第45話 囚われた獣
イノはぼんやりと目を開けた。焚き火の明かりが揺れていた。
いつの間に眠っていたのか、わからなかった。
「目が覚めたか」
夜風が焚き火を揺らして、かすかにパチパチと音がした。セレイナは目を閉じたまま、彼のすぐそばで静かに膝を折っていた。
フードを被っていなかった。
イノは体を起こして、マリアンの墓を一瞥した。
顔を背けてから聞いた。「あなたは……外にいて、大丈夫なんですか?」
セレイナはゆっくりと目を開けて焚き火を見た。答えなかった。
イノは少し迷ってから、手を上げて自分の顔を指した。
「フード……」
セレイナの睫毛がかすかに揺れた。焚き火の光が瞳に映る。
「私も、好きではない」
イノは何も言わず、ただ火を見ていた。
見ていると、また涙が流れた。
「……何も考えていないのに……」
目を大きく開けようとしたが、止まらなかった。
セレイナが横目でちらりと見てから、わずかに頭を下げて地面を見た。
二人は火のそばに並んで座っていた。
しばらくして、彼女が口を開いた。
「なぜ?」
イノは手で顔を乱暴に拭って、彼女の横顔を見た。
「何がですか?」
セレイナが首を振った。
「何でもない」
「あなたの言った通り。私は、自分が哀れだっただけ」
「わからない」
「何が?」
「あなたはわかっているはずなのに」
「何を?」
セレイナが少し間を置いた。
どう聞けばいいのか、わからなかった。
「別の選択があるとわかっていること?」
イノは深く息を吐いた。
何も言わなかった。
セレイナが続けた。
「あなたは死を恐れている。酒場でも、あれが死だとわかっていた。勝てないともわかっていた……」
「何が言いたいんですか」
「そうしなくてもよかった。あの場の誰よりも、あなたはずっと強かった」
「先生がいなければ俺はとっくに死んでいた。
先生がいなければこれも持てなかった」
「わかっていながら、代価も見えていながら、それでも選んだ——」
「なぜ? どうして、自分の望むままにしないの?」
「それを、望みと呼ぶんですか」
イノはただ目を伏せた。
「何故だろう……時々、忘れそうになるんです。
あなたが悪魔だってことを」
セレイナがふいに前方の茂みに目をやった。
夜は墨のように暗く、何も見えなかった。
しかしゆっくりと、茂みの奥に火の光が生まれた。
光が近づいてくる。話し声がした。まだ遠い。
「ほ、本当に……このあたりで……」
「嘘じゃない、本当に嘘じゃないから——」
しばらくして、近くでがさがさと音がし始めた。
まず三つの黒い影が茂みからゆっくり出てきた。同時に、背後でも足音が響いた。
イノが振り返ると、いつの間にか二人が退路を塞いでいた。
(五人)
身につけた革と布はボロボロで、野外で長く朽ちたように見えた。
錆びた長剣を手に提げている者がいた。
刃の鈍った短刀を握っている者もいた。
先頭の男は崩れかけた鎧を纏っていた。胸にとっくに瘡蓋になった傷が斜めに走っている。一番目を引いたのは手の大剣で、刀身の幅が異様なほど広く、半身ほどの大きさがあった。あれほどのものをこれほど気軽に提げているとは信じがたかった。
続いて、林の中でまたざわめきが起き、誰かが引きずり出されてよろめきながら焚き火の縁に倒れ込んだ。
コルだった。
顔に血が滲み、肩甲に泥がついていた。
イノが眉をひそめた。
(あと二人)
カエサルが後ろ衿を掴みながら、罵りかけていた言葉を途中で止めた。
「俺を騙してたら——」
視線がコルを越えて、焚き火のそばの二人に落ちた。
舌なめずりして、口の端を上げた。
「おいおい……見てみろよ」
「俺たちは何を捕まえちまったんだ?」
その目がセレイナから離れなかった。
顔から、首筋へ、さらに下へ。
「ついてるじゃないか」
周囲の男たちの視線が全部、彼女に集まった。
コルの顔からも、恐怖が少し薄れた。焦点を失った目で、ぼんやりと呟いた……
「ストヴォーク家が……すぐそこに……」
イノの指が固まった。
言い終わらないうちに、すでに指輪に触れていた。
身を翻して背後の二人へ向かう。
二人が何が起きたか理解する前に、喉元をそれぞれ冷たい光が過ぎった。
空中でイノは夜嵐を斜めに握った。刀身には極めて薄い風刃が絡み、かすかに震えて鳴っていた。
血。
二つの影が喉を押さえてよろめき、重く地面に倒れた。
——————
焚き火の光がセレイナの顔に揺れた。
大剣を持つ男が、気づかないうちに一歩前へ出た。
その音がカエサルをぼんやりから引き戻した。
しかし、一瞬だけだった。
頭も回さず、ぞんざいに言った。
「行け、あのガキを片付けろ」
大剣の男が顔色を変えて低く唸った。
「お前ら二人、あいつを押さえろ」
残りの二人が即座に飛び出した。
男はもう一度セレイナを振り返ってから、ゆっくりイノの方へ歩いた。
一人がイノに正面からぶつかりながら吐
き捨てた。
「このガキ——」
刃が触れた瞬間、顔色が変わった。
「待て!こいつ、おかしい!」
受け止めたはずの刃が、剣身へ食い込んだ。
自分の剣が触れた瞬間、歯が浮くような摩擦音が走り、刀身を薄く包む風刃が鉄面を掠めてそのまま切り込んできた。
しかしそれ以上に背筋を凍らせたのは、刃の中の息が詰まるような殺気だった。
声の調子が変わった。
「刀もおかしい!」
言い終わる前に、イノは横目で斜め後ろを捉えていた。もう一人がいつの間にか背後に回り、剣を振り下ろしてきた。
手首を返して目の前の男の胸を割る。
悲鳴が上がりかけた瞬間、力を緩めなかった。刀の勢いがそのまま横薙ぎに流れる。
体ごと刀と一緒に回転し、刀身の風刃が一回り太くなった。
相手は目の前に寒光が走ったとだけ見えた。頭が割れた。
一方。
カエサルの視線はまたセレイナの顔に戻っていた。
そちらの斬り合いと悲鳴が存在しないかのように。
セレイナが少し頭を傾けてカエサルを見た。
彼の喉仏が上下した。
「……お嬢さん。こんばんは」
すぐ近くで悲鳴が上がっている。
血の匂いもしている。
だがカエサルは、そちらを見もしなかった。
「こんなところに、どうしてあなたのような方が?」
それから手を上げて胸の鎧の汚れを拭った。
動きが不器用で、少し滑稽だった。
まるで……衿を整えているように。
「俺は、カエサルといいます」
「お名前を、聞かせてもらえますか?」
カエサルがゆっくり近づき、かがんだ。
「あなたは無口だ……」
手をゆっくり伸ばして、セレイナの顔に触れようとした。
焚き火が地面で揺れた。
彼の影が地面で形を変えていった。黒が少しずつ足元に集まってくる。
「怖がらないでください。俺は……何もしません」
空気に漂う香りを貪るように嗅いだ。
「……いい匂いだ」
セレイナが何も反応しないのを見て、付け加えた。
「大丈夫です。おとなしくしてくれれば、あのガキは……生かしておいてやるかもしれません」
足元の影から、漆黒の爪が伸びて足首を掴んだ。
「——あ?」
それがカエサルの最後の声だった。
次の瞬間、体ごと影の中に引きずり込まれた。
泥地には爪が引っ掻いた短い跡だけが残った。
焚き火がひと揺れした。
暗い赤が地面からゆっくり滲み出るだけだった。
コルの顔から血の気が完全に引いた。それから振り返らずに走り出した。
よろめき、転び、また這い起き、必死で暗がりへ逃げ込む。
影が長く伸びた。振り返る暇もなかった。夜咬が影から跳び出して首筋に噛みつき、影の中へ引きずり込んだ。
半分だけ悲鳴が残った。
セレイナがゆっくりと振り返り、背後の戦いを見た。
「イノのために残しておくつもりだったのに」
——————
大剣の男は地面に転がる数体を見てから、イノの刀を握った手がかすかに震えているのを見た。
それが恐怖なのか、昂りなのか、わからなかった。
大剣が一気に振り下ろされた。
イノが体を傾けてかわした。剣先が泥地に刺さる。
次の瞬間、もう横から突いていた。
男はその風刃を見た。受けずに足をずらして避けた。
刺さらなかった。イノが手首を返してそのまま横薙ぎに流す。
男がまた退く。
風刃が胸の前を掠めて、鎧の縁を一角だけ切り取った。
しかしその一刀が終わると、刀身の風は消えた。
男が目を細めた。
「付与魔法か?」
また真っ直ぐ突いてきた。
男が体を傾けて避けた。
また横薙ぎ。
また一歩退く。
風刃が再び刃先に現れ、刀の勢いが尽きてまた消えた。
(付与魔法ではない。振るときだけ出る。)
また同じ構えからの突きが来た。
男はほぼ同じ起こりを見て笑いながら言った。
「その一手しか使えないのか?」
イノが横薙ぎに振った。
しかしこの一刀、風刃が出なかった。
男の目が一気に冷えた。
「半人前じゃないか!」
男が踏み込み、肩からイノの胸に体当たりした。
イノがよろめきながら数歩退いた。靴底が泥地に二本の溝を刻んで、やっと踏みとどまった。
大剣が上から振り落とされた。
イノが慌てて体を傾けた。剣先が頬を掠めて、黒髪を一筋断ち切った。
退かなかった。また突く。
男が鼻で笑い、大剣を横に構えた。その刀ごと少年を両断しようとした。
しかし刃先が迫った瞬間、イノが突然動きを止めた。
掌を持ち上げ、火花が弾けた。
男が反射的に腕で顔を覆った。
火光が篭手と頬の半分に炸裂して、皮膚が焼ける痛みが顔を歪めた。
「術まで使えるのか」
次の瞬間、足を上げてイノの腹に蹴り込んだ。
イノがくぐもった声を上げ、泥地の上を半回転して止まった。
男は焼けた顔を手で触り、目つきがじわじわと暗くなった。
「いい気になってたか?」
大剣を引きずりながら、一歩一歩近づいた。
「若くて、宝刀、魔法まで持って」
「いいじゃないか」
「もしかしたらいつか、本物になれたかもしれないな」
イノが刀を支えにして、ゆっくり地面から起き上がった。
「惜しいがな」
「今のお前はまだ半人前だ」
頭を傾けて、笑みがだんだん悪くなった。
「お前の張り子の面を引き剥がしてから、ゆっくり……あの女を楽しませてもらう」
イノは唇をきつく結んだ。血と汗が顔に混ざっていた。
「怒ったか?」
男が遠くで膝を折っているセレイナをちらりと見て、わざとゆっくり言った。
「あんな女は……」
舌を舐めて、笑いながら言った。「本物の男を知らないんじゃないか?」
焚き火。
「黙れ」
イノの目が少しずつ沈んでいった。
「もう味わったのか?あの香りを——」
泥。
「どんな感じか……話してみろよ……」
「あのじりじりとした……」
血の匂い。
男の笑い声が間延びして、イノの呼吸がどんどん荒くなり、目が一瞬焦点を失った。
耳のそばで声が滲んだ。
『早くやれ!!』
「……なんで」
『よければいい。あなたみたいな人には、よけてほしい』
「なんで、こんなことになるんだ?」イノが呟いた。
『この程度では、死体しか買えないわ』
「みんな、ただ生きているだけで……もう十分、苦しいのに」
「あ?」男にはまだ聞き取れなかった。
「なんでお前たちは、人が死ぬまで追い詰めなきゃ気が済まないんだ」
セレイナの声がイノの耳に届いた。
「怒りに支配されてはいけない」
しかしその声は遠く、水を隔てたように届かなかった。
代わりに浮かんだのは、首をへし折られたマリアンの顔だった。
「あのときは泣いて頼んでくれるだろうな……」
「黙れと言った!」
イノが怒鳴り、刀を振って跳び上がった。
男の目に嘲りが満ちた。楽々と躱し、大剣をイノへ振り下ろした。
「死ね!」
しかしイノは避けなかった。
右手を剣刃に向けて持ち上げ、掌を無防備に前へ突き出した。
あの一刀が落ちれば、人も腕もひとまとめに両断される。
男の笑みが少し止まった。
(こいつ、狂ったか?)
セレイナが動いた。しかし次の瞬間、止まった。
見えた。
イノの体の周りに、弱く歪んだ電光がにじみ出ていた。
(なぜお前のような人間が生きている?)
その顔が鬼のように歪んでいた。
(死んでも、お前を地獄に引きずり落としてやる)
「死ねええええッ!」
イノの掌から放たれた雷光が一瞬で剣先を飲み込み、男の顔へ叩き込まれた。
異様な轟音が響いた。
まるで、深い谷底で無数の赤子が泣き叫ぶような音だった。
鋭く。
焚き火の光が地面に落ち着いたとき、男の首から上は消えていた。体がひと揺れして、真っ直ぐ倒れた。
イノの右の掌が焦げて黒くなっていた。指先にまだ細かい電光がちらついていた。




