……」
「──死にたくない」
「家族に、会いたい……」
「──っ!」
いくつかの女性の声が聞こえた。
間違いない、エルフだ。
壁に灯りを向けて、居場所を探る。
直後、後悔の念が襲ってきた。
──牢に詰め込まれたエルフの女性たちは、痩せ細り、骨と皮だけになっていた。




