十九、四代将軍源とも、天ニ日輪二ツナシ!
平五郎元盛による、四代将軍襲撃は未遂に終わった。
しかしこの事件は、ともにとって深刻な影響を残した。北條が本気で、ともの命を狙っている。ともは己の不明を恥じた。迂闊だった、油断したと、自分に腹を立てていた。そして、北條に・・・政子に、義時に、泰時に、激しい怒りを燃やした。そんなに、ともが憎いかっ!このままでは済まさぬ。ともは夜具の上に起きあがり、まんじりともしない。そして、暗闇の中で重大な決断をした。
「義時を追討せよと・・・?」
院は怯んだ。
「やらねば、やられます」
ともは毅然とした態度で、院に「北條義時追討」の宣旨を求めた。
ともを襲った刺客平五郎元盛は、既に泰時に直接命じられたと白状している。帝から任命された征夷大将軍を狙うは、朝廷に弓を引いたも同然。弁解は無用。朝敵北條は討たねばならぬ。
「いっ戦になる・・・」
朝廷にかつての権威を取り戻そうと幕府に対抗してきた院だが、戦までは望んでいない。武芸を好むのは、あくまで“芸”としてであった。殊の外お優しい院は、ひとの死を心から哀しまれる。それがたとえ敵であっても、だ。院は流血を怖れた。
ともは、やや苛立ち「戦にはなりますまい」と断言!
先ず、鎌倉は未だ実朝暗殺で動揺している。北條の統率でなんとか持ちこたえているが砂上の楼閣。その力はとどのつまり、「将軍の幻想」で保たれているのだ。鎌倉の頂点は、執権・義時ではない。”頼朝の後家”に過ぎぬ政子だ。政子が頼朝の代わりであった。義時に力がないわけではない。だが、義時には大義がない。北條は依然として故頼朝の威を借りた、最大の有力御家人に過ぎぬ。
一方、京方には、頼朝遺児ともがいる。帝を前面に立てずとも名分は立つ。西国の武将も挙って駆けつけるであろう。ともは女子である故、担ぎやすい。そう、鎌倉の政子のように。ともは自分の価値を冷静に分析していた。所謂、神輿なのである。神輿は有難くて、華やかで・・・軽い方が良い。だから!ともは声を励ました。
「義時追討の宣旨が下れば、関東源氏の足利・新田・武田あたりが蜂起するでしょう。鎌倉はどうするのか?御家人は屈服します。朝敵になりたくありませんからな。評定衆は必ず割れます。おそらくは大江広元が暗躍する。内乱となります。北條は三浦義村か和田義盛に討たれましょう。源氏勢の侵攻を待たずに」
ともは、院を真直ぐ見据え一気に語った。それから、ふっと息を継いで小さく頷いた。
「それより頭の良い泰時が先手を打って、政子と義時を追放隠居させるかもしれませんな。政子・義時が、父時政にやったようにね。この場合、一滴の血も流れません」
幕府の機構は良い。守護・地頭も機能している。武家が力を背景に政を行うことに不都合はない。ただ、現状はいけない。北條が突出している。幕府を思うがまま動かしている。これでは駄目だ。北條の力を削ぎ、一御家人に落とす。そして帝の親任を得た将軍の下で、天下を治めていく形が道理である。そのための「義時追討」、機は今しかない。
院は、まだ躊躇していた。幕府と対立はしても、完全な決裂は避けたい。
「主上!ならば、ともが東山にいる泰時を攻めますぞ。四代将軍命で北條を討ちます!」
い、いかん!院は狼狽し、遂に声を荒げた。
「戦はいかん!義時は討たせぬ。とも、控えろ!」
はっと、ともは平伏して退出した。
しくじった。院の説得に失敗した。ともは唇を噛んだ。かくなる上は間髪入れず、泰時を討たねばならぬ。兵を集めている猶予はない。ともの手持ちで、東山と京都守護は攻めねばなるまい。泰時と伊賀光季の首を並べてしまえば、朝廷も覚悟を決める。西国の武家が呼応すれば一気に討幕へ傾くだろう。それには迅速が求められた。泰時が立ち上がる前に。
一刻も早く!ともは駆けた。




