第71話
レイシア先生の知り合いということで、俺はエルフの里に連行されることが決まった。
レイシア先生の知り合いと言えど俺は人間の侵入者。ひとまずは木造の牢屋に閉じ込められた。
事情聴取を除けば食事を口にして寝るだけの生活。退屈で薄暗くてお世辞にもいい環境とは言えないものの、不思議と居心地はいい。
場所が牢屋に似た様相をしているからだろう。虐殺に手を貸した犯罪者の自分が身を置くにはふさわしい場所だ。
比較的心穏やかな生活も長くは続かなかった。男性エルフに出ろとうながされて久しぶりに日光を浴びる。
拘束されたまま長老の前に引きずり出された。
レイシア先生は長老の孫娘らしい。幸か不幸か、先生の説得もあって寛大な処分を下すことにしたようだ。
準備を整えたら出て行くようにと告げられて、俺は大きな木造建築を後にした。
見張りにはレイシア先生がついた。甘い香りに鼻腔をくすぐられながら里の出口を目指す。
「レイシア先生はどうしてここに? てっきり人類領を回っていると思ってましたけど」
「私もそのつもりでした。でも最近は情勢が不安定でしょう? 一度里に戻った方がいいと思ったんです」
「ジマルベス陥落の件ですね」
「はい。かの中立国家が落とされたとあっては、もうこの世に安全な場所はありません。人類と魔族どちらにも属さないこの里でしばらく情勢を見守ろうかと」
元の世界のスイスみたいなものか。
ジマルベスと違ってエルフの里に人間や魔族はいない。いさかいが起こる要因は限りなく排除されている。
きっとここにいれば面倒なしがらみに悩むことも、虐殺の片棒を担がされることもない。
「俺もここにいたいなぁ」
意図せずつぶやいていた。
レイシア先生が申し訳なさそうにうつむく。
「ごめんなさい。里のおきてでそれは許されないの」
「謝らないでください。そちらの事情は分かっていますし、俺に在住する資格がないことは自覚していますから」
グラネの壊滅が惑星魔法によるものと知られるまでそう時間は掛からないはずだ。
軍を相手に抗議は無謀。遺族は惑星魔法の開発者に恨みを向けるだろう。今頃血眼になって俺の居場所を探しているかもしれない。
俺がいたらこの里に迷惑が掛かる。すぐにでも出ていかないと。
「事情は聞きました。あなたが魔王国にいたことも、そこで大変なことをしてしまったことも」
「軽蔑しますよね」
細い首が左右に振られる。
かぶりを振らせてしまった。レイシア先生がここでうなずくわけないのに。
「あなたが虐殺目的で惑星魔法を作ったとは思っていません。術式の開発が楽しかったんでしょう? 励む内に、誰かの思惑に乗せられてしまったんじゃないですか?」
「経緯は関係ありませんよ。俺が不用意に魔法を完成させたから虐殺が起きたんです。きっとこれからも惑星魔法で大勢が死ぬ。条件さえ整えれば誰にでも使えるのが魔法ですから」
そうして焼かれる全員が俺の犠牲者だ。その重みが心にズシリとのしかかる。
息苦しい。ノーベルやアインシュタインもこんな気持ちだったんだろうか。
二人は偉人だから周りのフォローもあっただろうけど、俺はこの世界で何もなしていない。これからも一人で背負っていかなきゃいけないんだ。
あるいはそれこそが俺に対する罰なのかもしれない。
「ここを出たらどこを目指すつもりですか?」
「あてはありません」
「でしたら一度ニーゲライテ領に戻ってみてはどうでしょうか?」
「ニーゲライテに?」
思わず振り向く。
レイシア先生が心配そうな表情をしていたことに、今気づいた。
「カムル君には心の休息が必要だと思うんです。知らない人であふれる場所よりも気兼ねなく接せる人と過ごしてみてはどうでしょうか」
危うく失笑がこぼれかけた。
俺にそんな人はいない。居心地が悪くなって屋敷を出たし、よくしてくれたフランスキー伯爵にも不義理をはたらいた。唯一信頼を寄せていたライデリット兄さんにも年単位で手紙を送っていない。
でも行くあてはないんだ。一度故郷の地面を踏むのもいいか。
里の出口に差し掛かった。
レイシアさんが丸められた紙を差し出す。
「これ周辺の地図です。持って行ってください」
「いいんですか? ありたがいですけど、これ貴重な物なのでは」
「私が複写した物ですから大丈夫ですよ。許可ももらっています」
「そうでしたか。それじゃ遠慮なくいただきます」
地図を受け取って目の前で広げる。
ニーゲライテ領にたどり着くにはいくつか別の領土を経由する必要がありそうだ。
俺は地図を丸めてリュックの中に押し込む。
「それじゃ俺は行きます。レイシア先生もお元気で」
「はい、カムル君も元気で。私が言えた義理ではありませんけど、どうか独りにならないで」
独りにならないで、か。
それだけなら簡単だ。俺の才能が人類の中でも抜きんでている自覚はある。力を示せば寄ってくる者もいるだろう。
でも多くの命を奪って、あげく関与した術式を魔王国に置いてきた所業を知って、それでも俺に寄り添ってくれる人はいるんだろうか。




