第72話
エルフの里を出て一人出発した。
魔王国を出た時よりも体が軽く感じられる。
きっと気持ちの問題だ。問題は何一つ解消されてないけど、俺は自分が死を選べない腰抜けだと思い知った。
死ねない以上は生きるしかない。
生きるには別の領土まで歩くしかない。
だから歩く。体力が続く限り人間としての営みを続けると心に誓った。
魔王国での体力作りがこんなところで役に立つとは、本当に人生何があるか分からない。
エルフの里に連行されたのは幸運だった。餞別代わりにもらった果物と水で空腹を満たして先を急ぐ。
魔王国からの追っ手が迫る気配はない。クランシャルデは俺のことを報告してないんだろうか。
安堵に遅れて、微かばかりの寂寥感がわき上がる。
一体何を期待しているんだか。憎しみ以外で彼女が俺を追いかけてくるわけないのに。
どのみち魔王国には戻らない。次会う時はおそらく敵同士だ。余計な情は互いのためにならないだろう。
俺はもう引き返せない。選びたくて選んだわけじゃないけど、俺は人類領で生きると決めた。
そのためにやるべきことをする。その第一歩としてラガイ村に立ち寄った。
質素の一言に尽きる眺めだ。建物は木造かつちんまりとしていてろくな外装をしていない。
過ごしてきた環境がいかに恵まれていたかを実感させられる。
俺は村人に声をかけて村長の家を訪れた。旅人を装って言葉を交わし、泊まる先の民家を紹介してもらった。
建物を後にしようとした時ドアが開いた。
外に立っていたのは三人グループ。いかにも戦士といった出で立ちは実に物々しい。
先頭に立つ男性が俺を見て目を細める。
「村長、こいつは誰だ」
「ついさっき村を訪れた旅人です」
「ふーん。そう」
興味なさげに視線が外れた。三人組が俺とすれ違う。
「村長、この前の支払いとどこおってんだけど」
「申しわけない。支払いはもう少し待ってくだされ」
「早くしてよー。でないと、また村人の胴体が泣き別れしても知らないよ?」
村長が息を呑む。
三人組は気にした様子もなく体を反転させて出て行った。
何やら入り組んだ事情がありそうだけど、はてさてどうしたものか。
ハッとしてかぶりを振る。
何で介入しようとしているんだ。俺が不用意に関わったからあの惨劇が起きたことを忘れたのか。
もう周りに関わるな。
自分の念を押して村長の元を後にした。
次いで市場に立ち寄った。
旅は始まったばかりだ。少しでも日持ちする食べ物を求めて歩き回る。
堅焼きのパンから始まり、肉の塩漬けや果物の砂糖漬けを購入した。個々で食べてもよし、それぞれ組み合わせて食べるもよしだ。飽きを遅らせるチョイスをした自分が誇らしい。
いい買い物をした達成感にひたって宿泊先の民家にお邪魔した。夫妻とあいさつを交わして夕食の宅を囲む。
スープを口に運んでいると旅について聞かれた。
俺は村長に話した嘘をそのまま伝えた。
黙々と食事を口に運ぶ中、夫妻の話題が物騒なものに移る。
ラガイ村は獣に悩まされているようだ。近くの野山から下りてきて畑や家畜を荒らされている。
最初に姿が確認された時は死人が出たらしい。ちょうど村を訪れた冒険者の二人が獣を追い払って事なきを得たのだとか。
それからあの三人は村の用心棒として好待遇を受けているそうだ。
「ちょっと待ってください。二人? 三人じゃなくてですか?」
「一人は後で合流したんだよ。二人じゃ対処できないからって遠方から呼び寄せたんだ」
追い払った時に戦力が足りないと実感したってことか。
「よく連絡がつきましたね。遠方にいた仲間なんて見つけるのも大変でしょうに」
「魔法で連絡をつけたらしいぞ」
「魔法?」
「ああ。遠くにいる相手と言葉を交わせるんだってさ。最近の魔法は便利だよなぁ。使えない俺らとしてはうらやましい限りだよ」
何だそのスマホみたいな魔法は。そんなの俺だって知らないぞ。
俺が魔王国に滞在する間に人間が開発したってことか? 魔王国どころか、ジマルベスにいた頃だってそんな術式の話は聞いたことがないのに、こんな辺境の村に拠点を置くような冒険者が使えるほど普及していると言うのか。
そりゃあまたずいぶんと都合のいい話だ。
「まさに村の英雄ですね」
「ああ、彼らが来なかったら何人喰われていたか分かったものじゃないよ。こんなところに在留して俺らを守ってくれているし、まさに英雄の器だ」
「でも結構な費用を要求されてるじゃないか。食事や宿泊先を提供してるだけじゃない。お金だってたくさん支払ってるんだ。このままじゃ村が干上がっちまうよ」
「だよなぁ。せめてもう少し譲歩してくれりゃいいのに」
俺は夕食をお腹に収めて席を離れた。用意された寝床で横になる。
何でここの領主に騎士や兵士を派遣してもらわないのか。
支払いがとどこおるくらいなら交渉すればいいのに。
色々と思うところはある。言葉として吐き出さずに呑み込んだから胸がむかむかする。
きっと怖いんだ。あの三人の機嫌を損ねるのが。
領主が戦力を派遣するまでには時間が掛かる。その間に冒険者が離れて獣が襲ってきたら迎え撃つ戦力がない。最初に死人を出した事実が村人をおくびょうにさせているのだろう。
領主には治める義務がある。いずれこの件も耳には入る。
それは来週か、来月か。少なくとも明日ではない。村の支払い能力は底が尽きかけているみたいだし、近いうちに高笑いして村を去る三人の図が浮かぶ。
静かに口元を引き結ぶ。
おそらく彼らも生きるためにやっている。
楽して稼ぎたいからか、はたまた冒険者として生きるには実力が足りなかったのかは知らないけど、やっていることは生きるための一手だ。魔王国で惑星魔法を作り上げる行為と何も変わらない。
でも不快だ。人を利用してほくそ笑むその在り方が、俺を利用した連中とかぶる。
俺もやりたいようにやってやる。
この苦しい現実から目をそらすためにやつ当たりしてやろうじゃないか。




