ハッピーエンドは終わらない
ひび割れた仮面を押さえたまま、ピエロマスクはしばらく動かなかった。
その白い身体の周囲を、ぴょこぴょことミニ昴ちゃんたちが跳ね回る。オリジンシンの脚に抱きついて転ばせたり、盾の上にわらわら乗って重くしたり、熱線の前でハートのポーズを決めて相殺されたり、やってることは意味不明なのに、妙に戦況に噛み合っているのが腹立つくらい面白い。
私は一度深く息を吸って、工場地帯全体を見渡した。
ドラゴンの翼が一枚、空から墜ちる。
竜司さんがそれを地面に叩きつけていた。
反対側では、誇くんが別のドラゴンの喉に食らいつく勢いで拳を打ち込み、依里ちゃんの冷気がその足を止めている。根倉きゅんといろはさんは、ぬるりと敵陣をすり抜けるみたいに動き回りながら、スライムやサキュバスの群れを分断していた。乙葉ちゃんと珠洲ちゃんの正面はもっと派手だ。乙葉ちゃんが殴り飛ばし、珠洲ちゃんが止めて、また乙葉ちゃんが潰す。連携が良すぎてちょっと嫉妬するレベルである。
オリジンシンは、もう最初の圧迫感ほど多くない。
数えようと思えば数えられる程度には減っていた。
「ほら見なよピエロマスク」
私は顎をしゃくった。
「オリジンシンも、もう数えるほどしか残ってないよ?」
ミニ昴ちゃん14号が、ちょうどオークの脛を蹴り飛ばしていた。えらい。可愛い。後で褒めたい。
「代わりにあたりに溢れかえる、可愛い可愛い昴ちゃんをさ」
ピエロマスクの仮面の奥で、何かがぎち、と軋んだ気がした。
「そろそろ幕引きと行きますか、ピエロマスク?」
私が一歩前へ出ると、ぴょん、と足元にミニ昴ちゃんたちが集まった。2号がびしっとポーズを決め、7号が何故かスカートの裾をつまんで礼をする。可愛い。天才の所業である。
《今それやってる場合か?》
(可愛いは士気を高めるからね)
《お前のだけな》
ピエロマスクが、ようやく顔を上げた。
仮面のひびの奥、その声は今まで以上に冷えているのに、逆に何かを焦がしているみたいな熱も混じっていた。
「……ええ、ええ。実に不快です」
「褒め言葉として受け取っとくね」
「貴女は最後まで、物語の文法を理解しない」
「そういう堅苦しいの嫌いなんだよねぇ」
私は肩をすくめる。
次の瞬間だった。
ピエロマスクが、こちらを見なくなった。
視線が、斜め後ろに流れる。
その先にいるのは、乙葉ちゃんたちだ。
私は一瞬で理解した。
(あっ、こいつ)
《やる気だな》
ピエロマスクの身体が白くぶれた。
熱線でも雷でもない。もっと純粋な加速。一直線に、私を無視して、仲間たちの方へ抜ける軌道。
「悲劇の主役は、やはりあなた一人では足りない」
その声が届くより先に、私はもう動いていた。
考えるより早い。
ノリとか可愛さとか、そういうの全部すっ飛ばして、これはただの反射だ。
空間の一点に、白い槍を出す。
長く、細く、鋭く。
飾りも、遊びも、可愛さもいらない。
ただ貫くためだけの形。
そのまま、投げる。
違う。
投げるんじゃない。
ピエロマスクが飛び込もうとした、その到達点に槍を生やした。
白い穂先が、夜気を裂く。
次の瞬間、ピエロマスクの胸から背中へ、まっすぐ槍が突き抜けていた。
ぐしゃ、と嫌な音がした。
「……ぁ」
ピエロマスクの身体が、空中で止まる。
遅れて、血じゃなく白い光みたいなものがひび割れた仮面の隙間から漏れた。私はそのまま距離を詰め、着地も待たずに顔の前まで踏み込む。
「今の、だいぶ減点だよ」
私の声は、思ったよりずっと低かった。
「私の前で、私の大事な人に手を出そうとした」
ピエロマスクの指が、槍を掴もうとして空を切る。
「それ、死ぬより重いから」
仮面が、ぴし、とさらに割れた。
そしてそのまま、ピエロマスクの身体は光の粒になって崩れ始める。
肩から。
腕から。
胸を貫いた槍ごと、少しずつ。
「……く、くく」
消えながら、まだ笑う。
「やはり、貴女は……最高の、イレギュラー……」
「どうも」
「ですが……まだ、終わりでは……」
「終わりだよ」
私は笑った。
「終わらなくても、終わらせるだけでしょ」
そう言い放ち頭部に拳を打ち込んだ。
仮面のかけらが、カランと地面に落ち光へ変わって消えていった。
静かになる。
ほんの一瞬だけ。
それから私は、周囲を見回した。
ピエロマスクは消えた。
でも、オリジンシンは残ってる。
しかも、ミニ昴ちゃんたちが好き勝手に跳ね回ってるせいで、戦場の景色がだいぶカオスだ。ドラゴンの鼻先に3体乗ってるし、ゴーレムの肩の上で何故かポーズ決めてる子もいる。サキュバスの髪にぶら下がってるのは何? 可愛いけど意味不明。
(いいな、あれ)
《呑気か》
ぼんやり眺めていたら、乙葉ちゃんがオークを吹き飛ばしながらこっちを見た。
「昴さん!」
その顔、ちょっと困ってる。
いや、ちょっとじゃないな。
「何ぼーっとしてるんですか! 手伝ってください!」
「あっ、はい」
普通に怒られた。
その隣で珠洲ちゃんも、スライムの動きを止めながらじとっとした目を向けてくる。
「……昴。見てるだけ、だめ」
「いやぁ、ちょっと芸術鑑賞を……」
「昴さん?」
乙葉ちゃんの声が一段柔らかくなった。
柔らかいのに怖い。
怒ってる時のやつだこれ。
《ほら行け》
(はいはい)
私は慌てて走り出す。
途中でミニ昴ちゃん3号が足元に飛びついてきたので持ち上げてみたら、ちっちゃいくせにめちゃくちゃ元気にぴこぴこしていた。可愛い。けど今はそれどころじゃない。
前方では、竜司がドラゴンの首を掴んだまま怒鳴っていた。
「おい局長! あんたの分身どもが邪魔だ!」
「えぇー、可愛いのに?」
「可愛いかどうかの話してねぇ!」
誇くんが上空から叫ぶ。
「局長! 左の群れ、押し返せますか!」
「いけるいける!」
根倉きゅんは呆れ半分の顔で、潰したスライムの残骸を払いながら言った。
「終わったらちゃんと回収してくださいよ、そのちびっこ達」
「善処しまーす!」
「今すぐやってくださいねぇ!」
いろはさんが横をすり抜ける。
「局長、右から熱線!」
「了解!」
私は反射的に壁を出して熱線を弾いた。
その反動で近くにいたミニ昴ちゃんたちが、ぴょこぴょこと別方向へ飛んでいく。可愛い。いやだから今はそれどころじゃないって。
乙葉ちゃんが私のすぐ隣まで来た。
「ピエロマスクは!?」
「とりあえず消した!」
「とりあえずなんですか!?」
「とりあえずは、つけただけ。消した! だけだとなんか硬い感じして」
「意味不明すぎません!?」
怒られている。
でもその横顔がめちゃくちゃ頼もしくて、つい口元が緩んだ。
(あー、怒ってる乙葉ちゃん可愛い)
《平常運転だな》
「珠洲ちゃん、左止められる?」
「……できる。昴は前」
「りょーかい」
私は深く息を吸って、前へ出る。
もうピエロマスクはいない。
なら残りは掃除だ。
ミニ昴ちゃんたちがぴょこぴょこ走り回る戦場の真ん中で、私は手を広げた。
「さぁ、じゃあ後片付けといきますか!」
可愛いは創れる。
創った可愛いは強い。
強くて可愛いなら、もうそれでだいたい何とかなる。
多分。
《雑だなぁ》
(人生そんなもんだよ)
そう言って、私は残ったオリジンシンの群れへ踏み込んだ。
その後の私?
乙葉と珠州と永遠にイチャイチャして、たまに魔物退治して幸せに暮らしましたとさ。




