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実力テスト

(誰にしようかなー)


《天の神様の言うとおり、私が神よ》


(あなたが神か)


《そうだ》


(これ永遠に終わらないやつ、着地点が見えない)


「次は、――いろはさん」


「ひゃいっ!?」


 いろはさんが変な声を出した。かわいい。


「戦闘メインじゃないのはわかってる。でも、いろはさんにも見せてもらいたいものがあるから」


「……ど、どれくらい見せるんですか?」


「みんなの前では、ほんのちょっとだけ。続きは後で二人きりで」


 私がウインクすると、いろはさんは耳まで真っ赤になった。


「な、な、なにその言い方。誤解を生むような……」


「ん? 誤解?」


《わざとやってんだろ》


(もちろん)


 私はわざとらしく、周囲に聞こえるくらいの声で言った。


「恥ずかしかったら、みんなには隠すよ。ね、みんな」


「なんか急に意味深な空気出すのやめてもらえます?」


 根倉さんが額を押さえる。

 いろはさんはますます挙動不審になった。


「とりあえず、軽くでいいから。誰かの真似、してみせて?」


「誰か、じゃっ……あ、いえ、なんでもないです」


 いろはさんは、諦めたかのようにすっと照れの色が消える。


 代わりに現れたのは、職業病みたいな真剣さ。


「了解しました。じゃあ……」


 彼女の周囲に、淡い光の粒が浮かび上がる。


欲望摸倣デザイアシェイプ


 その光が、誰かを形作る。


 白い人影。


 そこに立っていたのは――根倉きゅんそっくりの人影だった。正確にはその変身後の姿。


「おお……」


 周囲から、素直な驚きの声が漏れる。


 本物の根倉さんが、露骨にびくっと肩を震わせた。


「え、ちょっ……」


「今日はここまで」


 私はぱん、と手を叩いて、光を散らした。


「続きは、あとで二人でやろっか。ね、いろはさん」


「……あ、はい」


 いろはさんは目をそらしたまま頷いた。

 視線の先には、根倉さん。

 根倉さんは、珍しく表情を読みにくい顔をしていた。


《完全に惚れてんな》


(知ってる)


《お前、ニヤけてんぞ》


(知ってる。人の恋路ってどう転んでも面白いよね)


《悪魔だなお前》


「そしたらー珠洲ちゃん」


「……うん」


 呼んだだけで、すっと前に出てくる。

 手にはいつものブランケット。裸足。パジャマ。


 訓練場に似合わないその格好が、逆に不気味さを増している。


「見せて」


「うん」


 珠洲ちゃんは私の正面、ほんの数メートル前で立ち止まった。


 小さな胸が、ひとつ上下する。


欲望解放(デザイアリリース)深化(アビス)停滞(スタシス)


 世界が、きしんだ。


 空気の粒子一つひとつが、凍りついたみたいに動きを止める。

 照明の光が、その場で固まる。


 私の髪が、頬に貼りついたまま止まった。


 観客席のざわめきも、ぱたりと消える。


《……っと》


(大丈夫。私達を止められる存在はないよ)


 珠洲ちゃんは憂鬱。

 その深化は、世界そのものを沈める力だ。


 動きたいという意志。

 流れ続けようとする時間。

 その全部を、重い水の底に沈めてしまう。


 だから――。


(……動けるのは、私だけ)


《お前と珠洲だけな》


 珠洲ちゃんの足取りは、相変わらず無音だ。


 彼女はゆっくりと私の方へ歩いてきて、目の前で立ち止まった。


「……どう?」


「うん。ちゃんと止まってるね」


 私は周囲を見渡した。


 烈志の炎も、灯の光も、誇の尻尾も。

 全部が中途半端な位置で固定されている。


 ただ一人、珠洲ちゃんだけがすいすいと歩き回れる。


 彼女の指先が、私の袖をつまむ。


「昴だけ、止められなかった」


「しょうがないよ。私は最強だから」


「……うん。止まったら色々できて面白かったのに」


 珠洲ちゃんの声はいつも通り無表情なのに、言葉だけが楽しげだ。

 

(イタズラか? 可愛いやつめー)


《珠洲はどんな悪戯すんだろうな》

 

「この状態で、どこまでできる?」


「この範囲なら、あと先考えなしで、30秒……敵の動き、全部殺せる。止めるだけじゃなくて、動かなくさせる。でもそれだけ」


「ふふ。優しいね」


 珠洲ちゃんが耳元で囁くように呟いた。

 

「もっと頑張れば、昴と、ずっと一緒」


 その言葉にハッとする。

 

「ダメだよ、珠洲ちゃん。それは地獄の道だから」


 私は、そっと珠洲ちゃんの頭を撫でた。

 珠洲はムッとした顔をしながら能力を解除した。


 その瞬間、世界が解凍される。


 止まっていた光が流れ出し、空気が一気に動いた。


「っ、うおっ!?」


「今、一瞬なんか……」


 周囲がざわつく。

 珠洲ちゃんは私の影に隠れるようにして、視線を落とした。


「珠洲ちゃんは、このままで最強だよ」


「……昴が、よくても、珠洲は違う」


「だからやめときなって」


「曲げない」


 即答だった。


 その瞳の奥に、一瞬だけぞくっとするほどの光が宿る。


 私はそれを見て、内心で苦笑した。


(まぁ、どうせ無理だしいっか)


《だいぶひでぇな》


(才能の塊の私達だってめっちゃ頑張ってやっとだったんだぜ? それを簡単にされたらねぇ)


《醜い嫉妬だな》


(違うし!)


「ラストは、殴り合い枠ー」


 私は手を叩いて、二人の名前を呼んだ。


「根倉きゅんと竜司くん。適当にバトって?」


「適当に、とは」


 根倉さんが眉をひそめる。


「適度に本気で。死なない程度に。今の二人を、みんなに見せてあげてほしいなって」


「……そういうことなら」


 根倉さんは小さく息を吐いて、メガネを外した。


「おいおい局長。俺はもう前線退いた身なんだけど?」


 竜司さんが苦笑する。


「でも、まだまだ現役でしょ?」


「まぁ、あんたがそう言うならしゃーねぇな」


 二人が、訓練場の中央に向かい合う。


 観客席の空気が、ふっと変わった。

 さっきまでの若手組の試合とは、また別の種類の緊張感。


「じゃ、合図はお任せします」


「了解」


 根倉さんが変身した瞬間――二人の姿が消えた。


 風圧だけが残る。


 竜司さんの拳が、空間を殴り飛ばす。

 その軌道のすぐ外側に、根倉さんの影が滑り込む。


 言葉も、技名もいらない。

 ただ、長年積み上げてきた勘と経験だけで、それぞれが最適解を選び続けている。


(……やっぱりこの二人、反則だよね)


《竜司って本当に人間か?》


(本人はそう言ってるけど、多分物怪(もののけ)か何かでしょ)


 打ち合いは長く続かなかった。


 竜司さんの拳が、ほんの一瞬だけ軌道をずらす。

 根倉さんの足が、それに合わせるように地面を蹴る。


 互いの攻撃が、互いの外し具合で調整され――最後には、同時に止まった。


 竜司さんの拳が、根倉さんの頬の数センチ手前で。

 根倉さんの掌底が、竜司さんの鳩尾の数センチ手前で。


「……こんなもんで、いいか?」


「十分、十分、十二分まである」


 私はパンパンと大きく拍手した。


 他のみんなも、自然と手を叩く。


「ね、めっちゃ強い感あるでしょ?」


 私の言葉に、若手組の何人かがごくりと喉を鳴らした。


 誇は悔しそうに。

 烈志は燃えるような目で。

 依里と灯はいくらか怯えながらも、視線を逸らさずに。


 そして珠洲ちゃんは――私の袖を掴んだまま、その光景をじっと見つめていた。


 全員のテストが終わったときには、すっかり夜になっていた。


 みんなそれぞれ汗だくで、でもどこか誇らしげな顔をしている。


「はい、お疲れさまでしたー」


 私は軽く手を叩いて、総評モードに入った。


「全体的に――うん、よく頑張ってる。みんな強くなってる」

 

(それこそ前の世界と比べ物に、比べられる程度ではあるか)


《比べ物にならないってよく使うけど、普通に比べられるよな》


(それな)

 

 強くなっている、それは嘘じゃない。


 誇と依里の連携。

 烈志と灯の合成火力。

 いろはさんの欲望摸倣(デザイアシェイプ)

 珠洲ちゃんの停滞。

 根倉さんと竜司さんの、壁としての存在感。


 どれも、あの地獄をくぐった私が見ても十分に誇れる力だ。


「とはいえ」


 私は指を一本立てた。


「まだ改善の余地がある人も、ちらほら」


「うっ」


「ちらほらに俺入ってんのか?」


 誇が言う。

 

「もちろん」


 私はにっこり笑って、みんなを見渡す。


「でも、それでいいの。まだ始まりだから。今年2050年は、勝負の年。ここから先、どれだけ伸びるかが本番だからね。まぁ一年未満じゃ大して伸び無いだろうけど」


(軽く煽っとくか)

 

《これで少しでも奮起すりゃ儲けもんだな》

 

 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


 だけど、それを誰にも悟られないように、私は笑った。


「ま、今年もよろしくね。みんな」


 ぱらぱらと拍手が起こる。

 珠洲ちゃんが、袖をつまんだまま小さく頷いた。


 私はその手を軽く握り返して――心の中で、もう一度だけ呟く。


(乙葉の年、だよポン吉)


《ああ! あぁ ?》


(乙葉と出会って、一目惚れさせて、あんなことやこんなことして、ついでに世界救っとくかね)


《逆逆!》


(何が逆なの?)


《……ったく。おせち残ってたし有るを尽くしてしましょうか》


(うん。食べ直しに行こうか)


 私は、みんなの方へ歩き出した。

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