一、
笙が一座の解散を宣言した時、玉はこの世に居場所がなくなったと感じた。玉にとって一座は世界の総てであった。
玉は孤児である。生まれた場所も、両親も、家族も、全く憶えていない。何やら暗いジメジメしたところに、うずくまっていたような気がするだけ。「たま」という名も自分でつけた。本当の名があったハズだけど・・・大抵「おい」で事足りてたから忘れちゃった。いつどこで捨てられたか・・・いや、玉が家族を捨てたのかもしれない。そこから、ひとりで歩いてきた。寂れた神社の境内に田楽一座が寝泊している。玉は、その中に潜り込んだ。翌朝、騒ぎになって親方の前に連れていかれた。親方の勘介は優しかった。名は?齢は?何処から来た?矢継ぎ早の質問にも首を振るのみ。僅かに発した言葉は「たま」そしてあと頭に残っていたのは・・・
「キネ・・・」
「?・・・あっ干支のことかっ。甲子だよ、俺と同じネズミだ、ネズミ!」
勘介は指を折り「じゃあ六つだな。に、しては大きいなあ」と笑ってくれた。
玉は「エト」も「フタマワリ」も何のことか判らなかったが「勘介と同じ」ことが嬉しかった。
「一緒に来るか?」勘介の言葉に、玉は大きく何度も頷いた。「玉」の字をくれたのも勘介だ。玉に居場所が出来た。一座に拾われてからは、大勢の仲間と旅から旅の毎日。その空間しか、玉は知らない。
それがもう明日からは、何処で何をしてもいい、自分で決めろという。玉は困った。玉にとって、勘介と笙は親同然であった。親方と踊り子ではあっても、幼少から世話になっているのだから。本当の親子関係とは違うかもしれないけど。勘介はどこまでも甘く、笙はとことん厳しかった。玉は、親代わりの勘介と笙に従うべきだと思った。一番大変な時なのだから・・・世間では、子というものは親に恩返しをするのだろう。玉は親子の真似事がしたかった。しかし、玉の「一緒に・・・」という申し出は、笙に止められた。
「お前はまだ若い。お前にはお前の人生がある」
笙は、玉が幼子のときから一緒にいる。他の座員と比べ特別な感情がある。だが、笙には子がない。母性のようなものはあったが、玉とどう応対していいか判らなかった。何より、勘介も笙も多忙であった。長年、一座の大所帯で旅を続けている。玉もあくまで座の一員。親らしいことは何もしてやれなかった。見せしめで必要以上に、声を荒げて叱ってばかりいた。笙はその点、玉に済まないと思っている。解放してやらねば。また不具の勘介を抱えこの上、玉まで面倒見きれないのも哀しい現実であった。あれから十年余、玉も、もう大人である。玉は一座の花形だ。唄も踊りも上手い。非凡な才能は、誰しもが認めるところ。字も書ければ銭勘定もできる。ひとりでも充分生きていけるはずだ。
先生が一緒にやろうと誘ってくれた。
玉はしばらく俯いていた。迷っていた。辛い、苦しい。でも、自分で決めなければならない。やがて首を横に振る。
「玉は・・・出家します」
一同は驚いたが、笙は静かに頷いた。
「それも良いな」




