十八、四代将軍源とも、油断大敵危機一髪!
六波羅の屋敷には大勢が仕えている。また、ともを慕って仕官を望む者が後を絶たない。別に募集している訳でもないのに連日、志願者がやって来る。追い返すのも何なので、ともは一人一人面接して可否を決めた。ともの基準は厳しい。出自は問わない、「何ができるか」を問う。そのため滅多に採用されない。妙な奴に潜り込まれても困る。不可とされた者は落胆したが、ともに会えただけで満足なのもいる。
そんな難関を乗り越えて、新たに厩番に就いたのが五郎であった。五郎は熊野の出。大柄で不愛想だがよく働いた。ともは先般、帝から二頭の馬を下賜された。「葉月」「かげろう」と名付け交互に乗っている。五郎のお蔭で色艶が良くなったと、ともは喜んだ。
ともは厩によく顔を出す。ひとりでフラリと姿を現しては、馬に何か話しかけている。よく聞いてみると、公家や北條の悪口をブツブツ呟いている。長い時は半刻ばかりもそうしている。やり場のない愚痴を「葉月」と「かげろう」に訴えているのだろう。あんな御方でも鬱積するものがあるのかと、五郎は意外に思った。
今日も五郎が厩へ入ろうとすると、ともがまた馬に話をしている。こんな時の、ともはとても満都を熱狂せしめる「時の女」には見えぬ。背中がやけに寂しげ。行列で映える長身もかえって痛々しい。ともは今全くの無防備だ。ふと、五郎の胸に去来するものがあった。やがて何処からか声が聞こえた。「今だ!」突如、五郎は手にした鎌を振り上げ、ともに襲いかかった。が、寸前で異変に気づくや、ともは咄嗟に身を翻す。鎌は空を切った。焦った五郎は、鎌を滅茶苦茶に振り回してくる。ともは転げ回って逃げる。手に飼葉桶が触れた。思いっきり五郎にぶつけ、その隙に厩から脱出。ようやく騒ぎを聞きつけた英次達によって、五郎は取り押さえられた。
「無事でありますか!何があったのです?」
ともは青ざめたまま無理矢理に笑顔を作った。
「いや、蛇がな、うん、蛇だ。蛇、蛇。長虫が出たんで、五郎に追っ払って貰ったんだよ・・・」
五郎は大声あげて泣き出した。
平五郎元盛は、伊勢平氏の末端である。平氏全盛時、一族に名を連ねた。が、一の谷で父と兄が戦死。残された家族は、熊野に逃亡。当時、赤子だった五郎は過去の栄光は知らぬ。身分を隠し、ただ百姓として生きた。
そこへ、北條泰時が現れた。「ともの首を持って来れば御家再興」と示唆されたのだ。五郎は驚いた。自分は野良仕事しかできない。今更、武家なぞにも興味はなかった。しかし、それでも承知したのは、ただ頼朝の娘というだけで何の苦も無く贅沢をしている、ともへの反発であった。そして無意識に、平氏としての血が騒いだのかもしれぬ。
ところが五郎は、実際の四代将軍と接して考えを変えた。世間で喧伝された「華麗なる女公方」ではなかった。実に質素で静かに暮らしている。
「温ったかい、おまんま。暖ったかい、寝ぐら。それがあれば良い。それだけで良い」
ともは、五郎にこんなことを語った。この二つが満たされれば、ひとは争いなぞせぬ!のだそうだ。ひとりポツンと馬を眺めている、ともの姿に、五郎は殺意が萎えてしまった。
それでも尚、ともを襲ってしまったのは何故だろう?五郎は自分でも判らなかった。
「今ならやれる!」・・・気がした。そう、魔が差したのだ。
ともはまだ動揺している。そして必死で自分に言い聞かせた。この事態を収拾せねばならぬ。穏便に、穏便に、何事もなかったかのように・・・やっとのことで「決して口外せぬよう」英次に命じた。そして縛られている五郎に、ワザとらしいくらい明るい口調で話しかけた。
「やあ、しくじったな!うん、ともも粗忽だった。お相子ということにしよう。・・・五郎には“葉月”も“かげろう”も懐いているからな。引き続き厩番を命ず」
不問にしようとする、とも。聞くや、五郎は泣きながら激しく首を振った。そして北條の悪事を洗いざらいぶちまけた。




