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第肆章 神座王集う 二 邂逅

 愛妹の声を耳聡く聞きつけ、彼方を見やった樰永(ゆきなが)の眼に映ったのは、遊び人風体をした町人の若者たちに囲まれ、気安く腕を掴まれている(おぼろ)の姿だった。


「えろう可愛いやん。なあ俺らとどっか行かへん? 寂しいねん」


「離してください」


 気安い猫なで声をかける若者たちに、朧がキッとした瞳で睨むが、彼らはさらに舌なめずりするだけだった。


「おー! 気も強よいときとる。ますますめっちゃ好みやわ~~。こら是が非でも付き合ってもらわんとなぁ」

 

 

「あの野郎ども……!」


 樰永は怒髪冠を衝いて勇み足を踏もうとするが、寸前で叔母に羽交い絞めされる。


「叔母上! 何を……!?」


「頭を冷やせ莫迦。目立つことは避けろって言ったばっかだろうが。そもそも、あんな連中に朧がどうこうできるわけねえだろ」


「っ! それは……」


 そんなことは自分だってわかっていたが、樰永にとってはそういう問題ではなかった。


 朧と自分は既に想いを交わし合ったのだ。即ち朧に触れていいのは自分唯ひとり! あんな下種どもが触れるなど一切まかりならない!

 

 しかし、当然ながらそう思っているのは朧も同様であった。


「もういい加減にしてください。私、連れがいますから――」


 声に怒気は愚か殺気すら乗せて拒絶の返事をする朧だったが、彼らはかなり鈍い性質なのかまるで気にすることなく、ねちっこい口説き文句を垂れ流す。


「え~~、つれないこと()わんといてや~。連れゆうたかてどうせ大した男やないんやろ? そんなんより俺の方がよっぽど気持ちよくしたるさかいに」


「うわ! おまえ、それ卑猥にもほどがあるやろ~~。けど俺らにもちゃんと回してや」


 と、勝手に盛り上がる連中を余所に、朧は自分の中で何かが音を立てて切れるのを感じた。


 ――この下郎ども。よくも兄様のことを知りもせずに――!!


 憤激が妖力光となって身体から自然と漏れ出す。



 それを見た永久(とわ)は「やべぇっ!」と何時になく焦燥の顔となる。甥を止めるに気を取られて姪の沸点も同様に低いことを失念していたのだ。


 しかし、その懸念は幸いなことに杞憂となった。

 


「離したりいな。どう見ても嫌がっとるやろうが」


 いつの間に近づいたのか、朧の腕をつかんでいた町人の腕を、木綿の着物を着こんだ優男が捻り上げていた。


 朧はハッとなって救い主の姿を見る。


 線は細いながら長身でクセ毛が特徴的な茶色がかった黒髪の長髪を流したままにし、顔立ちは童顔ながら精悍で誠実かつ実直な印象を抱かせる少年だ。


「な、なんや! おまえ!? いきなり現れて他人(ヒト)の獲物を横取りする気かいな!」


 すると、少年は呆れたとばかり嘆息をつきながら指摘した。


他人(ヒト)の獲物も何も、そもそもあんたらの物やあらへんやろ。第一、女子を"物"扱いする時点で浅学がにじみ出とるで」


「なんやと……! えらそうに――てってぇ―――ッ!!」


 なおも悪態をつく町人の腕をさらに捩じり上げる。


「もう大概にしとき。俺かて、そないに気が長い方やないんや」


 声音こそ穏やかだが、隠しきれない苛烈な怒気が顕れていることは明らかだった。


「……っ! ちっ! 覚えとれよ!」


 さすがにそれを察した遊び人たちは、お決まりのような悪態をつきながら離れて行った。


 それを見た樰永は、すぐさま朧の元に駆け寄った。


「朧! 大丈夫か」


「兄様……。ええ。私は大丈夫です。この方が助けてくださったので……。もしどなたかは存じませんが、ご助力感謝します」


 朧が頭を下げると、少年は苦笑で事もなげに返した。


「構へんよ。ただのお節介やし。俺としてもいけ好かん連中やっただけや」


「いや、仮にそうでも事実助かった。俺からも改めて礼を言う。かたじけない」


 樰永も妹に倣って頭を下げる。すると、少年の方が慌てて畏まった。


「あ、頭を上げてや。ホンマに大したことなんてしとらんし……」


「いや、本当に助かったんだ。おまえのお蔭で無用な騒ぎにならずにすんだ」


 お世辞ではなく本気でそう思っていた。あれ以上は妹も自分自身も抑えられなかっただろうから。


 ――入京早々に危うく捕り物沙汰になっちまったら、それこそシャレにならんからな。


 そう心底安堵した樰永は再度礼を言おうと握手を求めた。


「名を聞かせてはもらえないか? 今は無理だが、近い内に謝礼を……」


「いや、俺は名乗るほどの(モン)や……」


 握手に応じながらも、そう遠慮する少年の声と樰永の声が途切れたのはほぼ同時だった。



 二人が握手した瞬間、雷流が流れたような衝撃が互いへと奔り、弾かれたように手を放し距離を取った。


 さらには――


「おまえ――その眼は……!?」


「ッ――!」


 お互いの双眸には、特徴的な十字架(クルス)の文様――神座王(アマデウス)の証が発光していた。


 樰永が次に口を開くより早く、少年は息を呑みながらも脱兎のごとく駆け、人混みにまぎれて姿を消した。


「っ! ま、待て!!」


 ハッとなって樰永は追い縋ろうとするが、永久が肩をつかんで制止する。


「おい、どうした樰永!? 突然なんだ?」


「……あいつ、俺と同じ神座王だった」


 その言葉に永久は度肝を抜かれて呻いた。


「な、なんだと……っ!? こんな近くにいたってのに気づかなかったてぇのか」


 すると、再び実体化したアフリマンが補足した。


「入京した時から私の気配は遮断しています。おそらく向こうの刻鎧神威(グレイル)も同様でしょう。先程のように直接接触でもしない限りは破られる恐れはなかったのですが……」


 と、半眼で主を睨む。それに樰永は頭を抱えながらもぼやいた。


「しかたないだろ。いくらなんだって今のは不可抗力だ。こんな市井に神座王がまぎれているだなんて想像できるかよ」


 すると、相棒は他ならぬ主を指差し無言で物申した。これには流石の樰永もぐうの音も出なかったのか「すまん……。確かに思慮が些か浅かった」と謝罪した。


「どの道、都には三人もの神座王がいることはわかっていたんだ。何れにせよ遅かれ早かれだったろうさ」


 永久は嘆息しながらフォローを入れた。


「兄様……」


 朧の気遣わしげな声。だが、樰永は安心させるように口の端を不敵につり上げて微笑んでみせる。


「案ずるな、朧。俺はどこの誰が来ようとも負けはしない」


「はい!」


 ――そうだ。どこの誰だろうと俺は天下と朧をこの手に掴まで負けはしない!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 朧さんを助けてくれたいい人がまさかの! この出会い、運命的なものを感じますね(; ゜Д゜)
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