姫は王子に攫われた
そのまま夢姫に濃厚な口付けを繰り返していた神風だったが、しばらくして満足したのか、徐に唇を離し、夢姫をお姫様抱っこした状態のまま歩き出した。
(え!?誰かに見られたら、恥ずかしい!!)
いきなり動き出した神風にびっくりした夢姫は、小さく叫び声を上げながら身動いだ。
「ひゃあっ!神風さん、嫌っ!降ろしてっ!」
「いいけど、立てるの?」
そう言うと神風は休憩棟のソファに夢姫を降ろした。
幸い休憩棟には誰もいなかったため、ソワソワと落ち着きなく辺りを見回した夢姫は一人ほっと胸を撫で下ろし、神風を軽く睨みながら強めの語尾で捲し立てた。
「病人じゃないんだから、立てますよ!!」
夢姫は力を入れソファから立ち上がろうとした。……が、下肢に力が入らない。夢姫はヘナヘナ〜と再びソファに座り込んでしまった。
「あ……あれ?」
「ほら、無理でしょ?大人しく抱っこされていなさい、僕の姫様。」
神風は意地悪そうな目をしながらニッコリ笑うと、再び夢姫を軽々と抱き上げた。
「やっ!まだ、みんないるのに!」
神風はピタッと立ち止まり、意地悪そうな目からスッと氷のように凍てついた目に変わった。
「皆に見られるのが、そんなに嫌?なぜ?」
表情の乏しい神風だが、夢姫に見せるそれは違った。
夢姫には、瞳の奥に宿る神風の感情を感じ取ることが出来た。
(マ、マズいぞ、神風さん不機嫌になってる……。いやいや、ここで怯んでどうする!不機嫌になりたいのはこっちなのに!!)
「嫌に決まってるじゃないですか!!そもそも付き合ってもいないのに、ハグしたり、キ、キスしたり!悪ふざけにも程があります!!」
「悪ふざけ……?」
神風の目は完全に色を失い、氷のような冷たい瞳の奥には、冷たさとは対照的な、燻る炎のように強い激情が見え隠れしている。
「これが、ふざけているとでも?……僕の気持ちは全く伝わっていないみたいだね。ゆめきちゃんには、一度しっかり教えてあげないといけないかな。」
神風はそう言うと、休憩棟の扉に向かって再度歩き出した。夢姫は神風のその態度に、自分に意見することを許さない、とでも言う様な強い意志を感じた。
「あ、嫌っ!だ、だめっ!神風さん、降ろして!」
ガチャ。
神風は夢姫の必死な懇願を無視して、そのまま外に出てしまった。
しかし、グラウンドの方角には向かわずに反対側の人目に付かない方角に向かって歩き出した。
(あ、あれ?一体どこへ向かうつもり……!?)
「神風さん、何処へ……?」
神風は夢姫の問いに一切答えずにそのまま歩みを進める。
向かった先は駐車場だった。
神風は一旦夢姫を降ろし、夢姫の身体を抱きしめながらポケットに入っていた車の電子キーを押す。
ピピッ、ガチャッ
「あ、あの、神風さん?きゃっ」
動揺する夢姫を、そのまま助手席に夢姫を押し込むような形で強引に車に乗せた。
バンッ
神風は無造作に運転席に乗り込むと、そのままエンジンをかけ、車を発進させた。
「神風さん、一体何処へ行くつもりなの?」
「君と僕の『思い出の場所』に向かいます。」
「思い出の、場所?」
夢姫は話しながら神風を見た。
神風は端正な横顔にうっすら微笑を浮かべながら答えた。
「着けばすぐに分かるはずだよ。それまで、正解はお預け。」
(お預けって。一体何処へ向かうつもりなんだろう……。)
夢姫は不安そうな表情を浮かべつつ、神風の運転に身を任せることにした。