表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/46

第45話 囚われた獣

イノはぼんやりと目を開けた。焚き火の明かりが揺れていた。


いつの間に眠っていたのか、わからなかった。


「目が覚めたか」


夜風が焚き火を揺らして、かすかにパチパチと音がした。セレイナは目を閉じたまま、彼のすぐそばで静かに膝を折っていた。


フードを被っていなかった。


イノは体を起こして、マリアンの墓を一瞥した。


顔を背けてから聞いた。「あなたは……外にいて、大丈夫なんですか?」


セレイナはゆっくりと目を開けて焚き火を見た。答えなかった。


イノは少し迷ってから、手を上げて自分の顔を指した。


「フード……」


セレイナの睫毛がかすかに揺れた。焚き火の光が瞳に映る。


「私も、好きではない」


イノは何も言わず、ただ火を見ていた。


見ていると、また涙が流れた。


「……何も考えていないのに……」


目を大きく開けようとしたが、止まらなかった。


セレイナが横目でちらりと見てから、わずかに頭を下げて地面を見た。


二人は火のそばに並んで座っていた。


しばらくして、彼女が口を開いた。


「なぜ?」


イノは手で顔を乱暴に拭って、彼女の横顔を見た。


「何がですか?」


セレイナが首を振った。

「何でもない」


「あなたの言った通り。私は、自分が哀れだっただけ」


「わからない」


「何が?」


「あなたはわかっているはずなのに」


「何を?」


セレイナが少し間を置いた。

どう聞けばいいのか、わからなかった。


「別の選択があるとわかっていること?」


イノは深く息を吐いた。

何も言わなかった。


セレイナが続けた。

「あなたは死を恐れている。酒場でも、あれが死だとわかっていた。勝てないともわかっていた……」


「何が言いたいんですか」


「そうしなくてもよかった。あの場の誰よりも、あなたはずっと強かった」


「先生がいなければ俺はとっくに死んでいた。

先生がいなければこれも持てなかった」


「わかっていながら、代価も見えていながら、それでも選んだ——」

「なぜ? どうして、自分の望むままにしないの?」


「それを、望みと呼ぶんですか」

イノはただ目を伏せた。

「何故だろう……時々、忘れそうになるんです。

あなたが悪魔だってことを」


セレイナがふいに前方の茂みに目をやった。

夜は墨のように暗く、何も見えなかった。


しかしゆっくりと、茂みの奥に火の光が生まれた。

光が近づいてくる。話し声がした。まだ遠い。


「ほ、本当に……このあたりで……」

「嘘じゃない、本当に嘘じゃないから——」


しばらくして、近くでがさがさと音がし始めた。


まず三つの黒い影が茂みからゆっくり出てきた。同時に、背後でも足音が響いた。

イノが振り返ると、いつの間にか二人が退路を塞いでいた。


(五人)


身につけた革と布はボロボロで、野外で長く朽ちたように見えた。

錆びた長剣を手に提げている者がいた。

刃の鈍った短刀を握っている者もいた。


先頭の男は崩れかけた鎧を纏っていた。胸にとっくに瘡蓋になった傷が斜めに走っている。一番目を引いたのは手の大剣で、刀身の幅が異様なほど広く、半身ほどの大きさがあった。あれほどのものをこれほど気軽に提げているとは信じがたかった。


続いて、林の中でまたざわめきが起き、誰かが引きずり出されてよろめきながら焚き火の縁に倒れ込んだ。


コルだった。

顔に血が滲み、肩甲に泥がついていた。


イノが眉をひそめた。

(あと二人)


カエサルが後ろ衿を掴みながら、罵りかけていた言葉を途中で止めた。


「俺を騙してたら——」


視線がコルを越えて、焚き火のそばの二人に落ちた。


舌なめずりして、口の端を上げた。


「おいおい……見てみろよ」

「俺たちは何を捕まえちまったんだ?」


その目がセレイナから離れなかった。

顔から、首筋へ、さらに下へ。


「ついてるじゃないか」


周囲の男たちの視線が全部、彼女に集まった。

コルの顔からも、恐怖が少し薄れた。焦点を失った目で、ぼんやりと呟いた……


「ストヴォーク家が……すぐそこに……」


イノの指が固まった。


言い終わらないうちに、すでに指輪に触れていた。

身を翻して背後の二人へ向かう。


二人が何が起きたか理解する前に、喉元をそれぞれ冷たい光が過ぎった。


空中でイノは夜嵐を斜めに握った。刀身には極めて薄い風刃が絡み、かすかに震えて鳴っていた。


血。


二つの影が喉を押さえてよろめき、重く地面に倒れた。


——————


焚き火の光がセレイナの顔に揺れた。


大剣を持つ男が、気づかないうちに一歩前へ出た。

その音がカエサルをぼんやりから引き戻した。


しかし、一瞬だけだった。

頭も回さず、ぞんざいに言った。


「行け、あのガキを片付けろ」


大剣の男が顔色を変えて低く唸った。

「お前ら二人、あいつを押さえろ」


残りの二人が即座に飛び出した。

男はもう一度セレイナを振り返ってから、ゆっくりイノの方へ歩いた。


一人がイノに正面からぶつかりながら吐

き捨てた。


「このガキ——」


刃が触れた瞬間、顔色が変わった。


「待て!こいつ、おかしい!」


受け止めたはずの刃が、剣身へ食い込んだ。


自分の剣が触れた瞬間、歯が浮くような摩擦音が走り、刀身を薄く包む風刃が鉄面を掠めてそのまま切り込んできた。

しかしそれ以上に背筋を凍らせたのは、刃の中の息が詰まるような殺気だった。


声の調子が変わった。


「刀もおかしい!」


言い終わる前に、イノは横目で斜め後ろを捉えていた。もう一人がいつの間にか背後に回り、剣を振り下ろしてきた。

手首を返して目の前の男の胸を割る。

悲鳴が上がりかけた瞬間、力を緩めなかった。刀の勢いがそのまま横薙ぎに流れる。

体ごと刀と一緒に回転し、刀身の風刃が一回り太くなった。


相手は目の前に寒光が走ったとだけ見えた。頭が割れた。


一方。


カエサルの視線はまたセレイナの顔に戻っていた。

そちらの斬り合いと悲鳴が存在しないかのように。


セレイナが少し頭を傾けてカエサルを見た。

彼の喉仏が上下した。


「……お嬢さん。こんばんは」


すぐ近くで悲鳴が上がっている。

血の匂いもしている。

だがカエサルは、そちらを見もしなかった。


「こんなところに、どうしてあなたのような方が?」


それから手を上げて胸の鎧の汚れを拭った。

動きが不器用で、少し滑稽だった。


まるで……衿を整えているように。


「俺は、カエサルといいます」

「お名前を、聞かせてもらえますか?」


カエサルがゆっくり近づき、かがんだ。


「あなたは無口だ……」


手をゆっくり伸ばして、セレイナの顔に触れようとした。


焚き火が地面で揺れた。


彼の影が地面で形を変えていった。黒が少しずつ足元に集まってくる。


「怖がらないでください。俺は……何もしません」


空気に漂う香りを貪るように嗅いだ。


「……いい匂いだ」


セレイナが何も反応しないのを見て、付け加えた。


「大丈夫です。おとなしくしてくれれば、あのガキは……生かしておいてやるかもしれません」


足元の影から、漆黒の爪が伸びて足首を掴んだ。


「——あ?」


それがカエサルの最後の声だった。


次の瞬間、体ごと影の中に引きずり込まれた。


泥地には爪が引っ掻いた短い跡だけが残った。


焚き火がひと揺れした。

暗い赤が地面からゆっくり滲み出るだけだった。


コルの顔から血の気が完全に引いた。それから振り返らずに走り出した。


よろめき、転び、また這い起き、必死で暗がりへ逃げ込む。

影が長く伸びた。振り返る暇もなかった。夜咬やがみが影から跳び出して首筋に噛みつき、影の中へ引きずり込んだ。


半分だけ悲鳴が残った。


セレイナがゆっくりと振り返り、背後の戦いを見た。


「イノのために残しておくつもりだったのに」


——————


大剣の男は地面に転がる数体を見てから、イノの刀を握った手がかすかに震えているのを見た。


それが恐怖なのか、昂りなのか、わからなかった。


大剣が一気に振り下ろされた。


イノが体を傾けてかわした。剣先が泥地に刺さる。


次の瞬間、もう横から突いていた。


男はその風刃を見た。受けずに足をずらして避けた。


刺さらなかった。イノが手首を返してそのまま横薙ぎに流す。


男がまた退く。


風刃が胸の前を掠めて、鎧の縁を一角だけ切り取った。


しかしその一刀が終わると、刀身の風は消えた。


男が目を細めた。


「付与魔法か?」


また真っ直ぐ突いてきた。


男が体を傾けて避けた。


また横薙ぎ。


また一歩退く。


風刃が再び刃先に現れ、刀の勢いが尽きてまた消えた。


(付与魔法ではない。振るときだけ出る。)


また同じ構えからの突きが来た。


男はほぼ同じ起こりを見て笑いながら言った。


「その一手しか使えないのか?」


イノが横薙ぎに振った。


しかしこの一刀、風刃が出なかった。


男の目が一気に冷えた。


「半人前じゃないか!」


男が踏み込み、肩からイノの胸に体当たりした。


イノがよろめきながら数歩退いた。靴底が泥地に二本の溝を刻んで、やっと踏みとどまった。


大剣が上から振り落とされた。


イノが慌てて体を傾けた。剣先が頬を掠めて、黒髪を一筋断ち切った。


退かなかった。また突く。


男が鼻で笑い、大剣を横に構えた。その刀ごと少年を両断しようとした。


しかし刃先が迫った瞬間、イノが突然動きを止めた。


掌を持ち上げ、火花が弾けた。


男が反射的に腕で顔を覆った。


火光が篭手と頬の半分に炸裂して、皮膚が焼ける痛みが顔を歪めた。


「術まで使えるのか」


次の瞬間、足を上げてイノの腹に蹴り込んだ。


イノがくぐもった声を上げ、泥地の上を半回転して止まった。


男は焼けた顔を手で触り、目つきがじわじわと暗くなった。


「いい気になってたか?」


大剣を引きずりながら、一歩一歩近づいた。


「若くて、宝刀、魔法まで持って」

「いいじゃないか」

「もしかしたらいつか、本物になれたかもしれないな」


イノが刀を支えにして、ゆっくり地面から起き上がった。


「惜しいがな」

「今のお前はまだ半人前だ」


頭を傾けて、笑みがだんだん悪くなった。

「お前の張り子の面を引き剥がしてから、ゆっくり……あの女を楽しませてもらう」


イノは唇をきつく結んだ。血と汗が顔に混ざっていた。


「怒ったか?」


男が遠くで膝を折っているセレイナをちらりと見て、わざとゆっくり言った。


「あんな女は……」


舌を舐めて、笑いながら言った。「本物の男を知らないんじゃないか?」


焚き火。


「黙れ」


イノの目が少しずつ沈んでいった。


「もう味わったのか?あの香りを——」


泥。


「どんな感じか……話してみろよ……」

「あのじりじりとした……」


血の匂い。


男の笑い声が間延びして、イノの呼吸がどんどん荒くなり、目が一瞬焦点を失った。


耳のそばで声が滲んだ。


『早くやれ!!』


「……なんで」


『よければいい。あなたみたいな人には、よけてほしい』


「なんで、こんなことになるんだ?」イノが呟いた。


『この程度では、死体しか買えないわ』


「みんな、ただ生きているだけで……もう十分、苦しいのに」


「あ?」男にはまだ聞き取れなかった。


「なんでお前たちは、人が死ぬまで追い詰めなきゃ気が済まないんだ」


セレイナの声がイノの耳に届いた。


「怒りに支配されてはいけない」

しかしその声は遠く、水を隔てたように届かなかった。


代わりに浮かんだのは、首をへし折られたマリアンの顔だった。


「あのときは泣いて頼んでくれるだろうな……」


「黙れと言った!」

イノが怒鳴り、刀を振って跳び上がった。


男の目に嘲りが満ちた。楽々と躱し、大剣をイノへ振り下ろした。


「死ね!」


しかしイノは避けなかった。

右手を剣刃に向けて持ち上げ、掌を無防備に前へ突き出した。

あの一刀が落ちれば、人も腕もひとまとめに両断される。


男の笑みが少し止まった。


(こいつ、狂ったか?)


セレイナが動いた。しかし次の瞬間、止まった。


見えた。


イノの体の周りに、弱く歪んだ電光がにじみ出ていた。


(なぜお前のような人間が生きている?)


その顔が鬼のように歪んでいた。


(死んでも、お前を地獄に引きずり落としてやる)


「死ねええええッ!」


イノの掌から放たれた雷光が一瞬で剣先を飲み込み、男の顔へ叩き込まれた。


異様な轟音が響いた。

まるで、深い谷底で無数の赤子が泣き叫ぶような音だった。


鋭く。


焚き火の光が地面に落ち着いたとき、男の首から上は消えていた。体がひと揺れして、真っ直ぐ倒れた。


イノの右の掌が焦げて黒くなっていた。指先にまだ細かい電光がちらついていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ