第3話 豚の情報収集と運動
今回は主人公の日常と修行シーン(?)を書いてみました。
「…いい天気だ」
悪原 征男の朝は早い、4時に起床し
「ハァ…ハァ…ハァ」
軽いランニングと腕立て伏せ・上体起こし・スクワッド等の基本的なトレーニングをこなし、家に戻ると自家製スムージーを飲み
「フゥー♪気持ちぃ~」
シャワーで汗を流し
「今日はパンとベーコンエッグにしようかな」
両親が起きてくるまでに朝食を作る。
「おはよう、ゆきおちゃん」
「おはよう、征男」
「おはよう、父さん、母さん」
両親がキッチンに来ると挨拶をする。
これが悪原 征男の朝の日課である。
転生してから1週間経った。転生初日にこの体の脆弱さを痛感した俺は、この体を鍛えることを決意した。朝は先ほどの運動を毎日行っている。本当ならもっと激しい外人部隊時代の訓練メニューで体を鍛えたかったのだが、成長途上のこの体にあの訓練メニューは成長に悪影響なので泣く泣く断念し体に見合ったトレーニングで我慢した。
朝食もコンサートが近い母が調理で手を怪我してはいけないと文子さんが母にキッチンに立つことを禁止したので俺が転生2日目から代わりに作ったのだ(生前は独り暮らしだったので料理には自信があった)。土日の学校休みも昼食は俺が作っている。え?晩飯はどうしてるって?母さんが作ってるよ…。『ユキオちゃんにばっかりやらせるわけにはいかないわ!』って意地を張って晩飯だけは母さんが作るということになったのだ。まあ母さんのうまい料理が食えるのだから俺的にはありがたいが……
「まさか、征男が料理出来るとは思わなかったよ」
「父さん達が居ない間に少し練習したんだ」
「ユキオちゃんたらこんなに料理出来るなんて…母さん嬉しいわ」
二人の笑顔を見ると作った甲斐があったと自分も自然と笑顔になる。この1週間この二人と生活して解ったことは彼等が心底、俺いやオリジナルを愛していることだった。生前親の愛情を受けずに育った俺からしたら彼等の愛情はとても眩しいものだった。この1週間二人と生活していくにつれ俺は二人に心を許すようになりいつしか心の中でも彼等を父さん母さんと呼ぶようになった。
もちろん俺が彼等の最愛の息子である征男の体を故意ではないといえ乗っ取ったという罪悪感はある。しかしそんなことを言ったって彼等に最愛の息子を返す術を俺は知らない……ならば彼等の望むような息子を演じることが俺が出来るせめてもの罪滅ぼしなのだ。まあ、俺の出来る範囲でだけどな。
ピンポーン
とインターフォンがなる。
「お、理貴君達が来たのかな?」
「僕が出るよ、母さんお茶の準備お願い」
「解ったわ」
「おはようございます。征男君」
「おはよう征男君」
「おはようございます。ゆきおさま」
俺が玄関に行くと其処に居たのは待田親子だった。
「おはようございます。理貴さん、文子さん、理子ちゃん、皆さんの朝食も用意してますので、どうぞ中に」
「毎回申し訳ないね。征男君、頂くよ」
「征男君が私達の分まで朝食を作ってくれるお陰で朝ごはんの準備しなくて助かるわ」
「3人分くらい作る量が増えたうちに入りませんので、お構い無く」
この1週間待田夫妻はうちの両親と仕事の打ち合わせのために朝から理子を連れて来ていた。毎朝朝食を食べてから我が家に来るのは大変だと思った俺は3人にも我が家で朝食を食べるのを進めたのだ。最初遠慮していた夫妻だったが雇い主たる両親の進めと合理的で合ったためにこの1週間毎日我が家で朝食を食べている。
「ゆきおさまの料理はおいしくて料理の勉強の参考になります!」
「それはよかったよ理子ちゃん」
そうそう、この1週間で変わったことと言えば理子ちゃんが俺に怯えなくなったな。最初の2〜3日は相変わらずだったのだが、オリジナルとは違う俺の柔らかい態度が功を奏したようで、今では彼女の趣味である料理の相談を受けるほど親密になっている。
ちなみに彼女が俺を様付けで読んでも待田夫妻や両親が何も言わないのは、ご主人様とメイドさんごっこをしていると思い込んでいるからだった。(『若い頃を思い出すね征乃さん』『あらやだマサオさんたら……子供達の前で』なんて話してた両親のことは忘れよう)
待田親子がキッチンに行き両親に挨拶をしている間に俺は3人分の朝食を出しておいた。
「それにしても征男君がこんなに料理が出来るなんて驚いたよ」
「ここまで出来るなんて…おばさん自信無くすわ」
理貴さんと文子さんがべた褒めするので気恥ずかしい、両親は俺が褒められるのが嬉しいのか笑っていた。
「でもこの食事ともしばらくお別れするのは残念ね……って征乃!?あんた落ち込み過ぎ!」
「文子が余計なことを言うからうちの社長まで……」
文子さんの何気ない一言でさっきの笑顔が嘘のように暗くなる両親、そう今日から両親は仕事で日本を離れるのだ。
「征男…いつもすまないな」
「気にしてないから謝らないで父さん」
「リコちゃん、ユキオちゃんのことお願いね」
「おまかせくださいおばさま。ゆきおさまはわたしが守ります」
理子よ、俺は一体誰から命を狙われていると言うのだ?
待田親子が来て余計に騒がしくなったが楽しい朝食の時間を過ごした。
「じゃあな、征男何かあったら連絡するんだぞ」
「うん、解った。父さんも気を着けてね」
俺達は今仕事で海外に行く両親と待田夫妻の見送りのために家の前にいた。
「ゆユキオちゃん……やっぱり母さん仕事キャンセル――」
「ダメだよ母さん」
「駄目よ征乃」
まさかの母さんのドタキャン宣言に思わず文子さんとハモってしまった。母さん…社会人としてドタキャンはどうなのよ?
「理子、もし困ったことがあったら征男君に相談しなさい。最近の彼はしっかりしてて面倒見も良いから悪いようにはしない筈だよ」
「うん、パパ解った」
一方、待田親子も別れの挨拶をしていた。
「そうよ、なんだったら征男君に抱き着いちゃって甘えちゃいなさい!って痛ぁあ!」
べしっ
「お前は、自分の娘に何を教えてるんだ」
「も、もうママったら……」
最近待田家で解ったことなのだが、文子さんはキャリアウーマンのような見た目に反してかなりアグレッシブで、理貴さんは優男な見た目に反して冷徹にツッコミを入れるような人だ。たまになぜ二人から理子のようなおとなしい娘が生まれたか謎である。
「さて、社長そろそろ時間です」
「もうか……征男、そろそろ父さん達は行くよ」
出発の時間を理貴さんに告げられ悲しそうな表情の父さん。
「ちゃんとごはんを食べるのよ」
母さんなんかもう泣きそうである。
「征男君、娘を頼んだよ」
「理子は人見知りが激しいから征男君に迷惑かけるかも知れないけどお願いね」
理貴さんと文子さんから頭を下げられる。彼等も俺や娘の理子と離れるのは辛いようだ。まあ、俺も辛くないと言ったら嘘になる。情けない話、精神年齢37の癖に親と離れて寂しがるとは、どうやら肉体に精神が引っ張られてるのかもしれない。だが、これが永遠の別れという訳ではない。ならばここは、明るく送り出すだけだ。
「「行ってらっしゃい!」」
俺と理子がハモって送り出し
「「「「行ってきます!」」」」
両親達がハモって返した。
こうして悪原夫妻と待田夫妻は日本を離れた。
「行ったね……」
「行っちゃいましたね……」
両親が出発して俺と理子は二人きりになった。これからしばらく俺と理子は独り暮らしを始めるのだが、親がいなくてやりたい放題のオリジナルや前世で独り暮らしに慣れた俺はともかく理子は親がいない間どうするのだろうか?恥ずかしい話、この1週間この世界に慣れることに精一杯で理子のことを失念していた。
「父さん達も行ったことだし、僕達も学校に行こうか!」
「はい!ゆきおさま!!」
まあ、今すぐ聞く内容でもないし問題ないだろう。それより今は学校だ。親を見送った為に普段より少し遅れてる先を急ごう。
俺と理子は学校へ向かったのだった。
「やぁ、おはよう恋ちゃん」
「おはようございます。東堂さん」
「ゲッ!ブタオじゃない朝から最悪な奴に出会うなんてツイてないわね」
恋に朝の挨拶をしたらいきなり毒を吐かれた。まあ、この1週間で慣れたもんだけどね。
「理子、確認だけどこいつに何かされてないでしょうね?」
「何か…ですか?そうですね、ゆきおさまには最近お世話になりっぱなしでこちらが何かしたいくらいです」
なんか話が噛み合っていないような気がするが気のせいだろうか?
「……その様子じゃ問題ないわね。ブタオ!毎回言うけど理子になんかあったら承知しないからね!!」
「はいはい」
「軽く流すなぁあ!」
この1週間の間に俺は、俺に関係する近場の人物について自分の出来る範囲で調べた。原作をプレイしているから必要ないと思うかもしれないが原作でそこまで語られないキャラは沢山いるし俺というイレギュラーがいる以上知っているキャラも原作と変化している可能性があったからだ。
もちろん東堂 恋も例外ではなく、この1週間で彼女について改めて解ったことがある。彼女、俺もといオリジナルに対する当たりが強くオリジナルを嫌っているように見えるが彼女なりにオリジナルを気遣っているところがある。例えば俺が苛められている場面に立ち会ったなら、うるさい・気が散る・そんなクズにちょっかい出す暇があれば他のことしたら?等と言って庇ってくれたことがあったし、臭いから近づくなと言いながら消臭スプレーを渡して来たときもあったし、ブタオブタオとあだ名で呼びながら運動して痩せるように促してくるしと、彼女は基本俺を罵倒しながら公正させようとしている節がある。
不器用な彼女なりに幼馴染のことを気遣っていたようだが、残念ながらオリジナルにその思いは届くことはなかったがな。
「まあ、そんなことより理子ちゃん、恋ちゃん、いつもより少し遅れてるからちょっと急ごうか?」
「はい!ゆきおさま」
「ちょっと話はまだ終わっt――待ちなさいよ!」
その後、学校には余裕で間に合った。
「間に合ってよかったね理子ちゃん」
「そうですね」
「そりゃあんだけ走れば間に合うわよ、それよりあんた体鍛えた?前までだったらへばってたでしょうに……」
別に隠す必要はなかったのだがやはり気付く奴は気付くか……
「この1週間少し体の脂肪を減らそうと思ってね。少し運動をしてるんだ」
「ふ〜ん、最近臭くなくなったと思ったらそんなことしてたのね」
「まあね」
体臭が臭くなくなったのは毎日風呂に入る習慣を付けたこととジャンクフードばかりの食生活を見直したことが原因なのだがわざわざ指摘する必要もないので受け流した。
「あ、れんちゃん、ゆきおくん、りこちゃんおはよー!今日は遅かったね?何かあったの?」
教室に入るなり愛が声をかけてきた。相変わらず彼女の笑顔は癒しだ。
「おはよ愛、遅れた理由はブt――じゃなかった。ユキオに聞きなさい」
「おはよう愛ちゃん、まあいろいろあってね」
「おはようございます。西寺さん」
愛は良い意味で原作通りだった。誰に対しても平等に接する心優しい少女、しかし原作だとその優しい性格のせいで自分に好意を寄せていると勘違いした勘違い野郎ことオリジナルの毒牙に掛かるのだから笑えない。まあ、俺がオリジナルに取って替わった以上そんなことにはならないのだがな。
それにしても…美少女に囲まれて会話するなんて夢のようだ(精神年齢=彼女いない歴)
「よぉ、愛、恋、理子、それに征男」
「あ、ふくおくんおはよー!」
「あら服男じゃない、ブタオはともかくあんたが遅刻なんて珍しいわね」
「おはようございます。善野君」
服男がやってくると3人の美少女は服男に向き直り楽しそうに話始める教室にいる女子も学年一のイケメン服男と楽しそうに会話が出来る3人を羨ましそうに見ていた。(ケッ!これだからイケメンは)
「まあ、俺も征男みたいにいろいろあってな…それよりそろそろ先生来るから席着いたほうがいいぞ」
服男に指摘され席に着く俺達、オリジナルは服男のことを無自覚な偽善者と呼んでいた。実際原作でも苛められているオリジナルのことに心を痛めている癖に学校の先生や親に相談することなくオリジナルに「苛めに負けるな頑張れ」と応援しかしなかったので、俺も原作をプレイしてコイツ苛められてる幼馴染を見て心を痛める俺カッコいいなんて自惚れてるんじゃねーか?と疑った程だ。(だからと言ってオリジナルのやらかした所業が許される訳ではないが)
席に座り教室を見渡せば俺を蔑む視線があちこちから向けられる。特に俺をよく苛めるガキ大将、チビ、メガネからの視線は増悪すら感じる先週の件をまだ根に持っているようだ。
ガキ大将、チビ、メガネの名前も調べた。
ガキ大将は『佐藤 毅』原作でもオリジナルを苛めるいじめっこAとして登場しているようだ。(名無しキャラワロスw)前にも説明したが小学生とは思えない恵まれた体格で、それを生かしてガキ大将としてこの学校に君臨している。
チビ、『鈴木 威太郎』ガキ大将佐藤の腰巾着、本人はケンカをしたこともないオリジナルと同じくらいの貧弱ボディ(ただし、太ってはいない)の持ち主だが佐藤の腰巾着故に誰も逆らえないでいる。佐藤同様原作でいじめっこBとして登場しているようだ。
メガネ、『高橋 優太』見た目の通り優等生なのだが性格が悪く勉強のストレスを苛めで発散するという意地の悪い男だ。形式的には
佐藤の配下になってはいるが頭の悪い佐藤を高橋が裏で操ってるのが実情だ。もちろんこいつもいじめっこCとして登場する。
この1週間あの3人組の嫌がらせを受けて正直うんざりしているのだが、彼等に仕返しをする気はしばらくはない、原作前に原作に登場するキャラ(名無しだが)にちょっかい出してどのようなバタフライエフェクト起きるかわからないからだ。
もちろん泣き寝入りするほど俺はチキンではない、原作開始とともにお礼参りするつもりだ。いや〜原作開始が楽しみだな〜
「……ブタオ、あんた何ニヤついてんのよ?キモいわよ」
「orz……」
苛めよりも恋の今の発言の方がダメージがあった悪原 征男だった。
学校の授業もこの1週間で慣れた。社会と体育の授業以外は基本真面目に受けているフリをしている。
だが逆に社会と体育は真面目に受けている。前者はこの世界の常識を学ぶため後者は貧弱な体を鍛えるためにである。ちなみに今は三時間目の体育がやっと終わったところだ。
「ハァ…ハァ…ハァ…やっぱり…まだ…キツいな」
俺は運動場で大の字で寝っころがりながら荒い息をしていた。鍛えてると言っても始めて1週間しかたっていないのでまだまだ体が脆弱であることに変わりはなかった。
「ブタオ、前よりはマシになったけどまだまだね」
寝っころがる俺の横に体操着姿の恋がやって来た。将来の陸上部のエースだけはあり全く疲れて無さそうだった。当面の目標は彼女を超えることだな。
「さ、流石に1週間じゃ……こんなもんだよ」
「まあ、確かにそうね……なんならあたしが放課後あんたを鍛え直してあげようかしら?」
「え?」
ちょっと待って、今彼女はなんて言った?
「まあ、今まで誘っても返事をはぐらかしたりしてたあんたのことだからあまり期待しないk――「是非お願いします!」え……?」
正直、恋の誘いは有り難かった。俺の知るトレーニングメニューは体が出来上がっている成人した大人向けのもので未熟な成長途上の子供のトレーニング方法は知らないのだ。
だがこの頃から優れた運動神経を誇る恋なら効率の良いトレーニングを知っている筈だ。なら頭を下げてでも教えを乞うのみ。
「恋ちゃんが教えてくれるのならこっちからお願いするよ」
「え、えぇ!あたしに任せればあんたの肥満ボディもムキムキしてあげるんだからね!」
まさか、俺がトレーニングに乗り気とは思わなかったようで最初面食らってた恋だったがいつものように腕を組んだ仁王立ちになり得意気に笑ってみせた。(可愛い)
「あんたが乗り気なら早速今日の放課後からビシバシ鍛えるからね!覚悟しなさいっ!」
「ハハハ、お手柔らかに頼むよ……」
グフフ、体は鍛えられるし、原作ヒロインの一人と必然的に二人きりになるドイツ一石二鳥の策なのだ!
「ブタオ、あんたまたニヤついてるわよ。キモいからやめてよね」
「orz……」
ポーカーフェイスの練習をしようと誓ったのは言うまでもない。
そして時間は飛んで放課後。
「ハァ…ハァ…」
運動場にはまた体操着姿の一匹の豚が転がっていた、そう俺だ。
「今日はここまでにしてあげる。明日はもっとガンガンいくから覚悟しなさい!」
「あ、ありがとう……ございます」
恋のトレーニングはこの体にはかなりハードだったが、成長した実感の持てるものだった。
「それにしてもあんたなんで急に体鍛えようなんて思ったワケ?いつもあたしが誘ってもはぐらかして断ってばかりだったじゃない」
やはり聞いてきたかなんて言おう。
「ちょっとやりたいことがあってね」
「そのやりたいことって何よ?」
「ごめん、今は言えないんだ」
恋に嘘は言いたくないけど本当のことも言えない。
「ふ〜ん、わざわざ鍛えてあげてるこのあたしにも言えないってこと?」
「……ごめん」
うっ、恋の疑う目が辛い
「まあ、良いわあんたが何しようとあたしには関係ないし、けどこれであんたからの貸しはチャラなんだからね!」
貸し?ああ、先週の算数の答えか、別に貸し作った覚えはないんだがな…。
「ありがとう、ところで僕このまま帰るつもりだけど暗くなって来たしもしよかったら送ろうか?」
時刻は5時過ぎ日は沈みかけ夜になるのも時間の問題だった。
いや別に下心は無いよ純粋に心配だから声をかけただけで送り狼になるつもりじゃないからね。(黒狼だけに送り狼って喧しいわ)
「へぇー、ブタオの癖に気が利くじゃないでも大丈夫よ。そろそろサッカーの練習終わった服男が来るから一緒に帰るわ」
恋は久しぶりに二人きりで帰れると小声で呟きながら嬉しそうにしていた。(ちなみに服男はサッカーチームに所属しており今の時期は試合が近いからと学校の運動場で練習している。)
「あっ、そうなの……」
なんでぇい、先約があったのか……え?ちょっと待てよ俺って服男のサッカーの練習が終わるまでの時間潰しに利用されただけじゃね?そんなー
「じゃあ、あたしは服男と一緒に帰るからあんた帰り道には気をつけてなさいよ」
「うん…解った。じゃあね…」
何とも言えない複雑な気持ちのまま俺は恋と別れた。
「あ〜こりゃ明日筋肉痛だな」
俺は教室に戻り体操着から着替えていた。
「原作開始まで後6年それまでに前世の全盛期並みの肉体にしないと……」
俺がここまで鍛えるのには訳がある。たしかに原作ブレイクをするだけならオリジナルの元に送られた謎の催眠ガラケーを使わなければ良いだけの話なのだが世の中そう甘くない。
『悪夢の学園』は基本ハーレムルート、個別ルート、バットエンドルートの3つに別れている。個別ルートは成功ルートと失敗ルートに細かく別れるのだが今回は割愛する。
ハーレムルートは全てのヒロインがオリジナルの肉奴隷になるルート、このルートに入るのはかなり手間が掛かるのだがこれも割愛する。
個別ルートはプレイヤーが指定したひとりのヒロインを重点的に調教、肉奴隷にしていくルートだ。このルート他のエロゲなら指定したヒロインしかエロシーンしかないのだが、『悪夢の学園』は例外で指定したヒロインがオリジナルに調教されてる間に他の指定されていないヒロインが男性モブキャラに犯されるという笑えないことになっている。ヒロインを犯すモブキャラはヒロインごとに変わり、不良学生、浮浪者、ストーカー、淫行教師と多岐に渡る前世でそのシーンを見て思わず『嘘…だろ』と呟く程驚いたくらいだ。
バットエンドルートはオリジナルことプレイヤーが誰にも催眠ガラケーを使うことなく過ごすルートだ。これだけ聞くと一番平和なルートだと思うかもしれないがもちろんそんな訳ない、先ほどのモブ男にヒロイン全員犯されるという主人公よりヒロインがバットエンドなルートになっている。これを前世で見たときは『救いは無いんですか!?』と叫んだくらいだ。
ヒロイン達にはかなり救いの無い世界だが問題はこれだけではない。この『悪夢の学園』というゲーム、続編があるのだ。『悪夢の学園2』と『悪夢の学園3』である、もちろん世界観は一緒だ。
2は主人公がオリジナルこと悪原 征男ではなく別の男でコイツも良い感じにクズで何故かコイツのところにもあの催眠ガラケーが届くのだ。コイツもオリジナルと同じく催眠ガラケーでヒロイン達を肉奴隷にしていく。しかも時間軸は前作の1年後なのでオリジナルやオリジナルに調教されたヒロイン達もいる。ルートによっては前作ヒロインがNTRされるので笑えない。
3はまた悪原 征男が主人公で高校を卒業した主人公が大学で新たに登場するヒロイン達を催眠ガラケーで調教していく物語だ。
ルートは前々作と同じハーレム、個別、バットに別れるのだが個別とバットは前々作と似たような内容で問題はないのだが(問題大有りだろ!ってツッコミは無しだ)問題はハーレムルートで、このルートで主人公は最期催眠ガラケーの開発者に殺されてしまうのである。殺される理由は割愛するが公式ガイドブックによるとこのルートが正史のためオリジナルが死ぬのは確実と言っても過言ではない。
18で死ぬって……前世よりも短命やんけ……そもそも催眠ガラケーなんて前世でも作られなかった超科学の結晶を一高校生に送るような開発者(もしくは組織?)だヤバい奴(奴等?)に決まっている。そんなヤバい奴(奴等)が存在する世界で呑気に生活する程俺は胆は据わっていない。俺はそいつらから身を守る為にも体を鍛えるのだ。
「出来れば武器もほしいんだけどな……日本じゃ難しいな」
着替え終わった俺は下駄箱で靴を履き替えながら考え事をしていた。
ひとつの組織を相手するのだ体を鍛えるだけではダメだ。武器も必要である。そう、前世の頃から使い慣れた銃が欲しいのだが…前世ならともかくこの世界では入手出来るルートもコネも知らない俺には銃の入手は最大の難問だった。
「まあ、まだ6年猶予はあるんだ。そんな焦る必要もないか……それより今日の晩飯を考えないと」
晩飯を今まで作ってくれた母はいない今日からは俺が晩飯も、いや土日なら昼飯も作らなければならないのだ。
「カレーにするかな?」
ちなみに俺のカレーは市販のカレー粉ではなく、スパイスから作る本格カレーだ。すでに人参、玉ねぎ等の具材やターメリック、クミン等のスパイスは買い揃えて貰ってある。(親に甘えたら買って貰えた)久しぶりのカレーだ楽しみだな。
「よし!帰ったら早速調理開始って……え?理子ちゃん?」
校門から出るとそこには理子が校門前にポツンとひとりで立っていた。
「あ!ゆきおさま!一緒に帰りませんか?」
俺の呼びかけに気付いた理子が笑顔でそう言った。
「もしかして待っててくれてたの?僕今日は用事があるから先に帰ってて言ったよね?」
そうなのだ、俺は恋から放課後のトレーニングの約束を取り付けた段階で普段から一緒に帰るメンバーには先に帰るように言っておいたのだ。
もしかして言ったつもりになってちゃんと伝わらなかったのか?そうだとしたら理子を春とは言えまだ肌寒い外に数時間も待たせたことになる。女の子を数時間も待たせるとかとんでもない畜生じゃねぇか!
「す、すみません。ゆきおさま…そ、その一緒に帰りたかったので…だ、ダメですか?」
そう言うと彼女は不安そうに俺を見つめてきた。
「……」
え、何この保護欲掻き立てられる生き物は、今まで理子の狼に睨まれた羊のような怯えた表情は見たが今回のは親鳥が居なくなって不安になる小鳥のようだった。
「あ、あのゆきおさま?」
理子は返事をしない俺に対して更に不安そうに声をかける。
「え!あ、うん、一緒に帰るのは構わないよ」
こんなに待っててくれた娘を邪険に扱えるほど俺は人間辞めてないので了承する。
「あ、ありがとうございます!ゆきおさま!」
すると先ほどまでの表情が嘘のように眩しい笑顔を剥ける理子、可愛いんじゃ〜
「そろそろ暗くなるし、行こうか?」
「はい!ゆきおさま!」
理子と二人で帰り道を歩く……あれ?二人きりで帰るのって今日が始めてじゃね?(なお、女の子と二人きりで帰るのは前世含めて始めての模様)
「ところで理子ちゃんは今日から文子さんや理貴さんが居なくなるけど誰か親戚の家とかに泊めて貰うの?それとも親戚の人が誰かが泊まりに来るの?」
女の子こと二人きりという体験したことないシチュエーションに内心戸惑った俺は誤魔化しも兼ねて朝からの疑問を聞いてみた。え?さっき運動場で恋と二人きりだっただろって?トレーニングがハード過ぎてそれどころじゃなかったよ……。
「お家にはわたしひとりですよ」
理子は当たり前のようにそう言った―――え?ひとり?
「え?ひとりって……もしかして前から?」
「はい、パパやママが仕事でいない時はお家にはひとりでいますね」
「じゃあ、ご飯とかはどうしてるの?」
「料理が得意なんでわたしが作ってます」
嘘だろ、俺が独り暮らしはまだ男の子だからまだ解るのだがこの歳の女の子が独り暮らしって……
「寂しくないの?」
我ながらバカな質問をしたと思う寂しくて当然なのだ、でも俺は聞いてしまった。本人の口から直接答えを聞きたかったのだ。
「寂しくないと言ったら……嘘になります。でも、お仕事で忙しいパパやママを心配させたくありませんから」
「……」
彼女はそう言って笑っただが、彼女の笑みはどこか寂しそうだった。
「あ、ゆきおさまのお家に着きましたね」
「え?もう着いたの?」
いつの間にか俺の家に前に着いていた。考え事をしていて気が付かなかったようだ。
「それではゆきおさま。わたしのお家はもっと先ですので、失礼しますね」
理子はそういうとペコリと頭を下げた。あの寂しそうな笑顔で―――
「う、うん」
今考えれば俺と一緒に帰るために校門前に待っていたのは、少しでもひとりでいる時間を減らそうとした彼女なりの考えなのかもしれない。
「それではゆきおさま……また明日」
理子はそういうと寂しそうな笑顔のまま俺に背を向けて歩き出した。
―――これで良いのか?
――良い訳ないよなぁ?
「理子ちゃん!」
「ッ!?」
俺の大声に驚いたのか理子はビクッとした後、驚き顔で振り返った。
「ゆきお…さま?」
理子ちゃんがなかなか続きを言わない俺を心配したのか声をかける。
「理子ちゃん、今日僕の家に泊まらない?」
「えっ……?」
再度理子ちゃんの顔が驚き染まる。
「今日の夜ご飯カレーなんだけどひとりじゃ食べきれないから理子ちゃんにも食べて貰いたいんだ」
我ながら下手な誘い文句だと思う。でも仕方ないだろう?前世含めて女の子を泊まりに誘ったことないんだからさ。
「え…で、でもわたしが泊まったら迷惑なんじゃ……」
「部屋はいっぱいあるから問題ないよ」
「おじさまやおばさまにも迷惑が……」
「父さん達には後で連絡するから大丈夫!」
理子はあれこれと断る口実を並べているがその瞳には期待の色が見え隠れしていた。
「着替え…ありませんよ?」
「取りに一旦帰れば良い、なんなら僕も行くよ?」
「わたしが泊まったら迷惑になりませんか?」
「大丈夫だよ。むしろウェルカムだよ」
「……」
断る口実を無くした理子は黙りこみ顔を伏せた。
ここから先は本人の意思だ強制は出来ない。
「と……ても……すか……」
「……ん?」
理子が顔を伏せた状態で何かを呟いたが小声で聞き取れない。
「泊まって………ですか……」
「ごめん理子ちゃんもう一度言って」
ここまでくれば彼女が何を望むか大体わかっていたが意地悪な俺は本人から直接聞きたかった。
「泊まっても良いですか!!」
そう言いながらこちらに向けた瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「もちろんだよ!」
こうして女の子との人生初のお泊まりが実現した。
修行(笑)シーン……作者に知識がないのでカットしてしまった………。
次回は理子とのお泊まり回です。