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第肆章 神座王集う 一 零落の都

扶桑京編 開幕! 

 樰永(ゆきなが)たちが蓮杖国(れんじょうのくに)を南に進み山道を抜け、五芒星の形をとった大都市――『扶桑京(ふそうきょう)』を一望したのは、ちょうど日が昇る早朝のことだった。



 昇る日に照らされる神の都を見て、まず永久が感嘆の声をあげる。


「おーおー、相も変わらず形だけはご立派な都だなぁ」


「永久殿、不敬でござるぞ……」


 たしなめる啓益(よします)に対して永久は憤然とした顔になって吐き捨てた。


「聞いてる奴なんぞ俺ら以外にゃいねぇよ。つーか事実だろうがよ」


 確かに、王都の繁栄を享受しているのは、公家や豪商たちなど一部の上級階級の者たちだけで、庶民は圧政による貧困を強いられ貧民窟(スラム)を形成している場所も決して少なくはない。


 その現実を自分たちは一度目にしているのだから、永久の発言は至極当然だった。


 そして、それは恐らく今も変わっていまい。


「これ以上好きにはさせん……!」


 樰永は決然とした声で断言し馬脚を進めた。

 







 その後、入京した樰永たちは旅装を武家姿から町人の衣へと着替え、都の官営の市『東西市(とうざいいち)』の方へと赴いた。



 食料を調達する必要があったし、最終的に萩原(はぎわら)邸に赴くにしても是叡(これあき)の眼が光っている以上、不用意なことはできない。ひとまずの宿を取ることは必須だった。



 しかし、いざ来てみると……。



「改めて見ると、黄泉(おうせん)の市とは大違いだな」


 樰永の開口一番の呟きを象徴するように、市にはあって然るべき活気がなく、人通りも疎(まば)らだ。


 一言二言で表すと、すっかり寂れて廃れつつあった。


「ああ、それに見ろ。以前に比べても市に並んでいる商品も量が揃ってねぇし。質もお世辞にもいいとは言い難てぇ……」


 永久も、甥の言葉を肯定するように市に並ぶ品物を、値踏みするように見回してつぶやく。


 樰永も見ると、野菜などはほとんど形が悪く状態も良くない物が混ざっているなどザラで、魚も鮮度が落ち、あるいは腐りかけというものすらあった。


 反物などの布地に至っても明らかに質が落ちている物が並んでおり、量も充分とは言えなかった。


「これが都の市か。いくらなんでも酷すぎるな……。これなら道中で見た淦狗国(こんこうのくに)の市の方がよっぽどマシな物が揃っていたぜ」


 あんまりに過ぎるありさまに、樰永は憤然とした声で唸る。


「けれど、父様は"扶桑の都を應州(おうしゅう)の地に持ってくる"と意気込んで、黄泉の都を築いたはずです。その手本とした都がこんな……」


 朧(おぼろ)も痛まし気な声を出す。


 すると、啓益が憮然とした顔で捕捉する。


「おそらくでござるが、摂権(せっけん)殿下をはじめとした公卿どもが無理な締め付けと搾取で流通を阻害してきた結果でござろう。何より二年前の飢饉も祟り申した。殿により商業の保護がなされ、既存のあらゆる規制を排し、自由な交易すら許した黄泉とは天と地ほどの差がつくのは当然というもの」


 そこで古武士は大きく咳払いをすると、皆を睨めつけて話題を変えた。


「と・も・か・く、こうして目的の地たる扶桑に着いた以上は、一切の羽目はずしは無しでござる。各々、くれぐれも軽挙妄動は慎み隠忍自重(いんにんじちょう)を心掛けるようお願い申し上げる」


 青筋すら立てて念押しする古武士に、樰永と朧は何れも神妙な顔つきで首肯(しゅこう)する。


 確かに、こうして敵地も同然の地に足を踏み入れた以上は、淦狗国でのような乱痴気騒ぎは控えるべきだし。何より先の一件で啓益に悪いことをしたという負い目からも当然の返答だったが、当の一連の騒動を起こした張本人と便乗した商人はというと。


「チッ! まだ根に持ってんのかよ。さんざん頭下げてやったろうが」


「そうそう、すべては終わった過去のことです。失点を引きずるような体たらくでは商機を逸しますよ?」


 厚顔無恥にのたまう二人に、融通が利かぬ古武士は眉間をぴくぴくと痙攣(けいれん)させ、懐の小刀の柄頭に触れ、今にも抜刀するのを懸命に堪えるよう努めねばならなかった。


「落ち着け、啓益! いくらなんでも往来でそれはまずい!」


 血管がキレかかった近習を、樰永が必死に制止する。


「叔母上もカルドゥーレも頼むから、こいつを刺激しないでくれ!」


「ってもなぁ。こいつの沸点が低いのは俺の責任じゃねぇし?」


 頭をポリポリとかいて、甥の抗議をしれと退ける。


「ひでぇッ!!」


 思わずそう突っ込む樰永に対し、カルドゥーレも厚顔な笑みで諭すがごとくのたまう。


「むしろ、あからさまに神経を尖らせている方が、よほどかえっていらぬ疑いを余人から買いましょう。少し肩の力を抜くことをお勧めします」


「そうそう! おまえは何かにつけ固すぎんだよ。そんなんだから嫁をもらうどころか、いまだに童貞なんだよ」


「…………若君、某(それがし)は当面の敵がわかり申した。こ奴らこそが諸悪の――」


 そう能面でのたまい小太刀を抜きかける古武士を羽交い絞めにして樰永は、諸悪の二人に叫んだ。


「だ・か・ら! 煽るな――――ァッ!!」

 


「とにかく、これからは某の指示に従っていただく……!」


 どうにか啓益の気を落ち着かせ安堵の息を吐く樰永に、朧が声をかけてきた。


「兄様、お疲れ様です」


 苦笑気味に労わる愛妹も、今は武士の直垂から商家の娘が着るような小袖を身に着け、髪を真っ直ぐに下ろしている。


 刺繍もなく素朴な印象を抱かせる繕いだが、これはこれでいいと、樰永は密かに感嘆の念を抱いていた。


 素朴な分、朧の艶やかな美しさが一層際立っている。簡素な玉簪も流麗な髪を彩るには充分だった。


「あ、ああ。もう慣れっこだからな。それよりその小袖も簪も似合ってるぞ」


「あ、ありがとうございます」


 さり気無い兄からの誉め言葉に、朧は頬を喜色の朱で染めた。そのいじらしい仕草に樰永も今更のように赤面する。


 先日の温泉で想いを通わせてからというもの、こうしてさり気ない言葉を交わすだけで、互いにはにかむ頬をどうしても禁じ得ない。


 ――うわぁ……! 本当にやべぇ。 朧がいつも以上に数割増しでかわいく綺麗に思える……! 叔母上たちの前じゃなきゃ、絶対に今すぐ抱き締めるのを我慢できねぇな……! これが両想いになるってことか……!!


 ――兄様が褒めてくれた。嬉しい。今までにも聞いた同じ言葉なのに全然違う意味に聞こえる! 想いを通じ合わせる。たったそれだけでこんなにも幸せになれるなんて……!!


 



「……そう人前でべったりするのはいかがなものかと」


 啓益の鋭く冷たい声が二人の間を裂き、ハッとなって兄妹は互いに離れるような仕草をする。


「まったく、この蟒蛇とうつけ商人はまだしも、あなた方まで浮かれるような体たらくでは困り申す。よもや旅の目的を見失ってはおりますまいな」


「……無論だ。言い出しっぺは、そもそも俺なのだからな」


「結構。では次に姫君。貴女も同行を申し出たからには、我々の足を引っ張るような行動は厳に慎んでいただきたい」


「なっ!? 啓益、おまえ――」


 樰永は、流石に完全に言いがかりも同然な守役の言動に憤然とした。


 事実、朧は先日における刺客の襲撃においても難なく敵を打ち倒して見せたのだ。それをもって何が足手まといなのかと反論しようとするも、それを制するように朧が頭を下げて詫びた。


「そうね。ごめんなさい啓益。少し場を弁えない振る舞いでした」


「少(・)し(・)? 大いに弁えておられない振る舞いが、ここ数日目立ちましたがな」


「おい、いい加減にしろよ。さっきからいくらなんでも言いがかりにもほどがあるだろう」


 これ以上は黙っていられず鋭い声でたしなめる樰永だったが、啓益の矛先は当の主にも向けられた。


「若君、この旅の同行を認めた時点で窺い知れまするが……いくらなんでも姫君を甘やかしすぎではござりませぬか?」


「どこがだ? 朧は、ここまで我らとともに昼夜問わず馬を駆け弱音ひとつ吐かず、過日の襲撃では俺と肩を並べて見事に刺客を討ち果たした。足手まといどころか、まさに一騎当千の戦力であろう」


 樰永は平淡ながら激しい怒気を乗せた声を容赦なく浴びせる。


 だが、啓益もまるで退かなかった。


「元より姫君の武を疑ったことなどござらぬ。某が言ってるのは、心構えが浮ついていると申し上げているのでござる」


 対する樰永も冷笑を返す。


「ますます言いがかりもいいところだな。俺も朧も目的を忘れたことなど片時もないぞ」


 しかし、そこで啓益の反撃がはじまった。


「では申し上げまするが、刺客共の襲撃の際……あなたと姫君は何をなされていたのでござるか? 我らが駆けつけた場所は浴場であられたようでござるが」


 その言葉に、樰永と朧は血の気が一気に氷点下まで下がり、息を呑むのを必死に堪えた。


「よもや共に入浴しておられたのではありますまいな? いい歳をした兄妹同士が――ッ!?」


 ネチネチとした糾弾は最後まで続かなかった。


 何故なら古武士の股間を、いつの間にやら実体化していたアフリマンが容赦なく蹴り上げていたからだ。


 先刻の気勢もどこへやら一気に膝から崩れ落ちて仰け反って苦悶する。


 因みにそれを目撃した樰永とカルドゥーレは、思わず生理的かつ本能的に自らの腰のモノを守るがごとく手で押さえたのだった。


 そして、蹴り上げた張本人は冷たい眼を眼前の無様に苦悶する古武士に注ぎ、凍てつくような声を浴びせる。


「臣下風情が、ずいぶんとベラベラと下世話な戯言をのたまうものなのです。分を弁えなさい下郎。我が主ユキナガは、大空よりも広き器と大海よりも深き配慮の持ち主なのです。それを誰よりも承知しているはずのあなたが信じられぬとでも?」


 その声には有無を一切言わせぬ圧迫感があり、啓益は愚か、その主である樰永ですら金縛りにあったような空恐ろしさを禁じ得なかった。


 その重苦しい空気を壊したのは、例によって永久だ。


「おまえら、そのくらいにしとけ。さっきから目立ってる」


 その言葉が示すように事実、行きゆく人々が好奇がまじった怪訝な視線を向けていた。それに気づいたことで苦悶していた啓益も咳払いをして居住まいを正した。


「と、ともかく、お二方とも節度をもった行動をお心掛けくだされ」


 捨て台詞のように言って、食料を調達するため店の方へと入っていった。


 その後ろ姿を、傲岸不遜そのものな態度と憤然とした貌で見送りながら、外見こそ可憐な悪神は悪態をつく。


「ふん! 一昨日(おととい)来やがれなのです、このツルハゲ野郎が!」


「おまえ、神のくせにつくづく口が悪いのな……」


「武家の御曹司であるはずのユキナガには言われたくないのです」


「そうかよ。でも、礼をいうぞ」


 ぶっきら棒に謝辞を示す主に、アフリマンは得意気な笑みを大きくした。


「ようやく、わたしの有能さに脱帽しましたか。とくと崇め奉りなさい」


 ふふんと胸を張る悪神の頭を「はい、はい」と優しく撫でてやった。


「む~~」


 すると、愛妹から突き刺さるような視線を向けられる。それに気づいた樰永はまずいと思いアフリマンから離れると、最愛の妹の方へと向き直り口を開いた。


「朧、おまえも啓益の言ったことは気にするな。おまえは十二分に俺たちの力になってる。あいつも叔母上にのされた挙句に刺客にも襲われてと気が立ってるんだろう」


 そうフォローを入れるが、後ろから永久が進み出た。


「おい、それ俺のせいか?」


「事実だろうが……」


 さも不思議そうに訊ねる叔母に、眉間に若干の青筋を立て呆れた声で吐き捨てる。


 すると、朧はくるりと踵を返して歩み始める。それを見咎めた樰永は必死さがにじんだ声をかける。


「お、おい、朧! どこに行くんだ!?」


「手水(ちょうず)です。女性の口からそんなことを言わせないでください」


 有無を言わさぬ辛辣さを含んだ平淡な声に、樰永は内心で罅割(ひびわ)れたがごとき衝撃(ショック)を受ける。


(やっぱり、怒ってるのか!? 俺、またなんかやらかしたか!?)


 樰永は困惑と焦燥に顔を青褪めさせるが、不意にアフリマンが袖を引っ張ってきた。


「なんだよ?」


 主の鬱陶し気な声に対し、悪神はいつもの能面を浮かべたまま呆れたように息を吐いた。


「まったく我が主は鈍感この上ないのです。あれは照れているのです」


「そうなのか?」


 樰永の半信半疑な声音に、アフリマンの嘆息はさらに大きくなった。


「そんな体たらくだから、オボロとの仲をあそこまで拗らせていたのです……! 大いに反省なさい、この童貞」


 そういって実体化を解きシャムシールへと引っ込んだ。


「だから往来でやめろ、その言葉……。周りの視線が痛いんだよ」


 その言葉が示す通り、アフリマンの言葉を聞きつけたであろう市を行き交う町人たちが、こちらを見てヒソヒソと目尻に皺をよせて囁き合っている。


「なんだぁ? 昨日とは様子が少し違うと思えば、おまえらやっと仲直りしたか?」


「っ。叔母上、何を――」


 まさか、気づかれたのかと思い身を固くする樰永に、永久はカラカラと笑う。


「アフリマンのガキが来てからというもの朧の奴、明らかにふてくされてたからな。なにせ、おまえはここのところずっと、このガキにご執心だったからな。あいつの悋気も無理からぬだろうさ」


「頼むから、叔母上も人聞きの悪いことを往来でのたまわらないでくれ……!」


 全然気のせいだった。樰永は拍子抜けして心中で大きく息を吐いた。


「だがまあ、良かったぜ。ここは今や敵地だ。そこでまで仲違いを続けられてちゃ堪ったもんじゃねぇからな」


「……すまない叔母上」


 自覚していたこともあり素直に謝罪した。


「別に構やしねぇよ。兄妹で喧嘩なんざ珍しいことでもねぇだろ。それよりもだ。気づいてるか? 都に入ってからの視線に」


「ああ、そりゃあこれだけあからさまじゃ、気づかん方がどうかしてるだろ」


 永久の指摘に、どこか呆れたように首肯する。入京してからというもの複数の視線を感じていた。


「恐らく朝廷の手の者……と考えて間違いはないだろうが。こうも四六時中追い回されては、うっとうしいにもほどがあるな」


 少しいらだちを込めて吐き捨てる甥に対し、叔母は飄々と肩をすくめる。


「いちいち気にしたところでどうしようもねぇさ。この程度のことはそもそも想定済みだろ?」


「だが、この様ではいつになったら萩原邸に赴けるのやら、だ」


 そうこの監視網こそが、いまだ樰永たちが萩原邸にたどり着けない要因のひとつでもあった。


 是叡(これあき)に自分たちと萩原家の関与を疑われれば、ここぞとばかりに根も葉もない難癖をつけてくるのは火を見るより明らかだからだ。


 それではそれこそ義正たち大樹家すら、芋づる式に巻き込むことになるだろう。そうなれば父のいうように公家どもの思う壺だ。


「わかってはいるが歯痒いものだな。都に入れても身動きすら儘ならんとは……!」


「まったくもって同感だが、急くなよ。連中の尻尾を掴みにきてて、こっちの尻尾を掴まれちまったら目も当てられねぇぞ」


 叔母の諫言に、樰永は焦燥(しょうそう)を燻ぶらせながらも首肯する以外の術を持たなかった。


 元より、そんなことは言われずとも承知の上だったし。自分としても浅慮な行動で無用な火種をばら撒くつもりはないのだから。

 

 しかし、そう思い定めていた樰永に早くも試練が訪れた。

 


「なんですか。あなた方、どういうつもり?」


 不意打ちで剣呑な棘を含んだ愛妹の声が鳴る。


「朧!?」


 ほぼ条件反射で振り返る樰永。


 扶桑で艱難辛苦はまだはじまったばかり……。

恋敵登場の回でした! 次回より事態はさらに動き出します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやぁ、これは仕方ないでしょう(´・ω・) ずーっと両片想いで悶々としてた二人が、ようやく両想いになれたんだから、ちょっとくらい浮かれちゃっても仕方ない! でも、カタブツ啓益のお小言も仕…
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