二、
玉は、自分の背か高いことに悩んでいた。女達の中では頭ひとつふたつ抜けている。毎朝起きると、大きくなっている。そのうち男共もあらかた抜いてしまった。小柄な勘介などは、見上げるように玉と話さねばならない。大人を見下ろすということは・・・怖いことだ。笙は笑って「もう止まるよ」と言ってくれるが、その気配はない。日に日に成長する自分が呪わしい。
このまま、どこまでも伸びていったら、玉はどうなってしまうのだろう。
山中に杉の木が林立している。玉は、その一本一本がかつて人間であったような気がした。一晩寝て起きる度に成長し、どんどん伸びて、やがて玉も杉の木になって身動きできなくなると、本気で怯えた。あるとき、思い余って杉の木を刃物で突き刺した。杉からは、血が噴出することもなく叫び声もなかった。少しホッとした。
玉は「これ以上大きくならないよう」神仏に祈った。何か食べるから背が伸びるのだと断食したこともある。だが、食べないと舞台に上がれない。気が遠くなって何度かふらついた。玉は粥を少しずつ少しずつ啜りながら一日動ける分量のみ摂った。それでも背は伸びる。普段はなるべく小さく見えるよう、背中を丸め膝を抱えて顎を乗せ隅っこのほうにうずくまっている。笙や藤勢からは「姿勢が悪い」といつも叱られた。
どこかの縁日で、見世物小屋と一緒になった。
「鬼女」が檻に入れられている。玉は、鬼女にビックリ!鬼女は玉よりもずっと背が大きく肩幅もがっしりしていた。角が生えている。髪は金色、瞳が碧い・・・碧いのだ!顔が細長く鼻は高く天狗のよう。牙を剥き口元には血が滴っている。周りに蛇や蛙が食い散らかしてあった。鬼女は低く唸り声を上げて見物衆を威嚇する。玉は怖くなって顔を背けた。それから、檻に近づかないよう遠回りして移動した。
その夜、玉は寝つけなくて外へ出た。お月様が明るい。しばらく歩いてハッと足を止めた。
鬼女が土手に座りぼんやり星空を眺めている。小声で何か歌っているようだった。横顔は綺麗。角も牙もない。金髪、瞳の碧はそのまま・・・鬼女は玉に気づいて振り向き少し微笑んだ。玉は突っ立ったまま動けない。何故か涙がポロポロ溢れた。不審に思ったか、鬼女は玉に声をかけた。聞いたことのない鳥がさえずるような音。何かを言っているようだが判らない。怖い!玉は走って逃げた。
玉は己の未来に怯えた。このままどんどん大きくなったら、鬼女にされる。檻に入れられ見世物にされるのは嫌だ!
玉は人間であろうとした。字の読み書き、銭勘定を学んだ。唄や踊りを習い、行儀作法も身に着けた。木登り、逆立ちや宙返りまで会得した。楽器は「壊すと困る」と、触れせてもらえない・・・水汲みも飯炊きも薪割も掃除も洗濯も率先してやった。役に立ちたかった。必要とされたかった。人間と認められたかった。嫌われても、苛められても、無視されても・・・人間として扱われたかった。
しかし、玉の成長は止まらない。最早、女達と一緒に踊っても動作が揃わない。小人の群に、間違って別の人種が迷い込んだみたいだ。それは滑稽というよりも異様であった。やむなく、玉には個別の役が与えられた。「牛若丸」である。背の高い華奢な少女の男装は大層な評判となった。




