ただいま、おかえり
……はぁ。
夢姫は本日何度目かの深いため息を付いた。
(ミツ君、大丈夫かなぁ……。)
後ろ髪を引かれる思いであの場を離れた夢姫は、モヤモヤした想いを抱えながらも、神風の言いつけ通りに電車に乗って自宅まで帰って来ていた。
神風と大河の動向が気になる夢姫は、帰宅後何も手に付かず、こうして座椅子にちょこんと体育座りをしながら、はぁ。と深いため息を吐くしか出来なかった。
出た時は明るかった外も、日が傾き掛けている。
(ミツ君、遅いなぁ……。)
ぼんやり窓から外を見て、はぁ……。と再びため息を吐いた、その時だった。
ピンポーン。
ハッとした夢姫は、ババッ!とその場に立ち上がり、急いでインターフォンの画面で外を確認した。
その画面にはすっかり見慣れたイケメンの姿があった。
「…ミツ君!!ちょっと待ってて、すぐ開けるね!」
夢姫は慌ててインターフォンを切るとすぐに玄関の扉を開けた。
ガチャガチャッ、バンッ!
勢い良く扉を開けたその先には、モデル顔負けの身体と顔を持つ男……神風の姿があった。
神風は勢い良く開いた扉にびっくりした様子だったが、すぐにトロリとした甘い瞳で夢姫を見つめた。
「ゆめきちゃん、ただいま。」
神風はそう言うと、夢姫を優しく抱きしめた。ふわりと神風の優しい香りが鼻腔を掠める。
「おかえりなさい、ミツ君。……心配したよ……。」
神風の香りと体温に包まれて安心した夢姫は、ついポロリと本音を漏らした。
その言葉を聞いた神風の腕に力が籠る。
「……ごめん。心配かけたね。」
夢姫も神風の背に手を回してギュッと抱きしめた。神風の服がヒヤッと冷たくなっている事に気付いた夢姫はバッと神風から離れた。
いきなり身を離した夢姫に不満そうな色を浮かべた神風の瞳を無視して夢姫は口を開いた。
「大変、身体が冷たくなってる!狭いけど、とりあえず中に入って。」
「……では、お言葉に甘えて。」
神風は夢姫の言葉に乗る事にした。
「ちょっとコーヒー入れてくるから、良かったらこの座椅子使ってね。」
神風は夢姫に言われるまま座椅子にゆったりと腰を下ろした。
夢姫の部屋はこじんまりしていたが、あまり物を買わないせいかそれなりに整った部屋だった。
「へぇ。ゆめきちゃんのお部屋って結構すっきりしていますね。」
「ゴチャゴチャしている物よりすっきりしたデザインの方が好きなの。だから部屋もシンプルな物で統一しているの。」
「シンプルな物は合わせやすいし、飽きが来なくていいよね。僕もそっちの方が好きです。」
夢姫は神風にコーヒーの入ったマグを渡しながら隣に座った。
そして、ふっとお泊りした時の神風の部屋を思い出した。
「……あ〜、確かにミツ君のお家も整頓されててシンプルなデザインの物が多かった気がします。」
「同じ趣味で良かった。これなら一緒に暮らす時に家具選びで喧嘩にならないですね。」
神風は夢姫を見ながらにっこり笑った。
グフッと夢姫は一口飲んだコーヒーを吹き出しかけた。
(あ、あぶない……!コーヒー吹き出しかけた!)
「ちょ、ミツ君、いきなり何言ってんの!」
「?そもそも僕はゆめきちゃんと結婚するつもりで付き合っていますし、このまま僕達の関係が続けばその可能性はありますよね。」
「そ、それは確かに付き合う時にミツ君が言ってたけど……。」
「大丈夫、僕はゆめきちゃんの気持ちが追い付くまで待ちますから。」
「う、うん……。」
(ミツ君て、ちょいちょい爆弾投げてくるよね……。)
ドキドキした心臓を落ち着かせるべく、夢姫は再びコーヒーをこくっと一口飲んだ。
すると、ふっとハンガーに掛けておいた神風の上着が目に入った。
「あ、そうだ。ミツ君の上着、返すね。」
ガタッと机に両手をついて立ち上がろうとした瞬間、夢姫の片手が机から滑り落ちた。
「……きゃっ!」
「危なっ」
そのまま前のめりに体勢を崩した夢姫は、机の角にダイブしそうになった。
神風は咄嗟に手を引き、座ったままバフっと夢姫を抱きとめた。
神風は、ふぅ……と息を漏らすと、抱きしめたまま夢姫の耳元で囁く。
「ゆめきちゃんは、ちょっとおっちょこちょいなところがあるよね。そこもかわいいけど、気を付けないと怪我するよ。」
「……っ。」
耳元に響く甘い低音ボイスにゾクゾクッと背筋に甘い痺れを感じた夢姫は思わず神風の腕にしがみ付いた。
すると、ぬるっとした熱い感触を首筋に感じた。
「……ミツ、君?」
ツツ…とその感触は這い上がり、夢姫がくすぐったさに身動ぎした次の瞬間、神風はガブリと夢姫の耳朶を甘噛みした。
「うひゃあっ!」
夢姫はびっくりして、情けない奇声を上げながら両手で耳を覆って神風から身を離した。
神風は意地悪そうな瞳でふふっと笑った。
「気を付けていなかったから、お仕置きだよ。」
うぐっ、と言葉に詰まった夢姫だが、首筋の刺激からふっとあの疑惑の事を思い出した。




