12、訓練3
「はぁっ…はぁっ…」
息を荒くして祓の上体起こしを見終えた相馬は衆道地獄に落ちないように空気椅子を続行し続けていた。
「次、背筋。」
「うぉぉおぉぉっ!」
「相馬五月蠅い。」
ルカが目の前で今村を見ながら背筋をするということは隣にいる相馬にとってもこちらを向いているということになる。
―――うおーっ!ブラチラ!さいっこうにハイってやつだぜぇっ!―――
(…馬鹿みたい…)
祓は冷たい目を向けるが相馬は気付いていない。今村はしっかり気付いている。
―――テレパスコード…さて、大分不快な気分になってるだろうが…もう少し我慢してくれ。―――
それを聞いたのは祓だけじゃなく他の2人も同様のようだ。
―――…まぁ正直なのはいいと思いますけどね。いや…悪魔より煩悩が多いんじゃないかと…げに恐ろしきは人間と思い知りました。―――
―――悪魔も引くって相当だな…―――
―――あ、お師匠様。今回アレですか?ご褒美パターンですか!?―――
ルカの通信が聞こえると今村は苦笑いをする。
―――そうだが…お前は背筋に集中してろ。あと8秒―――
―――にゅうっ!―――
目の前でスピードを上げるルカを見て相馬のテンションも上がる。ついでに重りの重さも上がって行く。
―――ほんっと凄いな…『負荷隷帝』の効果はこいつにもかかってるのに…―――
そして今村が終了を告げる。すると相馬が重さの方に意識が向いた。
「せ…先生っ!今村大先生様!重いでございます!」
「そうか…じゃあ先に帰ってるか?あ、祓準備して。」
「そんな訳ないじゃないですか!まだまだ余裕っすよ!」
「…ところで…アレですね。胸の分祓さんは楽じゃないかと…」
月美の指摘に場が凍った。だが今村は飄々としたまま言ってのける。
「あぁ…まぁでも重り持ってると思えば条件的に変わんないんじゃない?」
「…なるほど。」
月美は俯せになって最初の時点で体が少し浮いているのを見て軽く舌打ちした。相馬は一応目を逸らしたりしているがもうそれならいっそじっと見ていた方がいいのではないかと思えるほど見ている。
(…それで肝心の先生はせっせと重りを増産してるし…)
祓は最初にルカが今村の方を向いて背筋を始めたので何となくそちらを向いてやる雰囲気になっているのを敏感に察知して背筋を開始した。
「うはっ…」
相馬の視線と間の抜けた声に顔を顰めるがそれも一瞬のこと。その後の光景を見て目を見開いた。
今村がどこからか取り出してきた体重計で相馬の重りを一気に引っこ抜き、乗せて重さを示した後、重りを足して相馬の上に乗っけたのだ。
(…250Kg…そんなになって…)
祓は背筋を続けながら相馬の様子を見る。血走った目がこちらを見ており、目が合った。すると彼は汗を滝のように流しつつ軽く微笑みまでして手を振って来たのだ。
祓は一種の恐怖を覚えた。
―――凄いな…―――
これには流石の今村も驚いたようだ。そして祓の背筋の時間が終わりに近付くにつれ今村はこっそり重りを減らしていく。そして重りの殆どを退かして祓の時間が終わった。
「ぐっはぁっ!も…もう無理っす!これ以上はもう無理です!」
「…だろうな。」
今村は衆道地獄への道を閉じた。相馬はそこにへたりこむ。
「…も…立てない…」
「…だろうな。…腹筋と背筋をやる予定だったが…相馬はもう帰ってるか?」
そこで相馬は少し考えてから今村に質問した。
「…あと、何が残ってるんですか?」
「腹筋と背筋…あぁあっちか。月美背筋よーい…始め。」
今村は月美に背筋を始めさせると相馬の方を見た。相馬は月美の方を見ていて今村のことを見ていない。だが気にせず今村は相馬に言った。
「射撃とラッシュ、軟体と動体視力だな。」
「ラッシュって何ですか?」
「1分で何回殴れるか。と何回蹴れるか。」
「…それは…うーん…揺れるだろうし…見たい…因みに俺の方の腹筋背筋はどんな感じですか?」
「そっちは教えれない。面白くなくなるから。」
そう言って今村は月美の背筋の記録を終えた。
「…じゃあとりあえず休憩がてら射撃やるか。はい弓。」
今村は弓を3人に渡そうとして祓の前で止まり、胸をじっと見た。祓は視線に気付いて顔を朱に染めた。今村は何とも言えない顔で「呪具招来」を使い呪具を呼んだ。
「…『ウェアーアップフレーム』」
そして呪具を通すと祓は袴姿に胸当てをつけた状態になり、思わず相馬が跳ねた。
「キタコレ!先生最高です!」
「うっせぇ。…弦に引っ掛かりそうだったからな…はい。」
今村は気不味そうに弓を渡した。そして親の仇のように祓の一点を睨むルカと面白くなさそうな顔をしている月美の視線も集めるべく手を打った。
「じゃ、空気の矢が装填されるから相馬に当ててみろ。」
「…へ?」
「「「わかりました。」」」
呆ける相馬に対して3人は矢をつがえて射掛け始めた。
「ちょっ!」
この世界から遠い世界。その中にある地球という星にはるか昔からほぼ変わらぬ形で存在し続け、忌み嫌われる流星の様な速さを持つ黒い害虫を髣髴させる動きで相馬は逃げ出した。その直後に相馬がいた場所に穴が空く。
「う…うわ…マジだ…」
「…結構いい線言ってるな。」
相馬が顔を青くしているのに対して今村は涼しい顔で紅茶のようなものを啜っている。因みに今日の毒は神経障害を起こし痺れる一品だ。
「っ…」
それを見て苛立つ祓。自身の気も知らずにそんな不安なことをするのが悲しくて仕方がないのだ。そして悲しみを含んだ一撃は相馬に命中した。
「ぎゃああああぁ…ってアレ?何ともない…」
「そりゃそうだろ。そんな危ない物をお前に対して訓練以外で使うわけないじゃないか。」
何事もないのに断末魔を上げて恥ずかしそうに笑う相馬。
「そうですよね。それ知ってて射掛けて来たんですか~いや…嫌われてるかと思って焦りましたよ~」
体の色んな場所に矢が命中しながら笑う相馬。因みに射掛けている3人には相馬がきちんと負傷しているように見えているのは内緒だ。
「そろそろいいか。」
今村が手をかざすと呪具は消え、3人は元気な相馬を見てビクッとした。
「ん?なんスかね…」
「まぁ気にすんな。…で、次、ラッシュか。」
今村は相馬の疑問を流して相馬そっくりの傀儡を準備した。
「…何で俺の形なんスか…?」
「何となく。さぁ遠慮なく1分殴れ。最初は誰だ?」
「お師匠様ぁっ!私から行きます!」
「よし、来い。」
1分でルカは89発殴り切った。そして相馬傀儡は一度ボロボロになる。
「うーん…『呪具発剄』」
今村の術がかかると相馬傀儡はにっこり爽やかな笑みを浮かべて全快した。それを見て月美はイラッと来たようだ。記録は1分で69発。
因みに相馬は揺れるどこかと殴られる自分そっくりの傀儡を交互に見て百面相している。
「…最後に祓か。ほい『呪具発剄』」
『愛してるぜ』
相馬傀儡から相馬の声がして今村は思わず少し笑みを浮かべた。
「お、レアだ。声を発するってのは珍しい。祓のことが好きで起きた奇跡…」
「早く始めませんか?」
祓のいつにない冷たい声色で今村はすぐにラッシュを開始した。
記録は1分でまさかの100越え、127だった。それに伴い相馬傀儡は壊れてしまった。
ここまでありがとうございます!
…訓練が長引いてます…すみません。




