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第壱章 嵐の前の静寂 三 群雄割拠

 結論から言って、都でのことは樰永たちから聞いたものと大差はなかった。

 


 ただ、(ラン)帝国の宦官との交渉で判明したことだが、是叡(これあき)と当帝国は五年ほど前から蜜月関係にあったらしい。


 その際にはある商人による仲介があったそうだが、是叡が失脚した途端、絵に描いたように雲隠れして今や見る影もないとのことだ。その足跡は巧妙に隠蔽されており身元を洗うことはまず不可能だという。


 なお、件の宦官は朝廷の主導権を芦藏に握られたことを知っても、取引相手に鷹叢を選ぶ意向に変わりはないとのことだった。


 おそらくは、黄金の財力を持つ自分たちとの取引が一番旨味があると判断したのだろう。

 

 そして、肝心のアフリマンとセフィロトの一件……わかってはいたことだが、これが非常にまずい。


 カルドゥーレの見解から見ても、おそらくセフィロトはこのまま手を引くことはないということだった。


 当然だろう。国の宝物に指定されている遺物を不当に奪取された挙句、他国によって我が物顔で使われては国の威信に係わることからも黙っている道理はない。まして、都であれだけの力を示したならばなおのことだ。


 加えて都での一件によりセフィロトのみならず、彼の国から分かれた新興アルカディアや北海を統べる海洋帝国アルビオンまでもが近く倭蜃と接触を持とうとしているという、さらに頭が痛くなる情報までもが飛びこんできた。


 このままでは、冗談抜きで唯でさえも内乱状態にあるこの国が火の海となってしまう。


 何より、都で樰永たちを追いかけてきたアイアコスという武将に関しても……。


「アイアコス・フォン・アグリッパ卿。元は小貴族の三男であられましたが、戦働きで功を挙げられ、本国の第八都市ホドという大領を預かる伯爵にまで上り詰められた剛の者にございます。そちらで例えるなら、家督も継げぬ国人領主の部屋住みが一挙に国持ち大名となられたようなものですな」


 事もなげに述べる情報に、悠永(はるなが)はこめかみに指を当てながら問う。


「それでその男もまた神座王なのだな。それでどうなのだ。今の樰永が及ぶか否か。本当のところを述べよ」


「無理ですな」


 鷹揚な商人にしてはにべもない否であった。


 だが、次の瞬間にはいつもの意味深な笑みを浮かべて言う。


「されど、可能性はあります。何より先日の都での一件で改めて確信いたしました。御身のご子息とご息女ならば、これらの困難をも捻じ伏せ倭蜃一統を必ず成し遂げられると」


「……あっさり無理と言いながら簡単に言ってくれる。そもそも、敵は芦藏(あしくら)西界(せいかい)ばかりではない」


 悠永は苦い面持ちで重苦しく息をついた。

 


 そう。今この国は戦国末世。当然敵はこの應州(おうしゅう)を二分する芦藏だけに限らないのだ。

 



 應州の隣、東国桓東(かんとう)には、芦藏と同じく国境を接している『淦狗国(こんこうのくに)』を拠点とした当国を含めて――

 

 『鵡叉国(むしゃのくに)

 

 『嘉喜国(かきのくに)

 

 『霜月国(しもつきのくに)

 

 『龍燠国(たつおきのくに)

 

 の北桓東五ヵ国を支配する桓東管領の名門『殯束(もがりづか)家』が以前強い勢力を保っている。

 


 片や『伊鎖国(いさのくに)』を拠点に――

 

 『懺雪国(ざんせつのくに)

 

 『霧雨国(きりさめのくに)

 

 『常磐国(ときわのくに)

 

 『夜縋国(よすがのくに)

 

 『霜河国(しもかわのくに)

 

 の南桓東六か国を有する『宗叵(むなかた)』が自分たちや芦藏のごとく殯束と覇を競っている。

 


 その二大勢力に挟まれる形で存在するのが――

 

 『彌彦国(やひこのくに)


 『繊月国(しなつきのくに)

 

 『伽耶国(かやのくに)

 

 『駿刃国(するはのくに)

 

 『海劔国(みつるぎのくに)

 

 『柳葉国(やなぎはのくに)

 

 『春日国(かすがのくに)

 

 の西桓東七ヵ国。これらの小大名たちは良く言えば虎視眈々と、悪く言えば日和見で機を(うかが)っている形だ。

 


 扶桑の都が存在する天畿(てんき)は、旧大君(たいくん)府の旧君臣(くんしん)たちが治めている領域だ。


 天畿の入り口といえる『蓮杖国(れんじょうのくに)』と扶桑の都が存在する『黄城国(おうきのくに)』の二ヵ国を預かる旧君臣筆頭『獅束(ししづか)家』は、代々三管領筆頭を務めてきた『識束(しきづか)家』の傍流に当たる武家で、今は朝廷の補佐と警備を担っている。

 

 そして、この二国を囲む形で点在する九ヵ国――

 

 『越善国(えつぜんのくに)

 

 『越湖国(えつこのくに)

 

 『雅杜国(みやとのくに)


 『扇峯国(せんぽうのくに)

 

 『凰宜国(おうぎのくに)

 

 『天津国(あまつのくに)

 

 『白慶国(はくけいのくに)

 

 『刹延国(せつえんのくに)

 

 『治摩国(たじまのくに)

 

 獅束と同じく初代大君以来の君臣の武家らが治め、彼らも獅束とともに都の守護に努めている。

 


 一方で、天畿よりさらに西方面播州(ばんしゅう)五ヵ国――

 

 『播眞国(はりまのくに)

 

 『豊扇国(ほうせんのくに)

 

 『淡慈国(たんじのくに)

 

 『赫羅国(かくらのくに)

 

 『臥弥国(ふしみのくに)

 

 これら五ヵ国を、浪人の身ながら簒奪した乱世を代表する梟雄・蘇芳すおう逆瀧(さかたき)は、朝廷の権威など意にも介さず貪欲なまでの支配欲に邁進している。

 


 さらに、そこから西国たる地真(ちしん)十三ヵ国は既に統一が為されている。

 

 四年前、地真は数百に及ぶ国人領主らが乱立し争っていたのを、ひとりの女武者が瞬く間に平定してしまったのだ。


 若干十四歳で広大な西国の女王となった彼女の名は媛司(ひめつかさ)輝夜(かぐや)


 元は地真永途国(ながとのくに)に流れた没落公家の姫君であったが、九尾の妖狐の落とし胤であったために家人からは冷遇されていた。


 だが、その凄まじい妖力と武力で永途国に住まう国人や地下人たちを取りまとめ武士化し、その勢いで永途国を統一し御年九歳の国主となった後、その武力や持ち前の機略と謀略でわずか五年で残る十二ヵ国――

 

 『加羅国(からのくに)

 

 『石澄国(いしずみのくに)

 

 『嘉応国(かおうのくに)

 

 『日柳国(くさなぎのくに)

 

 『靖代国(やすしろのくに)

 

 『芳貴国(ほうきのくに)

 

 『岩動国(いしるぎのくに)

 

 『八城国(やつしろのくに)

 

 『笹雅国(ささみやのくに)

 

 『白土国(しらとのくに)

 

 『満懸国(みちかけのくに)

 

 『鞍累国(くらしきのくに)

 

 を平らげてしまい。数年で地真の山々と海は、この幼き女王の掌中となっていた。


 しかし、以後四年間は目立った動きは見せておらず群雄たちからは『眠れる獅子』と畏怖されている。

 


 南国肆海(しかい)四ヵ国は、『蒿里国(こうりのくに)』の魅恚(みうら)家、『沙擢国(さぬきのくに)』の柿岬(かきさき)家、『亜貴国(あきのくに)』の櫻田(さくらだ)家、『土火国(とかのくに)』の東儀(とうぎ)家が治め、この四家は肆海を荒らしまわった海賊の末裔でもあり、それぞれが獰猛かつ勇猛な水軍を有している。

 


 南西方汲州(きゅうしゅう)九ヵ国は、妖魔『磯撫(いそぶ)』を使役する精強な水軍を有する『紅蛇国(くじゃのくに)』の上條(かみじょう)家。



 大狸の騎兵隊を持ち硝子工芸などの殖産興業で財を成した『刑部国(ぎょうぶのくに)』の胤宗寺(いんそうじ)家。



 そして、ヴァルトシュタインとの交易で手に入れた鉄騎兵などで軍拡を果たし――

 

 『白鷺国(しらさぎのくに)

 

 『丕恭国(おおとものくに)

 

 『筑弦国(ちくげんのくに)

 

 の三国にまで勢力を伸ばした宗柳(むねやなぎ)家などの勢いが抜きん出て強い。


 事実上の三竦み状態だ。


 因みに、胤宗寺の現当主は妾腹であったためか、お家騒動を避けるために秋羅国に亡命していた経緯があり、悠永にとっては息子同然であり樰永や朧にとっても兄のような存在であった。

 


 『墨隈国(すみくまのくに)』は、大君府以来の君臣である(さかき)家が治めているが、可もなく不可もなくという情勢だ。

 


 反対に同じく君臣である 尼木(あまぎ)家が治めていた『豊嗣国(とよつぎのくに)』では下克上による政権交代があり、今現在は国人衆であった下褄(しもつま)家が国主となって日も浅く政権は安定していない。

 


 さらに、『嶼津国(しまづのくに)』『火純国(ほずみのくに)』の二国は正式な国司も事実上の国主もいない有様であり、国人や土豪たちが乱立しているほどの無秩序状態となっている。遠からず上記の何れかの国に併呑されるだろう。

 


 そして、この應州はまず我らが北應州七ヵ国――

 

 『秋羅国(しゅらのくに)

 

 『憮津国(むつのくに)

 

 『吾駕国(わがのくに)

 

 『紫刄国(しばのくに)

 

 『更深国(さらみのくに)

 

 『静寂国(しじまのくに)

 

 『磐斯国(いわしのくに)

 

 を版図としている鷹叢家。秋羅国の黄金と銀、憮津国の倭妖鋼(わようはがね)、吾駕国の山野で鍛えられた屈強無比な妖の悍馬などを武器に應州二強の一角にまで上り詰めた。そして何より、樰永と朧の活躍によってその声望と武勇を全国にまで高めた。 

 


 だが、それに対して残る二強の一角……! 南應州八ヵ国――

 

 『羽蝉国(うぜんのくに)

 

 『羽瑚国(うごのくに)

 

 『箭菩国(せんぼくのくに)

 

 『穿曬国(ばさらのくに)

 

 『鹿角国(かずのくに)

 

 『最守国(もがみのくに)

 

 『黄爾国(きのみのくに)

 

 『鹿森国(ししもりのくに)

 

 を版図とする芦藏(あしくら)家。我ら鷹叢の二十年来の宿敵。


 そして、今回の都の争乱を経て朝廷の中枢へと入り込むことに成功した台風の目。


 新たに朝廷の最高権力者である摂権(せっけん)の地位へとついた四条院(しじょういん)忠遠(ただとお)に臣従するという体で、都において確固たる地盤を築いたことからも、應州どころか全国の諸侯の中で頭ひとつ分突き抜けたと言って差し支えないだろう。

 


 そして、自分たちと芦藏に挟まれる形で存在するのが、扶桑樹に次いで神聖な森林を抱える『鬼灯国(ほおずきのくに)』を統べる大樹(たいじゅ)家。


 彼の家とは、秋羅国の内乱を治める際に盟約を結んで以来の同盟国だ。今現在も(よしみ)を通じ互いを頼みとしている。

 

 しかしだ。

 

「まして、芦藏は此度の一件で誰よりも一歩を先んじた。楽観視など到底できん。そもそも今は天下や芦藏よりも前に、西界の軍勢を相手にせねばならん。他ならぬ貴様のおかげでだ」


 悠永は渋面を浮かべ頑なな声で、商人の希望的観測にすぎる展望に皮肉まじりな釘を刺した。


「無論承知しております。私とてこの状況を傍観するほど薄情でもなければ、無責任でもありませぬ故」


 歯が浮くとすら思える白々しい言葉に、悠永は眉間に青筋を立てるもすぐに気を落ち着けて言う。


「その言葉裏切るでないぞ」


「御意」


 いかにも殊勝な声音でうなずいた商人はふと首を傾げて訊ねる。


「そう言えば、当の若君(ユア・ハイネス)姫君(プリンセス)はどこにおられますか? お二人にも先程の件をお話し申し上げたいのですが」


「二人は今狩りに出かけておる」


 憮然と答える悠永。それにカルドゥーレはやはり笑みを微塵も崩すことなく臆面もなく言う。


「それはそれは、相も変わらず仲睦まじいご兄妹ですね」


「互いに兄妹離れができなくて困る」


 悠永はそっけない声で吐き捨てるだけだった。


「心中お察しいたします。しかし、それはそれとして今ひとつお話がございます」


 まるで心がこもっていない労りに悠永は無視しようとしたが、その後に続いた言葉で顔をしかめる。


「話だと? この上どんな厄介事だ」


「いえいえ、とんでもない。むしろ、耳寄りかつ願ってもないお話だとお約束しますよ」


「……話してみよ」


 相も変わらず胡散くさい物言いに、億劫な声で先を促した。

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