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四代将軍とも  作者: 山田靖
「源とも物語」
17/83

十七、四代将軍源とも、竜虎肝胆相照ラス!

 門前に、長身の尼僧が訪れた。供は小男ひとり。

「泰時は、居るかね?」

 いきなり尼僧に尋ねられ、門番は絶句。そして尼僧の言う「ヤストキ」とは己が主と気づき、激昂!

「なっ何者だ?!」

「ともだよ、とも。“四代将軍源とも様がお見えになった”と泰時に取次げ!」

 東山は騒然!まさかあの、源ともが!勝手に将軍家を継ぎ、四代将軍まで名乗って、鎌倉に、幕府に、北條に、ことごとく楯突く女!脅しではなく本気で命を狙われていると云うに、丸腰で、元盗賊のカブトひとり連れてノコノコやって来るとは!飛んで火にいる夏の虫、とはこのこと。捕縛しよう、いやいっそ討取ってしまえと、家中は沸騰!

「・・・奥の間へ通しておけ」

 泰時は、いきり立つ家人達に命じた。正直、泰時も動揺している。何しに来た?ともの思惑が読めない。何か裏があるのか?罠?考えが纏まらぬまま、とりあえず供のカブトを控えに留め、とものみを案内させた。泰時はまだ迷っている。どう対応してよいか決めかねているうちに座敷に入っていった。・・・と、誰もいない。

「何処へ行った!」


 うまやの方から嬌声が聞こえる。見れば、ともが馬に飼葉をやっているではないか。

「何をしておる!」

 厩番、驚き平伏!

「ともが、杢助もくすけに無理に頼んでやらせてもらったんだよ。怒らんでくれ」

「と、咎めているのではない・・・」

 泰時が促すと、ともは厩からゴソゴソ這い出てくる。名残惜しそうに振り向いては、杢助に手など振っている。このメギツネがっ!泰時は苦虫を噛み潰した。たった今到着したばかりで、もう厩番の名まで覚えて媚びを売る。成程、これでは男はイチコロだ。こうやって院をも蕩らし込んだのか。

「待ってよぉ!」ともが小走りに追いついてきてチョコンと隣に収まった。肘で泰時の脇腹をつついてニヤリと笑う。あろうことか、あるまいことか。女は三歩下がって男の影を踏まぬもの!しかも肩を並べやがった。噂の「六尺美人」である。まぁ六尺までは届かぬにしても、確かに長身だ。ええいっ、見下ろすでない!泰時は不機嫌に押し黙る。

「やっぱ、馬は坂東だ。こっちのとは全然違う。体がデカい。面構えもよい」

 ともはご機嫌で饒舌。

「東山は静かで良いところだな。ここが空いてたんなら、ともにくれればよかったのに。六波羅は田舎のクセにゴチャゴチャしてて騒々しいんだ」


 座敷に戻ると、ともは当然のように上座に着く。泰時は思わず平伏してしまった。「!」

 威圧されるのだ。姿形の所為ではない。ともは背こそ高いが華奢。なで肩小顔で均整が取れている。所謂”異形”ではない。仕草も子供のようにあどけない。それでいて緊張を覚えるのは、眼光の鋭さ。態度も尊大。持って生まれたものだろう。泰時は少年の頃、頼朝の前に出ると何時も萎縮した。それと同種の身震いを感じる。こんな衝撃は頼家・実朝からは決して受けたことはない。皮肉なことに、下賤の白拍子が産んだこの女にはそれが備わっている。

義母上ははうえは息災であるか?」

「はぁ?」

「ともの義母上だよ。泰時にとっては叔母様にあたるかの」

「尼御台様!には何時もとお変わりなく・・・」

「うん、それは結構。ところで、泰時は御尊父に似ておるか?」

 泰時は面食らった。いきなり何を言い出すのだ。

「似ているとは思いませぬが、叔父・時房ときふさなどは、よくそういうことを・・・」

「そうか。されば泰時を思いっ切り老けさせて女人にしたのが、義母上の顔ということだな」

 へっ変なことを抜かすな!迂闊にも親父の女装姿を想像してしまい、泰時は吐き気を催した。

「ともにはもう肉親がおらぬ。血は繋がっていないとはいえ、義理の母様。一目逢いたい逢いたいと、日夜枕を濡らしておった。今こうして義母上の顔の輪郭だけでも拝めて、ともは嬉しいぞ。今宵は良い夢が視れそうだ」


 泰時は、もう茶番にはつき合っておれぬ。

「・・・何をしに参られた?」

 ともはニッコリ微笑んで、泰時を真っすぐに見据えた。

「挨拶だよ、挨拶。泰時が京に来るって聞いたのでな。本来なら家人が主家を訪れるべきところではあるが、東国人は都不案内だろ?迷子になっては気の毒だから当方より出向いてやった。ともの心遣いだ、恐縮しろよ。・・・それにしても、お互い夜も眠れぬ程、相手のことを想い焦がれていたな。こうして会えたのも八幡大菩薩のお導き。ありがたや、ありがたや・・・あとはまぁそうだな、偵察。孔子こうし様も仰っている”敵を知るってのは百戦危うからず”てとこだ」

 今回の泰時の都入りは、まだ京都守護にも伝えていない。何処でどうやって知ったのか。

「都では大層な評判のご様子」

「うん、お蔭様でな。帝も院も、公家や武家、神社仏閣はおろか民百姓に至るまで、ともを好んでくださる。勿体ない、身に余る光栄だ。・・・ともを嫌ってるのは、そうさな、左大臣くらいなものだ。あっ!鎌倉の手前、京都守護・伊賀光季も入れといてやろう」

「光季は忠節な男である!」

「そうだよ。だから、そう言ってるじゃん。武士の鑑だ。いやぁ立派、立派!」

 見え透いた離反工作になぞ乗せられるかっ!泰時は苛立った。


「目的は何だ?」

 ともは単刀直入、ズバリ切り出した。

「尼御台と相模守の隠居でどうかの」

「?!」唐突な問いかけに、泰時は息を呑んだ。

 ともは泰時の反応を楽しむが如くニコニコしてる。

「それで、ともも出家する。将軍は・・・布智王で如何かの?鎌倉念願の“宮将軍”実現ぞ。嬉しかろ?そしたら政所も侍所も都に移そう。朝幕合体で、これまでにない強力な国家が生まれるぞ」

「何たる妄言!血迷うたか!」

 泰時憤怒、即座に拒絶!

「・・・ここから生きて帰れるとでも?」

「半々・・・かなぁ。泰時は“道理のひと”と聞いたぞ。ともは従五位下征夷大将軍である。武家の棟梁だ。天下兵馬之権を掌握しておる。幕府の人事、ほれ泰時の駿河守も侍所別当だって、ともの名で改めて任命してあるだろうが。泰時が踏ん反り返っていられるのも元を質せば、とものお蔭だぞ。つまりその大恩ある、ともを討てば主殺し。加えて、ともは帝より官位を拝命しておるから、朝廷にも反旗を翻すこととなる。あまつさえ、元主君の忘れ形見!薄幸の美少女!これだけ条件がそろってて更に貴賤問わず絶大な人気を誇る、ともを騙し討ちにすればどうなると思う?北條は満天下、上から下まで総て敵に回すぞ。そればかりでなく後世にまで悪名が轟く。蘇我入鹿そがのいるか道鏡どうきょうなんてもんじゃないな。それでも尚且つ、尼御台の嫉妬に狂ったいわば私怨を優先させるかの?絵にかいたような”継子苛め”の片棒を担ぐのか?道理のひと、北・條・泰・時・がっ?」

 ともは余裕綽綽。たたみかけて唄うように言葉を継いだ。

「とはいえ、ともは小心者での。ここに来るのが怖くて怖くてしょうがなかった。そこで院北面の佐々木広綱ささきひろつなに頼んで、五百の兵で送ってきて貰ったのさ。ともが手を打ったら、カブトの合図で裏山からなだれ込んでくる手筈になっとる」

 泰時は目を見張った。山のほうへ振り向くと、煙のようなものが見えた。泰時は何か言おうとしたが黙った。感情を極力表に出さぬよう取り繕った。

ともは、そんな泰時の顔を覗き込むようにしてイタズラっぽく笑った。

「嘘嘘嘘、嘘だよ、嘘!よく観ろ、本日のともは僧形であるぞ。血生臭い話は一切無しだ。・・・まあ、カブトが床下に潜んでるってのは本当だけどな」


 泰時は腋の下に冷や汗をかき、ようやく声を絞り出した。

「門まで、お見送りいたす」

「うん、それが平和だな。ひとつ、いいことを教えてやろう。あのな、”出家を殺すと七代祟る”ぞ。まして、ともはシツコイから末代まで祟ってやる。・・・今日は楽しかった。あの件、考えといてくれ。お互いの為と思うがの。何、遠慮はいらん。国の将来は、若い者同士で決めようぞ。・・・今度は、泰時が六波羅に来るがよい。それじゃ、また!」


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