他力本願が甚だしい、の話
前にも、漢字のことで少し書いたのだが、自分は「字面」が、とても気になる。
漢字だけじゃなくて、平仮名や片仮名も含めて、見た目って大事だよなと。
字面って書くより、字ヅラって書くほうが、なんとなく堅苦しさが抜ける。
片仮名より、カタカナのほうが、しっくりくる。
でも、かたかな、って書くのは、片仮名の尖りかたにそぐわない感じ。
平仮名は、丸くて柔らかい印象があるから、やっぱり、ひらがな、だよな。
活字は音と違って、見た瞬間に、意味や雰囲気をパッと判断してるとこある。
百聞は一見に如かず、ってやつだ。
見た時に、その個人の持つ法則で意味を判断したり、雰囲気を感じたりする。
これは人格ってだけでは足りない、より広い意味での「個」の性質に依存してる。
十人十色ってやつだ。
同じ活字を見ても、人それぞれ捉える意味も雰囲気も違うってことだな。
同じ話を読んでも、結果が同じではないし、過程での印象も様々。
たとえば「1+1=2」という話の流れや結果は同じであったとしてもだ。
「イチ+イチ=ニ」「いち+いち=に」「イチ足すイチはニ」というふうにさ。
極端に言えば「なんで足し算のマークは+なんだろ」と思いながら読む人もいる。
見えてるものも感じるものも、みんな、違う。
もっと分かり易く言えば、キャラクター名の苗字が「羽生」だったらどうか。
将棋好きな人なら「はぶ」と読むだろう。
フィギュアスケート好きなら「はにゅう」と読むだろう。
これくらいの差は、ザラにあるってことだ。
その漢字における、個々の持つ印象も違うよねっていう。
しかも、脳が判断するのは、一瞬。
その字面の威力よ。
だから書く側が「そう見せたい」と思うなら、見えるように書かなきゃならん。
まぁ、そうは言っても、完璧に同じにすることは不可能なので。
できるだけ「そっちに寄せる」という努力をするわけだ。
なんとなく、そんなふうに感じてもらえるといいな、くらいに。
だからこそ、字面って大事だと思うんだよ。
自分が、どう見せたいかという我儘な主張も混じっているとしても。
加えて、使いにくいものとか、誤読を招きかねないものとかは迷う。
「辛くて辛い」
お前は「つらくてからい」のか「からくてつらい」のか。
はたまた「つらくてつらい」のか「からくてからい」のか。
つらい気持ちになっているから、辛い味に感じられるの?
辛い味のものを食べているから、つらくなってるの?
ものすごくつらいの? ものすごくからいの?
どれだよ!
これな。誤読を招きかねないってのは。
もちろん前後の文章を読めば、どっちなのかはわかるさ。
でも、パッと見てわからないと、一瞬、そこで「ん?」てなるじゃん。
それなら「ツラくて辛い」「辛くてツラい」って書けばすむ。これで終わり。
平仮名にすると、少し「つらい」気持ちに重みが出る。
片仮名の「ツラい」や「イタい」っていうのは、見た目にちょっと軽いから。
「彼の心は痛んでいる」「彼の心は傷んでいる」
自分は、こういう書きかたをするが、これは明確に書き分けている。
「痛んでいる」っていうのは、ある事象に対しての感情の揺れ。
可哀想だな、悲しいな、せつないな、っていう。
対して「傷んでいる」っていうのは、その人物の心がどうであるか。
果物が腐ったり、機械が故障したりする感じで、駄目になってるって雰囲気。
本人の心が大きく傷ついている(損傷)しているという意味で使っている。
あと、よく使うのが「暖かい」
これはなぁ、自分でも「温かい」だとわかっていても使ってしまう。
完全に自分の我儘。見た目に対しての「個」の判断でやっちまってるわけだよ。
だって「温」って、なんか「ぬるそう」なんだもん……。
自分の感じてほしい印象としては「もっと、あったかい感じ」なんだよな。
暑いとまではいかないが「温」より、もうちょっとだけ熱量を感じてほしくて。
それ、当て字だろ。
その通り。こういうのは、当て字って言われる類のものだ。
普通に、誤字だし。単なる個人的な字面嗜好だし。
あれ?と思う人のほうが、本来、正しい。それはもう間違いない。
なので、比較的、平仮名にしてしまうことのほうが多かったりはする。
とはいえ、平仮名は前後の言葉と、くっつき易いという別の問題が発生。
あとは、(自分の中で)しっくりくるかどうか、ってとこかな。
字面的に、しっくりくるかどうかで、あえて当て字とされている漢字を使う。
洒落がきいているとか、嫌味な感じがするとか。
基本的には、ひとつの話の中では、だいたい同じ使い方をするようにはしてる。
キャラクターや話の流れによって違ってくる場合もあるにはあるが。
面倒くせえなぁ、おい。
うん、自分でもそう思う。
だから、それは自分が分かっていればいいので、こちらから言うことはない。
でも、誤字報告はしてもらえると、非常にありがたい。
本物の誤字はもちろんだが、誤字ではない場合も再読して修正することがある。
たとえば、誤字報告上では漢字の間違いになってるのを見て思うわけだよ。
「あれ? なんで平仮名にしてないんだ?」など、気づかせてもらえる。
他力本願も甚だしい奴だよな、うん。
実際、かなり頼っていたりするので、報告が来ていると喜ぶ。
というのもね。
誤字報告してくださるということはだね。
すごく真面目に、一生懸命に読んでくださっているということなのだよ。
これは、ものすごくありがたいことじゃないか。
それに、自分は、それもひとつのコミュニケーションだと思っている。
「ここ誤字? どっちかはともかく用法としては誤字だよ」
「了解。ここは、誤字。ごめん、こっちは、これ使いたいんだ、誤字ってるけど」
勝手な妄想だが、自分の中では、こういう雰囲気で見直ししてる。
だから、適用しなかった場合でも、削除したことはない。
のちに、見直して「あ~、でも、やっぱコレ直そう」と思うこともあるからね。
なので誤字報告でも感想欄でも、気になった部分を教えてもらえるとありがたい。
気づかずに誤字ってるほうが恥ずかしいじゃん。
あえて使ってるとしても、見直すきっかけになるじゃん。
自分が納得するかどうかじゃなくてさ。
だって、完全な誤字だったら「OH!誤字ってるわ!」で、即修正するよ。
あとは意図的だったり、字面嗜好だったりだから、自分の納得感の問題じゃない。
自分の意図や字面嗜好を、読み手のかたに「そうなんだ」と思ってもらえるか。
「こいつなりに考えてやがるのだな」と思ってもらえればいいなと。
もちろん、感想欄に書いていただいていれば、ちゃんと返事させてもらうし。
てなわけで、字にも「外見」的要素があるって話なのだよ。
書き出すと、あれもこれもとなるので、象徴的なものだけ、今回は。
※ 誤字か書き手の嗜好か迷ったたら? お気軽に誤字報告にて!
→修正「誤字ってたのか、フフ」
→修正なし「字面嗜好かよ、ハハ」
と、思っていただける程度の気軽さでいいのではと、自分は思っています。




