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第参章 鬼神相愛 八 いざ都へ

「来る……」


 アイアコスが鋭く確信を込めた声音で言う。それにシャリネも追随する。


「はい。来ますね、こちらに……!」


 そういう二人の双眸は、十字架(クルス)の刻印が発光している。


「お師匠さま? シャリネさん?」


 二人の異様な様子に、ユリアは耳をピコピコさせて首を傾げる。


「来るって、まさか……!?」


 レイヴンがその意味を察して冷や汗を流す。その続きをリュカが引き継ぐ。


「アフリマンが、この扶桑京(ふそうきょう)に、ということですか?」


「ああ、どういう道理かは知らぬが、真っ直ぐにこちらへと向かって来る……!」


「何はともあれ倭蜃(わしん)国中を駆けずり回る手間が省けましたな」


 リュカの言葉に、アイアコスも大きくうなずく。


「ああ。図らずもあちらの方から出向いてくれるとは話が早い。この都で何としてでもアフリマンを取り押さえる」


 その声は平淡ながら、氷よりも冷たい鋭さと焔よりも苛烈な決意が顕現していた。

 







 同時刻……天畿(てんき)十一か国が一国にして扶桑への窓口、蓮杖国(れんじょうのくに)にて。

 


「っ……!?」


 樰永(ゆきなが)もまた馬を走らせる中で双眸に痛みのようなものが走り、馬脚を止めていた。


「兄様? どうかなさったのですか」


 (おぼろ)が心配そうに声をかけ、永久(とわ)啓益(よします)も樰永の姿に怪訝な顔になる。


 一方、樰永は痛みに耐えるかのように目元をおさえている。


「若君、いかがなされましたか? どこか体調に異変でも……っ! 若君っ、それは……っ!?」


 啓益は、主のおさえていた目元を見た途端に、戦慄と驚愕の声を上げた。


 何故なら、その瞳には十字の印が発現していた上に眩いばかりの光を発していたからだ。


「樰永っ、おまえ、その眼は……!?」


 これには、さすがの永久もいつもの飄々とした余裕は消え失せ、憂いに満ちた面持ちで甥を見る。


 しかし一番に戸惑っているのは、他でもない樰永自身だった。


「……わからん。突然のことで俺も驚いている……。ただわかったこともある」


「わかったこと?」


 朧がオウム返しに訊ねる。


「ああ……。扶桑に強大な力の気配を三つほど感じる……!!」


 強い確信を込めた言葉に、啓益は緊張を帯びた声で問い質す。


「強大な力……? それはいったい――」


 その答えを述べたのは、先程からいつになく沈黙していた商人だ。


「おそらく樰永殿(サー・ユキナガ)のそれは、神座王(アマデウス)同士の共鳴でしょう。私も故国で同様の現象をいくつか存じておりますれば」


「なっ!? それでは扶桑に若君と同じく刻鎧神威(グレイル)に選ばれた猛者が三人もいるというのか!?」


 啓益が戦慄の声を上げるのをカルドゥーレは静かにうなずく。


「まず間違いないでしょうな」


「まさか、既に芦藏(あしくら)嵩斎(たかとき)も扶桑京にいるというのか」


 啓益の懸念に異論を挟んだのは永久だ。


「いや、そうともかぎらん。神座王は何も樰永と芦藏の坊やだけじゃねぇ……。そもそも以前にも言ったが、あの坊やが表舞台に出てくるのは、よっぽどのことでもなければ、ありえんだろう」


「"力"とは"力"に引き寄せられるもの……。悪神の力に魅かれる者は、芦藏殿ばかりではないでしょう」


 だが、二人の言葉に啓益はなかなか首を縦には振らなかった。


「しかし万一の可能性もあるでござろう。ましてや今回の一件に嵩斎自身が関与している可能性とて」


「それならなおのこと、直接乗り込むなど危険が高すぎるだろう。下手をすれば無用な疑いを持たれかねんだろうからな」


 樰永の言葉に、それも道理だと納得した故か啓益も口を噤んだ。


 しかし、朧は憂いに満ちた面持ちで一つの事実を口にする。


「けれど何れにしても、扶桑に、アフリマンの力を得た兄様と同格かそれ以上の力を持つ者が三人もいることは確かなのですね……」


 その言葉に、皆は何れも重い面持ちで沈黙する。


「何を恐れることがありますかっ!!」


 そこへアフリマンが実体化して大喝を放った。


「たとえ、敵が神座王(アマデウス)三人であろうとも、わたしとユキナガの前では何の瑕瑾になりましょう! 正面から叩き潰すのみなのです!!」


 はじめに、その啖呵に応えたのは主であり相棒でもある樰永だった。


「そうだな。その通りだ。よく言ったアフリマン。それでこそ悪業大災を背負う魔神だ。敵が何者でどれだけいようが関係はない。俺たちがやるべきことは一切変わらない。公家(クソったれ)どもから権力を取り上げる。いかなる障害が立ちはだかろうとも、それだけは疾うに決めていることだ」


「はっ!」


 啓益は、崇拝と心服がまじった声で応ずる。


「言うようになったじゃねぇか、ガキが」


 永久は得意気にニヤリと笑む。


 朧は兄の握り締めた拳を両手で抱き締めて、芯の強い声で言った。


「私も、微力ながら御力にならせてください」


「朧……。ああ、頼む」


 兄妹の様子を、啓益はどこか忌々しさに満ちた鋭い視線で射貫いていた。すると、すかさず永久がお茶らけた声音で言った。


「いちいち妬くなよ。今更、二人の間に入ろうったって無理な相談だぜ」


「……何のことでござるか? そもそも誰が妬いていると?」


「相も変わらず、かわい気がねぇな」


「結構でござる……!」


 啓益は、ソッポを向いて酒乱の嫌味を一蹴した。


「どうあれ皆様の士気は上々のようですな。血気盛んで何よりにございます」


 カルドゥーレは、慇懃な声で讃える。


「怖気づくとでも思ったか?」


 樰永も意地が悪い笑みを浮かべて言うのに対し、商人は頭を大きく振った。


「いいえ。微塵たりとも。そもそもその程度で臆すような器であれば、悪食の神がお気に召すはずもありますまい」


「当然なのです。ユキナガは、このわたしが幾星霜の年月をかけて見出した唯ひとりの王なのですから!」


 "えへん"と鼻を鳴らして腰に手を当てて得意がる悪神に、樰永と朧は呆れまじりの苦笑を漏らす。


 しかし、カルドゥーレはいつにない優し気な面持ちで首肯した。


「ええ。御身はまことに善き王を選ばれましたな」


「はい。それほどでもあるのです」


 平然と自画自賛する悪神に、樰永は「おいおい……」と引きつった顔で突っ込み、朧は憤然とした顔を作った。


「今は左様な論議をしている場合ではござらん。一刻も早く扶桑に入京すべし」


 啓益が鋭い舌鋒で喝を入れる。それに、樰永も貌を引き締め直す。


「そうだな。確かに今は時が惜しい。いざ行くぞ!!」


『おう!』


 その掛け声に皆が応じると、いっせいに馬たちが韋駄天のごとく駆けだした。

 

 

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