第肆章 神座王集う 十一 逡巡
だが、圧し潰されるような現実を前にしても無謀な若武者はまるで動じなかった。
「おまえなんぞに聞かせるために語ったんじゃねぇよ。て言うか、おまえとなんざ話してねぇし」
樰永はあっけらかんに吐き捨てる。是叡の額にとうとう青筋がいくつも立つ。
あまりに余裕綽々を通り越して無礼千万な物言いに、清聡や治禎、シャリネやカラコムなどは開いた口が塞がらぬとばかり何れも唖然としている。
「どうやら、つくづく自分の立場とゆうものを、まるでわかっておらぬようでおじゃるな。怒りを通り越して呆れるわ……! 尊昶殿、早うこの狼藉者を懲らしめておじゃれ!」
「っ!」
是叡に命じられ、尊昶は感情を懸命におさえ、唇を真一文字に結ぶと静かに樰永のもとへと赴く。
「若……」
柾秀も主の心境を察して複雑な声をかける。
彼とて話の内容こそついては行けなかったが、樰永の真剣にこの国を想う気持ちと志は正直に言って心を打たれるものだった。
それだけに、改めてその醜悪さが浮き彫りとなった公家たちに従わねばならぬ主は、見ていて痛ましいものがあった。
尊昶もまた儘ならぬ己の立場に苦悩しつつ、己の不甲斐なさに腹を立てていた。
――俺は何なのだ? 樰永殿はその身ひとつでこの国を救わんと、このような死地に出向き今なお諦めることなく戦っている。それにひきかえ俺は何なのだ? たかが家と桓東に固執し是叡のごとき奸物の手先となっている。これが俺の為すべきことなのか!?
自己嫌悪に押し潰されている尊昶に、樰永は穏やかな挨拶をした。
「よぉ。昨日ぶりだな。唯者ではあるまいとは思ったが、まさか桓東管領を務める名門のご子息とはな」
「貴殿こそ、よもや一代で北應州の盟主となった鷹叢家の総領息子だとはな。こちらこそ夢にも思わなかった」
それに尊昶は苦笑を返すより他なかった。
「貴殿を、捕らえねばならぬ」
「だろうな」
苦し気に吐き捨てる尊昶に、樰永はあっさりとした声音でうなずいた。
「ずいぶんと神妙なんだな。あれだけ諦め悪く理想を語っておきながら……」
「事実だからな。おまえの立場じゃそう答えるのが当然だ。それに戦で敗れた時の覚悟なら疾うにできている」
清々しさすら感じる笑みで言う樰永に、尊昶は感嘆するともにこの見事すぎる武者を破滅させる役を担わねばならぬ自らを心底呪った。
しかし、そんな彼に樰永はまたも不敵な笑みを浮かべて見せ言った。
「まあ、どうやらその必要はなさそうだがな」
「は?」
その言葉に、尊昶のみならず傍で聞いていたアイアコスも面食らったような声を出す。
一方、是叡はいい加減に焦れてきたのか、もはやいらだちを微塵も隠さぬ声音で二人を促す。
「尊昶殿、いい加減に逆賊の寧言に付き合うのも大概にするでおじゃる。アイアコス殿も早う己がお役目を果たされよ!」
しかし、その言葉を掻き消すようにけたたましい足音と悲鳴に近い声が響いてきた。
「何でおじゃるか? この大切な時に……!」
是叡は不快そうに顔をしかめるが、それは駆けこむように入ってきた臣下たちの口から出た言葉によって蒼白な面持ちへと変ずることとなる。
「殿下! 大変でおじゃりまする!! 民が大勢大挙してこの大内裏に詰めかけておじゃりまする!!」
「それだけではおじゃりませぬ! 各地で米蔵が襲う者どもまで……!!」
矢継ぎ早に響く寝耳に水な凶報に、校書殿全体が呆気にとられる中で樰永だけが口角を悪戯ぽくつり上げたのだった。




