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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第七章 七死七生の巻
50/50

新しいスタート *

 「どこから突っ込んだらいいのか。まず、ヒナさんはパンダから協力を頼まれましたが、そのために召喚された訳じゃありませんよね? 彼らは召喚術を使えない」


 「そうだな」


 「ここへ人が降り立つことの理由は、まだわかりません。サンプルが少なすぎる。若木大輔氏は亡くなってから来られたようですが、緋奈さんは、生きたままこちらへ転移した可能性があります。俺がここへ来たみたいに」


 俺は、なるべく科学的に話そうと努めた。まだ大学へ入学したばかりの()()()()が、博士になろうとしていた人の納得を得られるか、自信がない。


 でも、俺が彼女を殺す気がないことを示さずに、この先一緒に生きていけないことは、確かだった。


 「肝心なことは、誰も、何も、この世界へ俺を呼んだ理由も、この世界でなすべきことも、明確に示していないことです。つまり、この世界に対する義務がないのだから、好きに生きていいんです」


 緋奈の表情に(かげ)りが出た。彼女がダイパン王を(しい)した事を、罪と感じさせてはいけない。

 俺は急いで言葉を継ぐ。


 「好きなように、と言っても、人間は一人では生きられない。この世界で生態系の頂点に立つパンダと協力することは、現実的な選択です。社会が存在して、それに関わった以上、好き勝手に生きるにも限度はあります」


 並行して色々考えながら話すので、なかなか上手くまとまらない。

 体裁を取り繕うより、言いたいことを単純に並べた方が通じるかもしれない。要は、言いたいことはあるのだが、言い方に困って面倒臭くなったのだ。


 「とにかく俺は、ヒナさんを殺す理由がありません。話が通じる唯一の人を失いたくない。今のパンダ社会も、それなりに納得がいく形で運営されていると思います。ヒナさんを殺してまで改革する必要を感じません。むしろ、社会をもっと暮らしやすくするために必要な存在だと思います。俺はここで、色々な技術を伝授されました。きっと、王の支えを引き継ぐためでしょう。今、王の支えは二人いることになります。ならば、一人ここに留まらなくてはならないとしても、もう一人は外へ行って新しい試みを始めることも出来ます。俺は道中、コアラを見ました。外国からの移民と聞きました。他の国がどこにあるのか、どんな風に存在するのか、もしかしたらそこにも俺のような人間がいるかもしれない。俺には知りたいことがたくさんあります。ヒナさんも、何年ここに篭っているか知りませんが、そろそろどこかへ出掛けてみたいでしょう?」


 言い終えた側から、矛盾に気付く。王の支えがキヨトに留まらなければならないとして、俺も緋奈も出掛けたいなら、どちらかが我慢を強いられる。

 大体、何故俺たちが、都市から離れた地に閉じこもらねばならないのか。この世界に対して義務はない筈だ。


 「確かに、私がここに留まる義務はない」


 緋奈が俺の思考を読んだような言葉を返した。


 「私がここにいるのは、パンダたちの世界の表舞台に立たず、失政の責任を取らないためでもある。私が失われることで、彼女らの進歩を促す助けも失われる、と彼女らが判断したからだ。また、私の体は損ないやすいにも関わらず、死ににくい。自由に出歩くと悪意の存在に奪われる心配から、この地に引きこもっている。私自身は、好きなだけ研究に打ち込める今の生活に不足はない。ここには、女だから雑用もこなすのが当たり前と考える者も、自分が考え付かなかった研究を横取りする者もいなかったからな」


 俺は、少なくとも彼女が死にたがっていないことに安堵した。

 緋奈に限らず、カラーパンダだって、できれば俺は殺したくない。ヌートリア強盗団相手でも、躊躇ったほどだ。


 すると、緋奈は、必ずしも俺に殺してもらいたがっている訳ではないのだ。


 「しかし、似た存在が二人になったら、上下関係が生じる」


 緋奈が続けた言葉に、俺は鳥肌が立った。王の支えは一人でなくてはならない。彼女が死にたくない、とすれば、俺が死ぬしかない。彼女は俺に死んで欲しいのか。


 「俺は死にたくないです」


 「そうだろうな」


 緋奈は潰した草を他の材料と混ぜ合わせた。香りが変化する。緊張からか、匂いが邪魔になってきた。


 「水でも飲むか」


 緋奈が壁際にある水差しを指す。湯冷しが入っていた。

 俺は席を立ち、陶器のコップに注いで飲む。やや気分が落ち着いた。元の席へ戻る。


 「ヒナさんが出掛けなくていいのなら、俺が行きます。知りたいことがあれば代わりに調べます。欲しい材料があれば、取ってきます。それなら、ヒナさんの邪魔にはならない。護衛と一緒に行けば、一人で行動するよりは、攫われる危険も減る。俺自身も格闘技習っていたので、そこそこ戦えます」


 俺が必死に生き残り策を訴えるのを、緋奈はひたすら薬草を混ぜ合わせつつ聞いていた。混ぜ過ぎなんじゃないかというぐらい、掻き回していた。


 「つかぬことを聞く」


 「何でしょう?」


 「ソウは、恋愛とか繁殖には興味ないのか?」


 「はい?」


 聞き返してしまった。緋奈の顔に、うっすら朱が走る。美しかった。

 パンダだらけの世界へ来てからこの方、生き残るのに精一杯で、そんなことを考える余裕はなかった。

 まして、周囲はパンダか鳥か馬である。俺の恋愛対象は人間だ。ここの野性の人間以外の。


 この機会に、考えてみた。


 俺は男で、女が好きなタイプだ。中学や高校時代に、好きな女の子もいた。告白したことはない。

 ちなみに、告白されたこともない。だから交際経験もない。


 いわゆる奥手なんだろう。父子家庭で、学校と家のことをするのに忙しく、具体的に誰かと付き合おうという、エネルギーまでは、持ち合わせていなかったのだ。


 いつか、遠い将来、誰かと結婚して家庭を持てたらいい、とぼんやり考えていたかもしれないが、当時は新しい大学生活に慣れるのに精一杯で、恋愛や結婚を具体的に意識したことはない。


 ただ、忙しかろうが恋愛する人はする。縁もなかったし、元々恋愛方面への興味が薄めだったとも言える。


 今、目の前にいる緋奈は女性で、確かに俺の恋愛対象ではある。初めて会った時から綺麗な人だとは思っていた。

 外見上は、大して年齢の差を感じないし、唯一の女性である。


 しかし、彼女と恋愛関係に陥る未来を想像したことはない。それよりも、俺の指導者というか、先生のように考えていた。


 俺は、先生に恋愛感情を持つタイプでもない。実質的に百歳ほど年上とか、最低でも二十年ぐらい年上である事実を知った影響もあるかもしれない。


 「ないみたいです。ここに来て、性質が変わったかもしれません」


 俺は、言い訳を付け加えた。前にいた世界では、据え膳食わぬは男の恥、とかいう(ことわざ)もあった。

 ひょっとして、口説(くど)かないと失礼だったのか。


 案に相違して、緋奈は、ほっとした様子を見せた。


 「性質は、変わらないと思う。興味がないなら、良かった」


 俺は、少しだけ残念に思った。今は何ともなくとも、未来永劫の可能性を絶たれたら、惜しいと感じてしまうのは仕方がない。

 そこで、若木大輔氏を思い出したが、彼との関係を彼女に尋ねるのは、気が引けた。どのみちもう、彼とは終わっている。


 「それならば、互いに協力し合って生き続けても、害はないかもしれない」


 俺の内心をよそに、緋奈が言う。表情も、口調も随分和らいでいた。彼女も緊張していたのだ。


 「そうですね」


 だと、いいのだけれど、と言う言葉は飲み込んだ。今、この場で殺し合う必要はなくとも、将来対立するかもしれない。


 「もし、俺がいつか死んだら、あそこに埋められるのですか?」


 代わりに出た言葉は大差なかった。しかし、緋奈は当然のように頷いた。

 言わないだけで、考えは俺と同じだったようだ。


 「私が扱う限り、そのように取り計らおう」


 そして、俺が彼女を殺す羽目になったら、大輔氏と少し離した同じ場所へ埋めるのだ。


 「では、早速今後の計画を立てたいと思います。まず、この陸地がどのような広さでどのような形となっているか、端まで行って確かめたいです」


 「いいんじゃないか」


 緋奈は手を止め、地図と白紙を出してきた。


 「旅の計画を書いてみろ」


 俺は緋奈の作った地図を見た。東西に細長く伸びた陸地の半ばに、俺はいる。東から進んでここに至った。ならば、先へ進む方角は西である。


 「西の端は、クースとなっていますね。最初の目的地は、ここにします。護衛を兼ねてゴンゴンに同行してもらうことは可能でしょうか?」


 「ランランの息子か。彼の強さなら、護衛として適任だろう。同行者を全員ソウが選ぶことはできないが、ゴンゴンについては、私からも推薦しておく」


 「ありがとうございます」


 また、ゴンゴンと旅ができる。俺はふかふかの毛皮となった赤白パンダを思い起こし、自然と頬が緩んだ。


 終わり

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