閑話 ルルイエ
ガイリア王国からみて北西にロンデン王国がある。
リントライト王国の時代は侯爵領だったが、愚王モリスンがアスピム平原会戦に敗れたと知るやいなや独立を宣言し、瞬く間に周囲の王国直轄領を併呑して勢力圏を築きあげた。
国の規模としてはガイリアに次ぎ、旧リントライトから独立した国の中では二番目に大きい。
経済規模で考えると凌いでるかもしれない。
陸封されたガイリアシティと違って、ロンデンの王都マルスコイには港があり、西方大陸との海上貿易も盛んだから。
なにより、政情が安定しているというのも強い。
戦争もないまま独立したし、天空から邪神が降ってくるなどという常識外の不運にも見舞われなかった。
マスルがダガンと戦ったり、ガイリアがアザトースと戦ったり国王が交代している間に、順調に国力を充実させてきた。
「兄上! 起きてください!」
ある日の早朝、ノックもなしに国王の寝室に飛び込んできたのは王妹のシュイナ。
「む……なにごとか……」
豪奢な寝台の上、王であるシュメインがゆっくりと薄目を開ける。
「起きろって言ってんだろ! クソ兄貴!」
その目に映ったのは、すでに空中にいる妹だった。
そろえた膝がまるで凶器のように降ってくる。
「あぶねぇ!?」
一瞬の半分くらいの時間で覚醒したシュメインかごろごろと転がって回避する。
ぼすっと景気のいい音がしてベッドが沈んだ。
「てめーは兄を起こすのに膝落としすんのか!!」
「そんなことより大変なんです兄上!」
下手したら死んでしまうような攻撃をそんなことと流しておいて、シュイナが兄の腕を取る。
俺の命はそんなことらしい、とシュメインは絶望したが口には出さなかった。
どうやら本気で急いでいるらしいし、怒らせたら怖いから。
どうにかしてこいつをガイリア王ライオネルに押しつけられないかな、などと、どうでも良いことを考えながら引っ張られていく。
「なんなんだいったい」
「西海に島ができました!」
「お前も寝ぼけてるのかシュイナ。ある日突然島ができるわけないだろ……」
言いながら、王宮の窓に映る景色に、シュメインの顎がかくーんと落ちた。
島があった。
マルスコイの港の西、一里(約四キロメートル)くらいのところに巨大な島が浮かんでいる。
「……夢か。疲れてるんだな」
「現実だ。受け入れろクソ兄貴」
人前でないとはいえ蓮っ葉すぎる妹に辟易しながら、シュメインは考え込んだ。
島というのは突然できたりしない。
半里(約二キロメートル)もあるような陸地が隆起してきたら、昨夜は大津波とか起きていただろう。
そんな予兆などなにもなかった。
「建物のようなものが見えますね」
「都市、なのか?」
目をこらせば、いくつも巨大な建造物があるように見える。
それに鳥だろうか、黒い影が飛んでいるのも見て取れた。
「いや、鳥にしてはでかくないか?」
「どうします? 兄上、調査隊を出しますか?」
「バカ言うな。あんな得体の知れないところに大切な兵士を送り込めるか」
単独では、と付け加えるシュメイン王。
あまりにも超自然的な現象である。なんの根拠もないが、悪魔が絡んでいると考えるべきだろう。
だとすればロンデン一国の手には余る。
「すぐにイングラル殿と、お母ちゃんに連絡を取ってくれ」
了解と告げてシュイナが駆け去っていく。
後ろ姿を見送りながら、シュメインはため息をついた。
最悪の事態に備えておいて何もなかったときは笑い話で済む、と、内心で自分に言い聞かせる。
信じてもいないことを。
「廃棄された中古品だけど、ちゃんと動いて良かったね」
黄色いマントを羽織った少年がにこやかに笑った。
「私たちに起動させておいて」
「あなたはいったい何をしていたのですか。ハスターさま」
にこやかとは正反対にいる顔で女性型の悪魔が言う。
黒い長髪と同じ色の瞳を持つのがロイガー、明るい金髪で青い目がツァールというのだが、ハスターと同様にかりそめの姿でしかない。
とはいえ、本当の姿では重力の底である惑星の上では活動しにくいのもたしかなので、ほとんどの悪魔は人間型を維持する。
「やっと辿り着いたんだ。お母さんに会いたいじゃないか」
「で、負けて帰ってきたと」
「おめでたすぎますね」
存分に皮肉を飛ばすロイガーとツァールだが、この二体はハスターの眷属であり、仕えている存在だ。
「お母さんに会いに行くんだーって勇んで出かけて」
「力の四割も失う大怪我をしたあげく」
「ビヤーキーを四機も墜されて、すごすご逃げ帰ってくる」
「本当に、いったい何がしたいんですか、あなたは」
息ぴったりでいじめてくる双子の邪神。
力の格としては取るに足らない存在なのだが、なぜかハスターはたじたじである。
「ともあれ、要塞ルルイエの起動、ご苦労だったね」
咳払いして話題を変える。
ルルイエはかつて存在した邪神の根城であるが、滅びとともに海中に欲した。せっかくなので再起動して本拠地にしようとハスターが命じ、ロイガーとツァールがその作業に当たっていたのだ。
「そういえばハスターさま。作業しているときに休眠中のクトゥルフの細胞をみつけました」
「へえ? 完全に滅びたわけじゃなかったんだ。あいつ」
ツァールの報告に対し、興味深そうに下顎を撫でる。
「力を注げば復活させられそうですが、どうします?」
べつに、ほっといてもとどめを刺しても良いですがと付け加えるロイガー。
邪神ハスターと邪神クトゥルフが不仲であったことを、彼女たちは知っている。
「面白いね。私の力が戻るまで、あいつに一暴れしてもらおうか」
人を斬ったばかりの三日月刀のように、赤い唇を歪めるハスターだった。
新1章 完
※著者からのお願いです
この作品を「面白かった」「気に入った」「続きが気になる」「もっと読みたい」と思った方は、
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただいたり、
ブックマーク登録を、どうかお願いいたします。
あなた様の応援が著者の力になります!
なにとぞ! なにとぞ!!




