1.幼少期から降り積もるもの
幼い頃は使用人たちの余所余所しい態度に疑問を持つことはなかった。
それが使用人という人たちだ、そう思っていたから。
騎士たちがやたら恭しく頭を下げてくれることだってそうだ。
教師たちの言葉に厳しさを感じたときも、それが教師という人たちだと思っていた。
幼い私は無知だった。
貴族家当主の夫人でありながら、母がいつも私の側にいることを不審に思わず。
私自身領地の城に籠っていても、外出しなければという焦りを感じたことはない。
年に二度、城の上階のテラスから、広場に集まる人たちに手を振ること。
それだけが母と私の仕事なのだと本気で信じた。
よく守られて育ってきた自覚はある。
それでも触れた小さな違和感は少しずつ積もり、私の中で大きくなった。
それはたとえば、幼い頃のこんな記憶。
探検しましょうと言ったのが母からだったか。
それとも幼い私が願ったことか。
それは記憶にない。
ただ幼い私を連れた母が、庭の普段は行かないような場所へと足を運んだときにそれが起こったことは覚えている。
私たちが歩く茂みの裏手に、水場があったようだ。
バシャバシャと水が豊かに跳ねる音がして、私は引き寄せられるようにそちらに歩みを進め、そして聞いてしまった。
「嫌になるわよね。ここで働き始めたときは、平民に頭を下げるつもりなんかなかったのに」
「しっ。誰かに聞かれたら大変よ」
「こんなところに、お偉い方々なんか誰も来ないわよ。ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」
「それはそうよ。うちは祖母の頃から下働きをしていたけれど。子どもの頃から将来は尊きお貴族様に仕える立派なお仕事が出来ると信じていたわ」
「私だって、お貴族様の着られるお洋服を綺麗に整えるんだって、張り切って面接試験を受けたのよ」
「まさか仕える相手が平民じゃあねぇ」
「しかもあの子どもも平民の子のくせして偉そうでさ」
「会ったこともないのによく言うわよ」
「会ったことがないことから偉そうだと思うのでしょう!同じ平民のくせして、こんないい服着せて貰ってさぁ」
「半分はお貴族様だよ」
「半分は平民じゃない」
「私はあのお貴族様でもなんでもない女の服を洗う方が嫌だねぇ」
「分かるわぁ。何か凄いことをした人でもないし。ただ綺麗だからって見初められただけなんでしょう?」
「あんな女に仕えると知っていたら、この仕事なんか選ばなかったわ」
「まぁでもここでは一番のいい仕事よ?」
「それよねぇ。給料は他とは比べ──」
急に声が聴こえなくなって、不思議に思った私は母を見上げた。
知らない顔をした母がそこにいた。
同じ場所に近付かなかったこともあるけれど、二度と同じ声を聴く日は来なかった。
今となっては、洗濯係の彼女たちがすみやかに処理されたことが分かる。
城の中でも母と私が二人きりになるということはまずないから、あの日もきっと何人か側にいて、そして私が分からないよう静かに問題は取り除かれた。
罰せられた彼女たちは周囲への見せしめともなり、城中の者に注意喚起されていたはずだ。
それでも似た経験を何度も重ねた。
まだ理解出来なかった悪意は、こうして知らず私の内側に積もっていった。