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序章 一 暁星の女帝

 お待たせしました! 第弐譚開幕です!!

 倭蜃(わしん)国における政変『睦月(むつき)妖変(ようへん)』より三日後、遥か西界(せいかい)の超大国セフィロト専制帝国の帝都『ダアト』では……。

 

 皇城『ラドカーン』にある帝国議場。

 

 円形の大広間を囲う形で席が設けられ、百を超える貴族諸侯をはじめとした官吏や武官などが座す。


 そして、それらを睥睨(へいげい)するかのごとく天井は夜天(よぞら)の星々が描かれ、星の部分が魔道結晶による照明となっている。


 その夜天(よぞら)に届かんばかりに高い壇上に紅紫色(ワインカラー)の天蓋におおわれた黄金の玉座があり、その足元を同色の絨毯が階下から床まで布かれ、周囲をこれまた同色の垂れ幕が垂れ下がり、見る者を圧倒し畏怖させ得る荘厳なる高貴さを湛えていた。

 

 だが、何よりもそうさせざるを得ぬ空気を作り出しているのは、その玉座の主であろう。



 紅玉(ルビー)と見まごう光沢を放つ、鮮血よりも濃厚な真紅髪(クリムゾンブロンド)のストレートロングは、焔のように揺らめく。


 太陽の光輝を具現化したような眩い黄金眼(アウレアオクリース)は、見つめた者を有無を言わさず従えるといえば信じてしまいそうになる苛烈な英気に満ちていた。


 なによりも自然と目を惹く月の銀光のように輝いて眩しい白い肌は、金剛石(ダイヤモンド)すら輝きが褪せてしまうことだろう。


 荘厳な玉座や議場、身を包む赤い外套に純白のドレスと頭上を彩る金の王冠が霞むばかりか、時さえ息を呑み立ち止まると錯覚しかねない絶世の美女……否、まだ女性にはなりきれていない十代後半であろう絶世の美貌の少女が、ひじ掛けに腕を置き首を傾け拳を頬に当てて、いかにも不機嫌そうに顔をしかめていた。


 それを下から見ている臣下たちは何れも戦々恐々としていた。


 もしかすれば、知らぬ内に主君の逆鱗に触れるような何かをしでかしてしまったのではと、気が気ではなかった。

 

 彼女の名は、ミカエラ・クラウディア・フォン・セフィロト。この国セフィロトを統治し頂点に君臨する皇帝。御年十七歳。


 セフィロト王国を一代でより大きく拡張させ強大な大帝国へと再編した辣腕の女帝である。

 

 しかし、若き覇王たる女傑は今、傍目にも隠しきれぬ不機嫌さを殺気へと変換して噴出していた。

 

 そんな彼女を諫めるように、両隣に立つ二人の少女が左右の耳元へと小声で話しかけた。


「姫様……。顔が強張っておられますよ。お気持ちはお察ししますが、今は公に徹してくださいませ」


 左から、薄紫のストレートロングに橙色の双眸を持つ鉄面皮な美貌の女性武官が、感情の読み取れない淡々とした声で諭した。


 彼女の名をエレクトラ・ベルサリオスといい。若くしてミカエラの参謀を担っている才媛だ。今年で十八歳になる。


「……別に普通にしている」


 憮然とした返事を返す君主に、今度は右から、深い翠の髪をポニーテールにまとめた、碧の瞳をもつ清楚な印象を受ける美貌の少女が言う。


「姉様。さっきから諸侯が姉様の出してる殺気にすっかり当てられちゃてるわ。これじゃあ会議が始まる前に滞っちゃうじゃない。とっくにカイの無事は確認済みでしょ。お願いだから、ともかくおさえて……!」


 少女の名は、アリエス・オクタヴィア・フォン・セフィロト。ミカエラのひとつ下の実妹で皇妹にして宰相を務めている。


 しかし、紅髪の女帝は殺気を些かも緩めず、怒気を乗せた声音を静かに迸らせる。


「確認? こんな紙切れ一枚で? それもこんな内容だけで?」


 矢継ぎ早に責め立てながら、拳に握り締めていた、クシャクシャになった羊皮紙の切れ端を見せる。

 

 そこには、『倭蜃国での厄災はひとまず落着いたしました。また主命であるアフリマンとカルドゥーレの所在も判明いたしましたが、事態はそれらを含めて少々入り組んだ様相を呈しております故、情報をとりまとめられ次第、仔細は後日遠見の投影術で直接お伝え申し上げます』とだけ添えられていた。

 

 さる三日前、アイアコスの空間転移を応用した空間置換で送られたものだった。

 

 それを視認した二人もまた手を頭に添える体で嘆息した。

 

 ――アイアコス卿。確かに報告書の基本は客観的かつ無機的であることですが、これはいくらなんでも……。

 

 エレクトラは頭痛を堪えるような面持ちで呻く。

 

 ――あの駄竜……! 他にもっと書くことがあるでしょうが! せめて、無事って一言くらい添えなさいよ! とばっちりがみんなこっちにくるじゃない! 戦と政治には鋭敏なくせして、妙なところで朴念仁なんだから!

 

 アリエスも涙目で青筋を数本立てて歯軋りする。

 

 事の発端はそもそも、帝国のお抱え商人として重宝していたゼファードル・カルドゥーレが国宝という体裁で重要封印指定に処していた刻鎧神威(グレイル)『アフリマン』を強奪し、国外へと逃亡したことからはじまった。

 

 『アフリマン』は、セフィロトの初代君主にしてミカエラたちの祖父に当たる神王ウリエルですら手を焼いた悪食の問題児であり、契約を望む者たちを例外なく魂ごと喰らう凶悪さ故、厳重な封印を施した上で神殿の地下深くに鎮めるのが関の山という始末だった。

 

 そんな下手な猛獣よりも獰猛な凶神が国外へと持ち出された。


 その事実は帝国を震撼させるには充分すぎる凶報だった。

 

 そして、事態を解決すべく追手に遣わしたのが、帝国最強の騎士のひとりであり神座王(アマデウス)であるアイアコス・フォン・アグリッパなのだが、事態は当初の予想を大きく超えて、混迷の一途を辿ることとなる。

 

 まず第一に、今まで誰ひとりも王を選ばず死を振り撒く災禍であったアフリマンが、カルドゥーレの逃亡先である倭蜃国で王との契約を成したのだ。


 これには、セフィロトの名だたる神座王(アマデウス)をはじめとした者たちが騒然となったことは言うまでもない。何せ、あのミカエラですら目を(みは)らずにはいられなかったほどだ。

 

 次に第二……これがあまりにも想定外に過ぎるとともに重大な事案だ。

 

 倭蜃国の都で封じられていたという禍神(まがつかみ)が復活し、危うく世が滅びる瀬戸際となる事態となったのだ。


 これはミカエラをはじめとした神座王たちが同時に感知していたことなので、確かな事実だ。


 あの地の獄から轟くような怨嗟の鳴動がいまだ耳にこびりついて離れない上、天と地が崩壊するのではと思わせたおぞましい神気の波動にいまだ怖気が消えない。

 

 それも間もなく収まりはしたのだが、同時にカルドゥーレとアフリマンを追って倭蜃国へ赴いたアイアコスたちの安否が懸念された。

 

 特に、ミカエラは表面上こそ泰然とした態度を崩しもしなかったが、食事も取らず一睡すらせずに玉座で連絡を待ち続けたのだが――

 

 ――結果としてこの紙切れ一枚って……!?

 

 エレクトラとアリエスは頭を抱えて項垂れる他なかった。

 

 

 ちょうどその時、議場の真ん中に魔力の結晶を媒介にした投影映像が映し出される。そこには噂をすればとばかり、件の黒鉄の騎士を先頭に配下である従者たちが半透明な姿で映し出されている。


 先頭の頭から爪先までを黒鉄の甲冑で包んだ騎士――アイアコスが口を開いた


『連絡が遅れまことに申し訳ありませぬ。事後処理と状況把握に手間取りまして。事の仔細と倭蜃国の今現在の情勢をお伝えいたしたく――』


「「遅い(です)!!」」


 その口上をエレクトラとアリエスが異口同音で遮った。連絡早々に糾弾された黒鉄の騎士は、兜の下でギョッと呻いた。


「まあ、いい。すべての仔細を話すが良い」


 意外なことにミカエラ自身が二人を制した。しかし次の瞬間には――


()()()()()()()()で待たせたのだ。さぞ面白きことを聞かせてくれるのだろうな?」


 凶悪そのものな微笑を浮かべる女帝に、当のアイアコスたちは愚か議場の貴族諸侯も怖気に身を震わせる。


『お、お師匠さま。なんだか女王さまが怖いですぅ……』


 弟子にして近習の幼女ユリア・シルグヴァインが、白銀の狼耳と尻尾を縮こませて師に縋りつく。


 一方で、家令を務める黒に近い藍の長髪に瞳孔が開いた鋭く紅い瞳が特徴的な美貌の青年――リュカ・セルヴァスは小馬鹿にしたように口角を上げる。


『ずいぶんとご機嫌斜めだな、この女王様は。月のものか?』


『リュカ殿!!』


 冗談まじりに下世話なことを平然とのたまう家令に、銀の長髪に琥珀の双眸を持つ凛々しい面立ちの少女――シャリネ・ゲリュオンの叱声が飛ぶ。可憐な乙女という風情だが、戦ともなれば先陣を切るホドの切り込み隊長ともいうべき女騎士だ。


 その右隣で黒髪をおさげに結った十四歳ほどの少女が、その様子を見て呆れたように息を吐く。彼女の名は、レイヴン・クローセル。幼くして戦場に出る騎士としてのみならず、諜報や暗殺技術にも優れた才女だ。


 シャリネの左隣では、遊牧民の民族衣装(デール)に身を包んだ、茶が入った黒髪と少し年齢より老けた感がある厳つい青年が苦笑を浮かべている。名をカラコム・ソジムと言い。この中では唯一のホド出身者で優れた騎射の名手であり、リュカやシャリネと並んでアイアコスの副官を務める。


 そんな部下たちを咳払いで諫めた後、アイアコスは兜と仮面でおおった顔貌をあげて本題に入った。


『失礼いたしました。まずはカルドゥーレとアフリマンの現在の所在、次いで先の邪神復活と討伐の推移をお話し申し上げます』

 


 アイアコスから語られた報告内容は以下の通りだ。

 


 カルドゥーレは倭蜃国の北方州『應州(おうしゅう)』へ逃亡。その地を治める鷹叢(たかむら)家に強奪した件の刻鎧神威『アフリマン』を売り付けた結果、そこの総領息子である鷹叢樰永(ゆきなが)が契約に成功。


 以後、カルドゥーレは鷹叢家と対等の同盟関係を結んだとの事。


 その後、当の鷹叢樰永は倭蜃の王都『扶桑京(ふそうきょう)』を支配する公家の暗躍を防がんと秘かに入京し見事に挫いて見せた事。


 結果、都の朝廷を取り仕切っていた国王の代行者たる一条宮(いちじょうみや)是叡(これあき)以下、彼の派閥に属する公卿たちはおおむね失脚し、更迭された事。


 その直後、何者かが何らかの方法で冥府の穴を穿ち、都に封じられていた邪神・黄泉津大神(ヨモツオオカミ)を覚醒させた事。


 さらにその余波を受け、アフリマンの王・鷹叢樰永の実妹・鷹叢(おぼろ)至高天の王冠(エンピレオ・クラウン)として不完全ながらも覚醒した事。


 そして、この兄妹(ふたり)の力を借りることにより、大内裏(だいだいり)こそほぼ全壊する被害を被ったものの、どうにか市中に被害を出さずに邪神を再び冥府へと追いやることに成功した事。


 ただ穿たれた冥府への穴は完全には閉じず極小に縮むに留まった事。


 その後、上級公家のひとりである四条院(しじょういん)忠遠(ただとお)が南應州を統べる芦藏(あしくら)家の軍勢を呼び寄せ事態の鎮静化を図り、以後は彼らが都を取り仕切ることとなった事。


 そして、鷹叢樰永と朧の兄妹――ひいては鷹叢一族は今や救国の英雄となり。手出しが容易ではなくなってしまった事。

 

 これらの経緯を聞かされた群臣たちの反応は様々だった。

 


「なんと……! 陛下と同じ"至高天の王冠(エンピレオ・クラウン)"が東の蛮国にいようとは……!?」


「うむ……。神祖ウリエル陛下さえ匙を投げられたアフリマンを従えさせたことといい、なかなかに侮れませんな」


 と、恐れ慄く者。


「ふん! しょせんは刻鎧神威を手に入れて日も浅い連中であろう。陛下をはじめとした多くの神座王を抱える我が国の敵ではない」


「左様! アイアコス卿、貴卿も貴卿だ! 何故、その気に乗じてそ奴らを仕留めなかったのだ!? それどころか、わざわざ刻鎧神威の使い方を指南するなぞ……! よもや貴奴らに黄金でも積まれたか!?」


 と、何の根拠もなく侮り、それどころかここぞとばかり新参に等しいアイアコスに的外れな糾弾をする者(これにはリュカが殺気を含んだ視線で射竦めるが、アイアコスに同じ視線で制された)。


「しかし、カルドゥーレめ! 倭妖(わよう)どもにあのような力を売りつけるとは……! 何を考えているのだ!」


「陛下に重用された大恩を踏み躙った卑劣漢めが……! 倭妖ともども目にもの見せてくれようぞ!」


 と、カルドゥーレや倭蜃国に対する敵愾心を剥き出しにする者などが各々の意見を出し論議を交わす中で、アイアコスはさらにひとつの事案―――倭蜃国にてアフリマンの王となった血気盛んな若武者から為された提案を口にした。

 

『また、鷹叢樰永は女帝陛下との謁見並びに会談を要求しております。我が国との同盟を希求するとのことです』


 アイアコスの口から発せられた言葉に、議場は凍りついたような沈黙が一瞬だけ流れ、次の瞬間には怒号の嵐が巻き起こった。

 

「ふざけるな! 東の果ての猿どもが付け上がりおって!」


「左様! 我が国の罪人を庇い立てするのみならず、我が国の国宝を我が物顔で振り回した挙句に一地方領主の分際で我が帝国と同盟だと!? なんと厚顔無恥な!!」


「交渉の余地などあるものか! そのような生意気な小国は一気に攻め落としてくれる!!」

 

『あわわ……! お師匠さま』


 ユリアが涙目で耳と尻尾を委縮させながら師に身を寄せる。


『ふん! 予想以上に喧しいな。猿の檻でも映してるんじゃないのか、これ?』


 リュカが不機嫌さを隠しもしない凶悪な笑みで盛大な毒を吐く。


『リュカ殿……! 陛下の御前ですよ』


 シャリネが半ば顔を青褪めさせて咎める横で、カラコムも困惑と呆れが綯い交ぜになった面持ちでぼやく。


『しかし、ある程度の野次は覚悟していたが、ここまでとは……!』


 一方、貴族たちの怒号を聞き流しながらもアイアコスは、内心でやはりこうなったかと諦観していた。

 

 ――まあ、当然の反応だ。貴族のお歴々にしてみれば、他国の、それも一地方領主の子息の言葉など端から相手にする道理もないからな。ただ、陛下はどうお考えになられるのかだが――

 

 カンッ!

 

 鋭い衝突音が、議場に吹き荒れる怒号を一挙に蹴散らした。

 

 見ると、玉座で紅の髪の女帝が無表情で錫杖を床に叩きつけている姿があった。その横でエレクトラが冷たく鋭い声で主に代わり諫める。


「慎みなさい。女帝陛下の御前ですよ」


 それが止めとなって、野次を飛ばしていた貴族たちも完全に鎮静化する。


 それからやや間を開けて、ミカエラが口を開いた。


「まず、私からも貴様たちに伝えなばならぬことがある」


 女帝の思わぬ言葉にアイアコスたちは身構えた。

 来週からまた毎週木曜更新予定です! 主に15時か16時あたりの更新になります!

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