兎の反撃
固まった夢姫に、大河は攻撃の手を緩めない。
「ふふっ。ゆめちゃんってウブなの?……それとも、そうやっていつも男を惑わせてるの?」
大河が頬を撫でた指で夢姫の唇をふにっと押した。
そこで夢姫がハッと我に返り、バッと大河の手を払い除けた。
「ちょっ!悪ふざけはやめて下さい!」
そんな些細な抵抗に大河は全く怯む様子はなく、「ははっ。」と笑いながら口を開いた。
「やだなぁ、ちょっと顔に触れただけじゃん。そんなに怒らなくてもいいだろ〜?」
「んなっ!」
「……ま、そんな事は置いといて、そろそろ本題に入ろうか?」
大河はそう言うと、ジッと夢姫を見据える。
大河の、まるで獲物を射止めんばかりの強い眼差しが、夢姫に向かって降り注ぐ。
夢姫は威圧感に一瞬ぐっと言葉が詰まる。しかし、大河に負けじと口を開いた。
「私も、今日は大河さんにお話があります。」
大河は意外そうな顔をすると、へぇ……と呟いた。
「……何?俺に話って。」
「大河さんが、昨日の練習試合でおっしゃっていた『大切なモノ』とは、一体何でしょうか?」
「あぁ、あれ?……何だと思う?」
『正解は自分で考えろ』と言わんばかりに、大河はニヤッと嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
「……それってもしかして、神風さんのことですか?」
『神風』というフレーズを聞いた途端、余裕のあった大河の表情が一変し、険しいモノになった。
「なぜ、そう思う?」
夢姫はその表情を見て、自分の見立てが当たっていると実感した。
「以前、私が神風さんと一緒にジュニアサッカーチームに顔出しをした時、大河さんはやたら神風さんとの関係について追求してきましたよね?それに神風さんにもやたら突っ掛かかっていた様に見えました。」
「ふーん?それで?」
「それだけじゃない。ユウユウ達と四人で飲み会をした時も、大河さんの話題は神風さんのことばかり。私と二人きりになった時だって、私が神風さんをどう思っているのか聞き出すためでしたよね。……『大切なモノ』は恐らく大河さんにとって『大切なモノ』なのでは?」
大河は一瞬驚いた表情をしたが、すぐにスッと目を細めて夢姫を睨み付けた。
「へぇ、何も考えてなさそうなアホっぽい顔してるくせに、最低限の洞察力はあるみたいだねぇ〜。」
「なっ!ア、アホですって!?」
「ちっ、いちいちうっせーな!店の中なんだから、静かにしろよっ。」
夢姫に対して『こちらの思惑を隠しきれない』と判断したのか、ついに大河は本性を見せ始めた。
ぶっきらぼうに夢姫に悪態を吐くと、両手を組み、鋭い眼差しを夢姫に向けた。
「お前さ、神風の何?……アイツに気があるならやめときな。どうせお前なんて相手にされねーよ。」
「はぁ!?いきなり何ですか!さっきから失礼にも程があります!!」
「だから、いちいちうっせーって言ってんだよ、この害虫が!!バタバタ醜い羽音させやがって。あーうざってぇ!」
「が、害虫ですってぇ!?大河さんにそこまで言われる筋合いはありません!!」
「あ……あの……お客様……。」
まるで消え入るかのような申し訳なさそうな声でウェイターが声をかけてきた。
「「はい!?」」
二人は凄みを効かせた顔でグルンッとウェイターの顔を見上げた。
「ひっ!……す、すいませんっ!!……あ、あの、お料理を、お持ちしたのですが……。」
ウェイターは激しく言い合いをする二人に完全にビビっており涙目だ。
その様子にハッと我に返った夢姫は慌てて謝った。
「す、すいません……!ありがとうございます。」
夢姫のその様子を見て、大河がさらに暴言を吐く。
「はっ!これだから害虫は頭が悪くて嫌なんだよ!」
「はぁ!?さっきから害虫、害虫って!私は虫じゃありません!!」
ウェイターは縮こまりながら、再び二人の会話に割って入る。
「……あ、あのぉ……。」
「「はい!?」」
ウェイターは、二人の獣……夢姫と大河に睨まれて、ビクッと身を震わせながら、半泣きで口を開いた。
「ひっ!すいません、すいません!……あの、大変申し訳ないお願いですが……お、お二人とも、声のトーンを少し下げていただけると、助かります……すいません!」
見ているこちらが居た堪れなくくらいの低姿勢で必死にペコペコ頭を下げるウェイターに、夢姫は慌てた様子で口を開いた。
「……あっ!ご、ごめんなさい!気を付けます」
大河はブスッとした表情を浮かべながら「……すいません」とウェイターに謝った。
震える手で料理を置いたウェイターはそのまま逃げるように厨房へ去っていった。
その様子を見た大河は夢姫を睨み付けた。
「ほら、お前のせいで注意されただろ。」
「うぐっ、確かに声を荒げた事は謝りますが、大河さんにも非はあると思います。」
バチバチ……!二人の間に火花が散る。
しばらく無言で睨み合う二人だったが、大河がその空気を壊しにかかった。
「……ひとまず、飯食おーぜ。冷めちまう。」
「……そうですね。」
夢姫は大河の提案に乗ることにした。