33.釣り
巷では奴隷商で儲けるライゾン様を悪魔と呼ぶ連中がいるけれど、売った奴隷のその後まで気に掛ける優しい人だと私は思う。
ライゾン様の休日は決まっていない。日曜だって私とのランチをすっぽかす。帰りが遅いことも、数日戻らないことすらある。人の命がかかっていることもあるのだからしょうがない。
予定が特にない休日にはライゾン様は秘書のフランクと釣りへ出かける。今回はスティーブさんとシャーロットさんも家を開けると言うので私もライゾン様に同行。
「一人で留守番できるわ」
外よりも本を読んでいるほうがいい。
「危ないから」
とみんなが私を子ども扱いする。実際に子どもなのだ。パンを用意してもらわねば飢えてしまう。
「ほらキリーナちゃん、これ使って」
フランクが小さい竿を渡す。
「魚釣りは男性の遊びよ。もう、日に焼けちゃうじゃない」
私は言った。水面の照り返しの光が眩しい。
「キリーナ、最近口調がおばさんだぞ」
とライゾン様が笑う。
「この舟、大丈夫なの?」
三人乗ったらいっぱいだ。私とライゾン様は座っているが、フランクが立ったままなので彼の動きに合わせて揺れる。
「大丈夫、大丈夫」
フランクの軽さはライゾン様の上をゆく。軽薄そうな人が好かれるはずないのに、本人もわかっているだろうに、フランクはなぜその路線を貫くのだろうか。好きな人ができたら人格を変えるのだろうか。
私はライゾン様を好きになって少しでも変わっただろうか。
「この湖の深さは? 落ちても死なない?」
どれくらいの深さなのだろう。底が見えない。
「キリーナは怖がりだな」
ライゾン様はそう言うけれど、慎重派なの。ライゾン様だっていつも綿密に計画を練る。死なないとわかるだけで安心できる。
淡水魚って小さいものしかいないのかと思ったが、フランクが次々に釣る。ライゾン様はさっぱりだ。餌を動かして魚をおびき寄せる。
「竿の先を眺めて楽しい?」
私は聞いた。
「集中力を高めているんだ」
私も釣れた。5センチくらいの黒っぽい魚。
フランクは釣った魚には興味がないようで釣りが終わると舟を岸につけさっさと帰ってしまった。てっきり、人に聞かせたくない仕事の話でもあるのかと思っていた。会社でも家でも話せないきな臭いこと。大人も単に気晴らしをしたい日もあるようだ。
「本当に釣りをするだけでしたのね」
と私は言ってしまった。
「休日だからな」
シャーロットさんがいないのにどうするのだろうと思ったら、ライゾン様が魚を入れた桶を持って家の調理場へ。
「まさか料理を?」
私は聞いた。
「捌いて焼くだけだ」
ライゾン様がお茶を淹れているところすら見たことない。いい家の息子で、でも三男だったから養子になりその家が落ちぶれて商人になった。ここに来てからもお台所仕事は人任せの生活。
包丁で魚の頭を落とす。内臓を取る。血と内蔵をグロいとは思わない。私たちも中に蓄えている。
「手際がいいですこと」
思わず私は言ってしまった。
「男は子どものときにやらされるんだよ。外で串に刺して焼くことだってある」
「野蛮なのね」
「嗜みだ」
塩を高い位置から振ったのはいい。鍋やフライパンの使い方はわからないようで、適当に焼いてフライパンが焦げそうになってバターを投入。おいしかったけど、あのフライパンを見たらシャーロットさんか料理人に叱られるんじゃないかしら。
「うまいな。焼きたて」
ライゾン様は単体のそれを食べるけど、私はスープとサラダが欲しくなる。お昼とも夕飯とも言えない時間にそれを食べていると、
「あらあら」
とシャーロットさんが戻って来て、ニンジンのサラダとキャベツのスープを作ってくれた。
「シャーロットも魚を食ってくれ」
ライゾン様が言う。
「はい、いただきます」
魚を塩漬けするなら干して乾かさないと。日持ちするような冷たい箱でもあればいいのだけれど。
私は自分が釣った魚を殺すこともできず、フナを二匹飼うことにした。金魚鉢はライゾン様に買ってもらった。
「金魚も買ってこようか? 輸入物で頭がこんなのがいるらしい。尾びれがひらひらしたものが人気らしいぞ」
ライゾン様がささっと絵を描く。
「嫌よ、そんなトサカみたいの」
私は口をパクパクさせているフナで充分かわいい。私が守ってあげるからね。餌を与えて、水が汚れたら変えてあげる。翌日には一匹が死んで浮かんでいた。空気が足りないってライゾン様が教えてくれた。もう一匹は底のほうでじっとしている。翌日もそうだったから湖に戻すことにした。私と一緒にいたら殺してしまうだけだもの。




