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カラパン 喋るパンダは着ぐるみではない  作者: 在江
第七章 七死七生の巻
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王のバトン *

 「しかし、若木大輔は、改革を遂行できなかった。私が話をした時点で、既に数十年を経過していた。雌パンダの不満が溜まり過ぎ、彼女らは王の施策を待ち切れなかった。既得権を得ていた雄パンダの抵抗もあった。必ずしも彼自身の不手際だけとは責められないが、如何(いかん)せん、王の名を頂いている以上、責任を引き受けてもらわざるを得なかった」



 佐上緋奈は、かつて大輔がしたであろうと同様に、俺へ語り続けていた。

 緋奈が聞き手だった時とは違い、毎日風呂へ入れるし、満足すべき質感の着替えも、寝床も用意されている。


 彼女達の改革は、俺から見ても成功だった。若干、雄の扱いがぞんざいな気もするけれど。


 「そして、ダイパン国は滅んだ。私たちは、新たな国をカラパン国と名付けた。ソウならわかるだろうが、ここのパンダはカラフルだからな。名付けの感覚は、前の王国を引き継いでいる」


 緋奈はくすり、と笑った。そこで俺は尋ねた。


 「前の王、大輔さんは、今どうしているんですか?」


 緋奈から表情が消えた。


 「死んだよ」


 「え。でも、ここに来た人間は歳を取らないって‥‥」


 言い差して、(よみがえ)る記憶に、声が出なくなった。

 別世界からここへ来た人間は、不老不死になるらしい、という話をした時に、彼女が漏らした言葉。


 「首と胴体を切り離し、頭は潰した上で全部燃やした。良い折りだ。墓参りをしようか」


 記憶と違わぬ言葉を再び口にした緋奈は、席を立った。叶うならば、記憶違いであって欲しかった。

 俺は後に従うしかない。


 彼女に連れられて、屋敷の中を隅々まで回った気でいたが、今歩む道は、初めての場所へ続いていた。


 植栽で上手く隠された向こうに、地味な板塀に囲まれた、別の敷地が現れた。

 かんぬきを動かして中へ入ると、そこには玉砂利を敷き詰めた空間があった。


 枯山水のように、筋を描いたり、岩が配置されたりすることもなく、ただ白っぽい石が隙間なく詰まっている。粒の揃った、よく磨かれた石だった。


 「草を生えにくくしている。一応、墓石代わりでもある」


 「ここ、全部ですか?」


 「そうだな。遺体は大体中央の辺りに埋めた。流石に百年経って出てこないなら、もう復活する心配はないと思う。一年ぐらいは目視で観察したが、再生する様子がないから埋めた。それでも一応、見張りを兼ねて近くに住んでいる。少々場所をずらしてくれれば、私もここに埋めてもらって構わない。ソウには、どれが()()か、見分けがつかないかもしれないな」


 緋奈は研究発表のように、淡々と話す。俺は言葉が出ない。

 とりあえず、手を合わせて若木大輔氏、元ダイパン国王の冥福を祈った。



 俺が祈り終わるのを待って、緋奈は敷地の外へ出た。

 扉の鍵は、かんぬきだけである。板塀も、さしたる高さではない。もし成人男性が乗り越えたり、扉を壊したりして外へ出ようと思ったら、簡単に出られる仕様である。


 この囲いは、中のモノを逃さないためではなく、外から誤って侵入しないように仕切られた場所なのだ。

 あの玉砂利は、墓石代わりだと緋奈は言った。一つ一つ、彼女が磨いたのだろうか。

 百年あったら、出来るかもしれない。


 自分が殺した相手が復活しないか、見張りながら毎日毎日石を磨く。どれだけ数を揃えれば、あの敷地を埋められるだろう。

 あの石は、彼女の贖罪と祈りの証でもあるのだ。


 「大輔が、最初の冬眠をした時の話を覚えているか?」


 囲いを離れても、緋奈は直ぐには戻ろうとせず、あちこち寄り道をした。大輔氏の話をしたのは、久しぶりの筈だ。

 その後の墓参りで、思い出すこともあったのだろう。平然とした顔色からは、彼女の内面を窺い知れない。


 俺は曖昧(あいまい)に頷いた。たかだか三十年程度、かなり端折(はしょ)った話でも、十分に長い話だった。実は、ほとんど覚えていない。


 「春になって目覚めた時、寝場所が荒れていただろう? 落ち葉が変色して粉々になっていたり、布団がわりにしていた物がなくなっていたり、入り口の薪が崩れていたり」


 言われてみれば、そうだったような気もする。


 「あの時、彼は一回食われていたのだよ」


 ぎょっとした。大輔氏の死に様もグロテスクだったが、更にその上があったとは。

 緋奈は、この話も淡々と続ける。


 「私は、近くに巣食っていた()()たちが、食ったと見ている。だからこそ後に、彼が人間のねぐらを訪れた時、相手が驚き恐れたのだ。殺した筈の相手が、仕返しに来たとでも思ったのではないか。人間は恐らく、手足と内臓だけ切り取って持ち帰り、頭などは残したのだろう。ひと冬かけて、大輔は再生した」


 「まさか」


 流石(さすが)に信じ難かった。だが、話に出てきた人間の性質を考えると、否定できない。

 襲撃した巣穴の持ち主が眠っていたからといって、食べ物だけ漁って帰る訳がないのだ。眠る大輔氏は、人間にとって、大きな食料に見えたに違いないのだから。


 「その時のことは、大輔の記憶にもない。過去の出来事は推測に過ぎないが、再生能力の高さについては、彼が死ぬまでの間に、()()()()()されている」


 俺は相槌(あいづち)に困って、息を吐き出す。それが、どういう事実を指し示すのか、想像しないよう努めた。


 元の建物へ戻ると、食事時だった。カラーパンダの提供する料理が野菜中心であることに、常よりも感謝する。


 「一つ、疑問があります」


 簡単に食事を済ませ、緋奈の執務室へ戻った俺は、早速質問を放った。

 何か喋らないと、大輔氏の再生能力について、延々と考えてしまいそうだった。食事中も、野菜料理を観察しつつ、緋奈への質問をひたすら考えていたのだ。


 「何だ?」


 「俺もヒナさんも、冬眠しませんよね。若木大輔氏と俺たちは、また別の種類と考えるべきなのでは?」


 緋奈は鷹揚(おうよう)に頷いた。生徒の目の付け所を褒める教師を思わせた。


 「よく気付いた。しかし、大体の見当はついている。彼は、起き続けるための栄養が足りなかった。ソウも、食糧事情が悪化した時は、冬眠準備をしっかり整えた方がいい。再生するからといって、痛みがない訳じゃないからな」


 さりげなく恐ろしい事実を告げ、緋奈は自分の作業に取り掛かる。近頃彼女は、薬草を混ぜ合わせて、特定の症状に効く薬を作ろうとしている。


 俺はといえば、編み物からレース編みへ移行していた。キヨトの夏は暑い。出来るだけ薄い夏服を作るための試みだ。


 二人とも、話をしながら何か作業をするのが、習慣になっていた。

 手を動かしていた方が、深刻な話を聞いた時のダメージが軽い気もする。掃除や食事、食料調達のような家事から解放されても、生活の利便性向上のために、出来ることはまだたくさんあった。


 「それから、毒は互いに面倒な状態を引き起こすだけで、結果が出ないから、止めてくれ」


 「さっきから聞いていると」


 ようやく俺は、緋奈の言葉の端々を繋ぎ合わせることに成功した。


 「俺がヒナさんを殺す話になっていますが、そんな予定はありませんよ」


 緋奈の手が止まり、俺を見た。俺も見返した。

 彼女は驚いたような、嬉しいような、寂しいような、形容し難い表情だった。


 「サプライズは要らないし、()()()は、ちゃんと指示に従う」


 「現在のところ、俺がヒナさんを殺す予定はありません」


 「何故?」


 「こっちこそ、何でですか?」


 緋奈の瞳がふっと揺れ、再び作業を開始した。

 潰された草の香りが立ち上る。

 薬効のある草だけに、特徴のある匂いを持つものばかりで、混ぜ具合によっては刺激が強過ぎるのだが、今はむしろ気分が(さわ)やかになる香りとなっていた。


 「この世界の歴史を、長々話しただろう。他の世界から人を召喚することによって、社会が変革を起こす。私が呼ばれた時のように、ソウが現れたのは、私には気付けない社会の歪みを正すためではないのか?」


 俺はかぎ針を脇へ置いた。

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