15.ある1日
恋について疎い私は当然男女のあれこれを知らない。駆け引きだけじゃない。具体的な情事についても。閨、情交、子づくりと人によって言い方が異なるのはなぜなのだろう。子どもだし、家にばかりいて出歩かないから知識を入れる術がない。それを書いた指南本や男の人が読むいやらしい本もあるらしいけど、うちではきっと執事のスティーブが私の目の届かないところに隠しているはずだわ。
「キリーナ、今日は人が来るから部屋から出て来ぬように」
私にそう伝えるとき、ライゾン様は決して私の目を見ない。ピンと来てしまう。勘がいい自分を呪うわ。
「わかりました」
朝食のときに言われてしまったら、それが何時なのかも知らせられない。ずっと落ち着かない。やきもきというより、苛立ちに近い感情と隣り合わせ。こんなときは刺繍をしてもぐちゃぐちゃ。空には分厚い雲。まるで私の心を表しているみたい。
「キリーナ様、お昼です」
シャーロットさんが部屋まで運んでくれた。パンにメインは魚、じゃがいものつけあわせ、玉ねぎのスープ。
「お客様はもういらしたの?」
こそっと私は聞いた。
「さあ、どうでしょう」
シャーロットさんのそれは優しさなのか、女であるシャーロットさんも本当に客人と会わないように仕向けられているのかも幼い私にはわからない。
例えば、幾度か耳元で囁かれたことのある、
「かわいがってやる」
はどんなことなのだろう。どうして男の人は私の手や足を撫でるの? ライゾン様はそんなこと私にしない。シャーロットさんに聞いてもきっと彼女を困らせるだけ。
でも、家の雰囲気でわかってしまう。その人が来る。下でお茶を飲む。客間に招かれる。
ライゾン様の部屋ではない。そのほうがいい。でも、客間は私の部屋の真下で、声は聞こえないけれど、この時間だけは嫌い。布団をかぶって時間の経過を待つ。
大人がすることを教え込むらしい。新しい屋敷だからいいけれど、古い家ならば床の隙間から見えてしまうのではないだろうが。もしも見てしまったら、私はライゾン様を嫌いになれるのかしら。
私にはまだ早いと教えてくれない。どんなことをなさっているのだろう。想像もつかない。
自分の体のことだってよくわからない。胸が膨らんできつつあるのだろうけれどボインではない。隠しているけどシャーロットさんはたゆんとしている。
階下を想像するだけで胸の奥が痛い。この痛みで胸が膨らむの?
ライゾン様がする必要があるのかしら。社員に任せるとか外注するとかできないのかな。
それも信頼関係なのだろう。他の男の人を喜ばせるためにライゾン様に教えを乞うなんて私は御免だわ。ライゾン様を好きではない女の子だからライゾン様も相手にできるのだろう。
私だったらどうするのだろうか。いつかするの? しなくちゃいけないの? そのときはライゾン様がしてくれるの?
客人は、そんなに長居しなかった。一時間ほど。そのあとすぐ、ライゾン様も出かけた。私と顔を合わせたくないのだろう。うしろめたいならしなければいい。そんな簡単なことでもないのでしょう。売られた女の子の調教やしつけのようなものなのかもしれない。売られた値段に見合う女の子にするのがライゾン様の仕事だもの。
おかげで私は今日も一人で夕食を取る。スティーブの姿が見えないから、きっと念入りに客間のお掃除をしているのだろう。人に頼まず、執事が自ら。
ライゾン様に仕えるということは彼の悪事に素知らぬ顔をしなければ。苦しい人はきっとここにはいられない。
今日みたいなこともライゾン様にとってはお仕事の一端。人に頼めないからやってるのよね。スティーブさんもそう。ライゾン様のために。
私ができるようになったらいいのかしら。女の私にもできるの?あなたを守るために、いろんなことを知らないといけないのでしょう。
人の心を操ることは容易い。されど、本当の信頼関係はそれでは築けない。私はライゾン様を慕っている。あなたの本性を知らなくても、今はそれしかできない。
「ごちそうさま」
なんとか食べ終えて自室に戻る。食欲はないが食べないと作ってくれた人に申し訳ない。
心がざわつくときはライゾン様が昔くれたおとぎ話を読むの。王子様と幸せになるお姫様を夢見てはいない。無理だもの。私は、私の大事な人と楽しく暮らしたい。
眠るのも一人。帰ってくる時間がわかっているなら待つけれど、朝方のこともあるし、戻らずに仕事へ行ってしまう場合もあるからもう待たない。涙なんて、なんの意味があるのだろう。泣いても誰も助けてくれなかった。今だって。
「おやすみ」
をあなたに言いたいだけ。
これは寂しいなのだろうか。悲しい、悔しい。子どもでいたいと願っているのに大人にもなりたい。歯がゆくはない。私はもっとつらいことを知っている。
でもこの先もしかしたら、生きているよりも辛いことがあるのかもしれない。ライゾン様が死ぬとか、ライゾン様が結婚してしまうとか、ライゾン様が病気になるとか。辛いあなたを見るなんて、想像するだけで胸が痛い。
私の喜怒哀楽には全部あなたに関係するのです。




