12.混乱
「…う…うわぁあぁぁっ!逃げろ!我が隊はこれから逃げる!予定地点Aだ!急げ!」
誰が言ったかもわからないその声に続き次々と革命軍は潰走していく。それを見逃すほどエルモソは無能ではない。
「追え!追撃だ!今こそ奴らを根絶やしにしろ!」
ローゼンリッターの軍勢が革命軍を容赦なく追い散らす。
「嘘…嘘よ!今村がぁ!」
「逃げるぞ小野!」
泣き崩れる小野を担いで城に戻ろうとする美川。小野はその背中を叩きまくる。
「嫌だ!下ろしてよ!今村がぁっ!」
「出陣前に何て言われたか思い出せ!何かあったらすぐに逃げるように言われてただろうが!」
美川が珍しく声を荒げる姿を見て小野は叩く手を止める。そんな二人の前にローゼンリッターが襲い掛かって来ていた。
「フッ…君たちの美しくない指揮官は美しき我らが姫君に救われたのだよ。来世では美しくなるといいね。」
「うるっさいっ!」
小野は力尽くで美川から降りるとローゼンリッターに斬りかかった。
「今村は…今村は恰好よかったもん!あなたたちよりずっと恰好よかったの!私の初恋の人を…よくも…よくもぉっ!」
苛烈な斬撃を加え続ける小野。そこには剥き出しの殺意しか込められておらず訓練で習った太刀運びは出来ていなかった。相手はそれを軽々といなす。
「おやおや。君みたいな美しい人に彼は不釣り合いだよ!」
「うるさぁいっ!」
大振りになる小野。その瞬間ローゼンリッターの男の剣が鋭く横薙ぎに払われ小野は武器を取り落した。
「あっ…」
「降参するんだ。」
首に剣を当てられる小野。男は続けた。
「君なら僕の第4夫人になれるよ。どうだい?っちぃっ!」
優越感たっぷりだった男の後ろから鋭い一太刀が浴びせられる。男はそれを間一髪で避けた。
「…そう言えば…君もいたね。」
「ははっ…まぁ…一応…」
奇襲をかけた美川はローゼンリッターの男に睨みつけられる。美川はそれを受け止めて剣を正眼に構えて息を吐いた。
「言っておくが…僕は男には優しくない。…特に名も名乗らずに斬りかかってくるような無粋な輩にはね!」
「…悪かった。美川誠一だ。」
「フン…まぁ綺麗な女性もいることだし僕の大きな器を見せておこうか。ローゼンリッター<中略>5番隊ジーク・フォン・ブリゲニッラだ!」
二人の決闘が始まった。
「…ルゥリンさん…何でお師匠様を…」
「…早いわね。流石ねこの屑男の手腕は…」
ルゥリンはローゼンリッターの陣の中ほどにいた。(現状としてはローゼンリッターは全面攻勢に出ているので陣の中ほどと言ってもほぼ前線と変わらないが)
そこでルカとルゥリンは対峙していたのだ。ルカの問いに対してルゥリンは地面に無造作に捨て置かれた今村の体を踏みながら答える。
「そりゃあ勿論。邪魔だったからよ?元々はこちらに引き込む予定だったけど…女神様のご命令ね。この男。『冥魔邪神』を殺すことになったの。」
「『冥魔…邪神』…?」
聞き慣れない単語にルカは訊き返す。ルゥリンはいつも浮かべていた笑みとは違う邪悪な笑みを浮かべると言った。
「そ、はるか昔にこの世界の下になった世界を統べた神様と争い、そして殺した軍を率いた男。それが今私の足の下にあるゴミよ。」
そこまで言って哄笑を上げるルゥリン。そのルゥリンにルカは顔から表情を消して斬りかかった。
「…姫に触れられると思うなよ?」
だがそれは突如現れたエルモソの剣によって阻まれる。ルゥリンはエルモソに微笑みかけた。
「フフッ久し振りね。ありがと。」
「いえいえ…お美しくなられましたね。」
ルカの猛攻に対してエルモソはルゥリンと会話しながらすべて捌ききる。
「はぁっ…はぁっ…うぁあっ!お師匠様を返せぇっ!」
「駄目よ。もうすぐ女神様が来てこれを見るんだから。」
ルゥリンは刃の無いナイフだったものを見せつけ、今村の体を蹴りつけた。
「うあぁあっ!」
今村の体を蹴りつけられたことでルカは一層動きを激しくさせる。だが、それはやはり隙となってしまい剣を弾かれる。
「とった。」
(あぁ…お師匠様…ごめんなさい…仇も討てず…すぐに会いに行くことになりそうです…)
エルモソがそう言って剣を振り下ろそうとし、ルカが覚悟を決めたその時だった。天から光が降り注いできて世にも美しい女神が現れた。
「…ルゥリン…よくやりました。見ていましたよ…」
「は…はっ!」
ルゥリンはすぐさま平伏し、柄だけとなったナイフを献上する。
「これはこいつを殺す際に用いたものです。刃は…」
「…『冥魔邪神』の体液は猛毒です。…触れていればそれは溶けるでしょう…ですからこれは正し…」
「みぃつっけたぁ」
女神が微笑みを浮かべルゥリンを褒めようとしたところで今村の体が砂になり、そして女神の横っ面が思いっきりぶん殴られた。
そしてそこには歪んだ笑みを浮かべたあいつがいた。
「はっは!卒業試験は合格だな!」
「お…」
「貴様ぁっ!どこから!ゴギュッ」
エルモソの首は話の途中で捻じ曲がった。そしてその男は次にルゥリンを見る。
「よぉさっき振り。…で、協力ありがとう。クソガキ。」
「な…どうして…」
「お前如きに殺される程耄碌してねぇよ…さて雑魚!逃げようったってもう遅いぜ?」
途中でルゥリンにも興味をなくして殴り飛ばした女神に嘲笑を向ける男。そしてルカは顔を涙で濡らしながら飛び込み気味に言った。
「お師匠様ぁ~っ!」
「うるさい。」
ローブで弾かれた。今村は酷薄な笑みを浮かべると女神の頭上からハンドアックスを叩き込んだ。
女神の頭が地面に埋まる。
「酷いです酷いです。あ~んなに心配したのに…」
「はっ!全く…そこのロリコンに負けるような訓練をした覚えはないんだがなぁ…」
「鼻で笑った!?みんなにあんなに心配かけておいて!?」
「…まぁ咄嗟の判断力を見るテストだからな…それは後で説明する。で、逃げれないっての。」
「…そうですか。」
穴に埋まっていた女神が何事もなかったかのように立ち上がった。顔には一切の土がついていない。
「…流石『冥魔邪神』といったところですかね。あれだけ目を掛けた人間を大量に生贄にするとは…」
女神は冷たい笑みを浮かべている。対する今村は頭をガシガシ掻いて訊き返した。
「誰が見殺しにしたってか?」
その声の直後、今村の下に影が迫ってくる。
「1軍、反転攻撃に成功。自軍死傷者4名。敵死傷者3000名。」
「…は?」
ルゥリンの間抜けな声が響く。その報告に今村は頷いた。
「…勿論自軍の死者は…?」
「0でございます。…何十名か即死しそうな者を救いましたのでその者にはペイントで赤く×印をつけています。」
「ご苦労『破壊傀儡』…二軍の方はまだかねぇ…」
今村が呑気にそう言っているとタナトスが現れた。
「…エッグイ罠考えやがるねぇ…あ、敵8000を大規模魔法でぶち殺してたよ。…俺が出るまでもない。負傷すら出なかった。…強くし過ぎたかな…?」
タナトスは苦笑いで今村の方に近付いて来る。今村はひらひら手をかざして半笑いになる。
「いやいや。俺が死んだときに一番最初に反応した有能な指揮官がいるんだ。それ位は出来て当然だろ。…それに1軍の方は結構やられたみたいだし。」
今村の言葉を聞いてタナトスも苦笑を浮かべる。
「マジか~…十人位?」
「『破壊傀儡』?」
「73名です。」
「うわっ…マジか…もう少し鍛えねぇとダメだったか…?」
タナトスが軽く落ち込んでいると軽く震えていた女神が信じられない物を見る目でタナトスを見て半狂乱で叫んだ。
「『死を運び来る者』シエテぇ!?何でこんな所に!」
その言葉を聞いた瞬間タナトスの顔が怒りに歪んだ。そして女神を睨みつける。
「その名は捨てた!…まさか御大将…?」
「あ?こいつ昔の生き残りみたいだぞ。」
タナトスが今村の方を軽く睨んできたので今村は睨み返してそして気まずげに顔を逸らされると軽く肩を竦めて言い返した。
「…そうか…」
タナトスはそれだけ言うと何も言わなくなった。女神の方はルゥリンにヒステリックに当り散らしている。
「何でこいつまで来てるって言わなかったのこのボンクラぁっ!」
「ひっ…ヒィッ」
「おいおい知らない奴のことを報告しろって無茶言うね…ちっ3軍は介入したか…」
今村は女神に揶揄する表情を向けたが途中から顔を歪めた。3軍に付けていた傀儡「魔壊傀儡」から3軍の崩壊が収拾できる限界を迎えているとの報告が入ったからだ。
「…はぁ。後は近衛か…」
その直後轟音と共に森が吹き飛んだ。
ここまでありがとうございました!
キリが悪くてごめんなさい…




