21.偽りのマリア3
マリアの手掛かりもないままで、しかしながら私も逃亡するわけにもゆかずどうしようと考えていたときだった。屋敷内の窓を拭いていたら当主の部屋から声が響いた。
「あれはお前の妻だろう? いいのか?」
旦那様の声だわ。
「スチュワードがかわいそうで」
これは若旦那様、つまりマリアさんの夫の声ね。
「まさかあいつが恋に狂うとは」
「恋とはそういうものらしいです」
当主とその息子の会話。二人とも然程驚いても焦ってもいない。まさか夫が妻と弟をくっつけようとしている? そんなことあるのかしら。
夫にも他に愛人がいるに違いないわ。そうでなかったら怒り狂うはずだもの。
「しかし二人を遠くへやるというのは。ここならまだ人の目もある」
当主の言葉から、二人がまだここにいると推察する。
「たまに見に行くようにしますから」
「世間体がある」
マリアはどこにいるのだろう。私は納屋まで探した。食材の保管庫にもいなかった。
『当主とマリアさんの旦那が彼女をどこかへ追いやろうとしている。問題の弟も一緒かもしれない』
酒を運んできたライゾン様の手下にメモだけ渡す。遠くに移送されたら所在がわからなくなる。
もっと子爵家から娘へ手紙を送らせたりしたほうがいいのだろうか。プレッシャーをかけるべきではないのか。ちょうど誕生日だったり、記念日がないだろうか。判断を誤ったら人の命に関わるかもしれないと思うと頭の回転が鈍る。
あまり聞き込みをしては私のほうが不審がられる。ここは信頼を勝ち取って、夜の見回りをする係に任命されるのを待つべき。ライゾン様ならきっとそうする。
「あなたって仕事していないと顔が幼いわね」
「そうかしら」
メイド仲間は作りたくない。あと少しの付き合いだから。今まで仕事をしてきた人の中で私のことを懐かしんでくれる人はいるのだろうか。
相部屋の女の子は家族や友達の話をよくする。私はすることができなくてごめんなさい。記憶もないし本当のことも話せない。作り話は得意だけれど、後々のことを考えれば不用意に口は動かない。もしかしたら私は人生で一人も友達なんて持てないのではないのかもしれない。
ライゾン様は慕われている。同じような仕事の人とは信頼関係であって、友情とは違う。私が彼に向けている感情もまた別物。




