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四代将軍とも  作者: 山田靖
”出雲勘介一座”顛末
54/83

大津

 勘介一座は安芸から、岡山、徳島、高松、明石、姫路と進んでいる。

「芸能」は成功している。勘介は手ごたえを感じていた。脚本演出は先生、舞いは笙に全面的に任せることによって、一座は飛躍的に発展していった。

 次々と新たな発想が試された。中でも特筆すべきは、唄と踊りを芝居に組み込んだことである。葉月と玉が即興で始めた。これまで芝居の節目節目で舞踊を挟んでいた。これに手を入れ、会話や場面説明を、唄と踊りで表現するようにした。効果はテキメン、格段に進行が滑らかになり、山場ではより一層盛り上がる。見物衆は沸き返った。

 勘介は腕組みをして眺めているだけである。何時の頃からか、勘介が実際の舞台に口出しすることはなくなった。最早そんな段階ではないのだ。しかもそれらは、勘介が創るものより出来が良い。想像の遥か上をいってしまっている。勘介は一抹の寂しさを覚える。出る幕がない。ついていけない。しかし、勘介は一座の親方であった。芸能は勘介が創始者なのだ。これは揺るぎない。葉月も玉も、また笙にしろ先生にしたって、ひとりでは何もできまい。彼等を集め自由にやらせたからこそ、芸能は出来上がった。才能を遺憾なく発揮できる場を与えてくれた勘介に、一同は心から感謝している。それは座員共通の想いであった。勘介が親方でなければ芸能はなかった。そう、勘介は座員から慕われていた。勘介は、それに満足せねばなるまい。

 だからこそ、勘介は自分たちの芸能を都で!と熱望した。芸能は大評判となろう。勘介は京進出を目論んだ。しかし、座員は必ずしも乗り気ではなかった。それどころか、京女の笙が真っ先に反対!先生や治郎丸も「彼の地は余所者を受け入れない」と否定的だった。地方の芸、というだけで見向きもせず拒絶するだろう。都とは、そういうところなのだ。かつて住んでいただけによく判る、と。都人であった彼等は今や京に足を踏み入れることすら忌避している。それよりも現在、芸能はこの地で盛況ではないか。何処へ行っても見物衆が熱狂してくれる。引く手あまたで尚、待望されながらも訪問できていない場所も沢山あるのだ。このまま西国筋を固めるのが先決ではないか。一歩一歩地道に進んでいこう。これまでが、そうであったように。

 それでも勘介は、皆の反対を押し切って都を目指した。芸能は必ず受け入れられるはずだ。今までにない、新しい舞踊なのだ。もう田楽などとは呼ばせない。今後、芸能が主流となり後の世までも手本となろう。何といっても、勘介の手元には玉がいる。そう、勘介の野心の根本、切り札は玉であった。玉ならやれる!玉は新時代の担い手となるはずだ。


 先ずは難波からだ。だが、壁は厚かった。とにかく地場の芸人の縄張り意識が強く、興行させてもらえない。端から相手にしてくれないのだ。話すら聞こうとしない。無為に日数だけを潰していった。無駄骨であった。勘介は唇を噛んだ。観てもらえれば、観てさえくれれば判るはずだ。芸能は素晴らしいものなのだ。新しいものなのだ。従来の芸とは競合しない。一度でいいからやらせてくれ、頼む。玉を、玉を観てくれ!玉の芸は鬼気迫るものがある。憑依すら覚える。乗ってきた玉は完全に別次元のものだ。捻りを加えた宙返りの芸当なぞ誰も真似できまい。しがらみや仕組みなどといったものは、芸と無縁のはず。貴様等にも芸に対する、誇りや情熱があるだろう。芸能を、玉を受け入れろ!勘介は髪を掻き毟り夜空を見上げ叫んだ。

 やむなく大和に回ったが、こちらも同様。どころか、古都である分、一層激しく排斥された。勘介は途方に暮れた。これでは京なぞ望むべくもない。それどころか、このまま興行できなければ干上がってしまう。


 勘介は諦めきれない。未練がましく、一座は近畿を漂流した。河内から郡山を細々と廻って、暮れに近江に入った。ところが、大津で突然、勘介が捕縛された。風紀を乱す、との密告があったらしい。勘介は牢に放り込まれた。一座の者も男女別々数名に分けられ寺や農家に軟禁。そのまま年が明けてしまった。

「どうしてこんなことに・・・」皆、明日をも知れぬ絶望の淵にいる。

 ある日、瑞光が大慌てで駆け込んできた。「鎌倉で将軍が殺された!」

「大変なことになる」らしいが、今のこの状況より大変な事って何だ?


 一ヶ月後、勘介はようやく釈放された。冬の牢の環境は過酷であった。拷問も受けただろう。勘介は衰弱しきって最早立つこともできない。元来丈夫な方ではなく、長い牢暮らしは堪えた。足腰が曲がったまま伸ばせない。不具にされてしまったのだ。勘介は、体力気力をすっかり失い廃人のようであった。変わり果てた勘介に、皆驚き言葉を失った。憤懣やるかたない。何故このような仕打ちを受けねばならん。我等が何をしたと云うのだ?

 勘介は心が折れた。もう芸能も興行も続けられない。

 笙はやむなく、手持ちの金を分けて一座を解散した。


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