第39話
リティアと実習場の床を踏みしめる。
授業中よりも広く感じる。人影が少ないから広々とした空間ががらんとして映る。
訓練と言っても実戦形式なら殺し合いだ。出力が抑えられていても危ない。
よって責任者の教員は欠かせない。じっと見られながら例の特性プロテクターを身に着ける。
俺は杖を構えた。リティアの方は手の平をかざす。
やることは魔法の撃ち合い。一撃でも当てた方が勝ちだ。
「行くよ」
リティアの手から水の弾が射出された。
俺は有利属性の風で迎え撃った。水弾の形がくずれて空気抵抗に敗北し、ただの水と化して床を濡らす。
続いた爆風には岩の弾で対処。風のベクトルが岩弾を起点に拡散して、残滓のそよ風が俺の髪をなでる。
ラティアが目を細めた。
「有利属性使うのずるい」
「ごめんごめん、ちょっと個人的に試しておきたくてさ」
出力に上限がかかっている身だ。最低限確かめないと怖くて仕方ない。
ともあれこれで完璧だ。制限された出力でも相殺できると分かった。
これから複合魔法でも行けるだろう。
「次が本番だ。俺はこれから水と風の属性しか使わない。さあ撃ってこい」
むっとしたリティアが再び爆風を放つ。
今度は水と風の複合魔法で迎え撃った。
水と風では風の属性が優位。リティアが風の属性に絞って魔法を連射する。
一発、二発、三発。
何度も自らの魔法を無力化されて、整った顔立ちにしわが寄る。
本来魔法を魔法で無力化されるのは屈辱的な行為だ。
相殺という一点において、後発は相手の魔法を見てから行動する。
動く間も先打ちされた魔法は宙を駆ける。対処する側にはあれこれ考える余裕がない。きれいに相殺を遂げるには、撃つ側よりも知識と技術が必要だ。すなわち防御する側の方が優秀という構図が成り立つ。
ましてや今の俺が振るうのは実習用の杖。本来のスペックには大きく劣る。
その上で魔法の属性まで縛っている。そんな相手と互角という事実は著しくプライドを傷つける。
分かった上で魔法を放つペースを上げた。攻撃一辺倒だったリティアが防御する側に回る。
俺のようにはいかない。リティアの迎撃は俺が放った魔法の端をかすめるだけにとどまる。
リティアが対処し損ねて上体を傾けた。頭があった位置を水の弾が通り過ぎる。
ただでさえ後手な状況がさらに後手に回り、後続の魔法がリティアを捉えた。
「俺の勝ちだ」
リティアに歩み寄って右腕を伸ばす。
差し出した手がやわらかな手に握られた。
「カムルはすごいね。魔法の防御は難しいのに、私の攻撃を全部正確に相殺してた」
「言っておくけど戦闘経験の差じゃないぞ」
「才能の差?」
「違う違う。しいて言うなら力を抜いているかどうかだ」
「どういうこと?」
あどけない顔立ちがきょとんとする。
「リティアは全力で魔法を放ってるよな?」
「うん」
「それが駄目なんだ」
「どうして? 全力で魔法を使わないと相殺することもできないのに」
「相殺する必要はないからさ。防御なんて魔法の軌道を変える程度の出力でいいんだ。全力で放ったら反動があるし余力もなくなる。それじゃ次の魔法に対処できない」
「でもそれ難しいよ」
「そこで複合魔法の出番だ。あれなら低い出力でも相応の威力になる。威力を抑えた分だけ狙いも正確になるし使わない手はないだろ」
二つ以上の属性は反発する。
複合魔法は、その反発すらも利用して威力を高めた代物だ。意図して威力を抑えても単属性の魔法相手なら拮抗できる。
「あ、でもリティアは魔法の出力抑えるの嫌なんだっけ。じゃあ俺に教えるのは無理だな。悪いけど他を当たってくれ」
ダメ押しに背中を向けた。足を進めようとして体が止まる。
振り向くと細い指がそでをつまんでいた。
「待って。やらないとは言ってない」
「無理しなくていいぞ。地味な魔法は嫌なんだろ?」
「地味でもやるの」
作戦成功だ。プライド高めの魔族なら煽ってやればのってくると思ってた。
込み上げた笑いを抑え込んで微笑む。
「じゃあ複合魔法の基礎から始めよう」
「お願いします」
俺は人生二人目の生徒に対して魔法のあれこれを説く。




