九死一生
「ガチャ」
音がしたのは部屋の入り口のあたり。
誰かが来たのは感じたものの、
力が入らずに見ることはできなかった。
「なんだ、ガキ」
撃った男の声だ。
来訪者は知り合いではないようだ。
「すいませんが、先生を引き取りに来ました」
聞き覚えのある声が聞こえた。
誰だったかもやのかかった頭の中の記憶を辿る。
「悪いが子供相手でも手加減しねえぞ」
男がそう言い放った後、一呼吸おいてガシャンと
部屋の奥で大きな音が響いた。
「ううっ」
うめき声は男のもののように聞こえた。
「お前は何者だ、ヤツを吹っ飛ばすなんて
まともな芸当じゃない」
もう一人の男が怯えの混じった声を出す。
「先生、もう少し我慢してくださいね。
すぐに片付けるので」
その声は御崎のものだった。
だが、彼はなんと言ったのか。
すぐに片付けると言った。
「あなた達は、悪い人達です。
クラスメートも傷つけたし、先生まで
傷つけた。僕はすごく怒っています。
まずは体の大きなあなた」
先ほど吹っ飛ばしたという男のほうへ
歩いていく音が聞こえる。
「あなたはこれまで多くの人を傷つけてきたし
人も殺している」
近づいてくる御崎に男は明らかに
恐怖を感じているようだった。
「な、なんだお前は、く、来るな
何で体が動かない、くそっ来るな」
「あなたは今後、乱暴を働けないようにします」
「ふざけるな、てめぇ、ぶっ殺すぞ。
その手を早くどけろっ」
男のドスの効いた声が響く。
「なんだこいつ、あぁ、助けてくれ
なんか変だ、助けて、ああ助け・・」
不意に男の声が途絶えた。
「なんだ、お前、殺したのか」
もう一人の男が御崎に声をかける。
「いいえ、気絶しただけです。
ただ、起きても以前の彼とは違っているでしょう」
今度はもう一人の男のほうに歩き出す。
「この、化け物め」
男の手には銃が握られている。
「御崎、危ない」
絞るように声を上げたが
実際には聞き取れないほどの声量。
御崎は意に介さないかのように
そのまま歩みを止めない。
パンッ、パンッ
二発の銃声が響く。
歩く音に変化はない。
だが御崎には当たっていないようだった。
続けて三発、四発と銃声が鳴るが
やはり御崎は歩き続ける。
「なぜだ、なぜ当たらない」
そう言葉を発しながらも五発、六発と
引き金を引き続ける。
そのうち撃ちつくした銃からは
引き金を引く音だけが空しく響いていた。
「あなたはさっきの人以上に悪い人だ。
あなたにはこれまで傷つけた人達の
痛みを少しでも感じながら過ごしてもらいます」
「くそっ」
近づく御崎に悪態をつき、手に持った銃を投げ捨てる。
そして歩いてくる御崎を避けるように
こっちへ回りこんでドアに向かって走り出した。
「帰しませんよ」
走っていた男は、そのままの勢いで急に足が止まり、
前進を支えるものがないまま、体から床に
突っ込む形になった。
とっさに手が出て床とのキスは避けられたようだが
立ち上がる気配がない。
「お前、何をした。足が、足の感覚がない」
怒りを含んだ声が御崎に向かって発せられる。
御崎は特に歩くペースを変えることもなく
徐々に男に迫っている。
「腰から下の感覚がなくなっていると思います。
これで、捕まっていた人たちの身動きとれない
状態を感じることができるはずです。そしてもうひとつ、
光をなくすことで、暗闇で捕らえられていた恐怖も
感じられるようになると思いますよ」
床に倒れた男に変化があった。
「今度はなんだ、完全に真っ暗だ、見えない、
何も見えない、俺に何をした」
男は叫ぶが、御崎は気にすることもなく
こちらに近づいてくる。
もう目は霞み、息をするのも辛くなっている。
「先生、もう大丈夫ですよ。帰りましょう」
御崎の手が肩に触れる。
すると触れたところから暖かいものが流れ込み
今までの痛みや苦しさがすっと引いていくのが分かった。
と同時に抗いがたい強烈な眠気が襲ってきた。
「疲れているんだから、ゆっくり休んでください」
御崎の声がだいぶ遠くから聞こえる。
恐ろしく重い瞼を上げて御崎のいる場所を見る。
なんだろう。
御崎がぼんやりと光って見える。
御崎一人じゃない。
御崎の後ろに何にか見える。
人影が4つ、いや5つだろうか。
それが御崎の後ろに見えた。
不思議と恐怖は感じず、むしろ安心感すらある。
もしかすると御崎が話しをしていた見えない相手は
これなんじゃなかったか。
そんなことを考えながら周囲が暗くなっていく感覚と共に
ふっと意識が途切れた。