閑話 父と娘
「官房長官閣下、第四回の訓練実績報告書をお持ちしました」
「お疲れ様です。すぐに目を通しますので、ちょっとだけお待ちいただけますか」
そういって、執務室のソファを指し示すジェニファ。
ガイリア王ライオネルの側室であり、官房長官の顕職にある才媛である。
「お茶いれますね」
「気を遣わなくて良い。俺の方が格下なんだからな」
「ゆーて、訪ねてきた父親に茶のひとつも出さない娘だ、なんてお母さんに告げ口されたら困るから」
「そんなしょうもない告げ口せんわ!」
冗談を言って笑い合う。
彼の名はロレンス。ガイリア軍の大隊長の一人であり、ライオネルやカイトスからの信任も厚い将校であり、ジェニファの父親だ。
ロスカンドロス前王がドロス伯爵だった時代から仕えており、堅実無比な指揮官である。
この父のすすめで、ジェニファは宮廷ではなく市井で働くことを選び、ライオネルと出会う。
ある意味で、歴史の陰の立て役者といえるだろう。
父の前にティーセットを置き、娘が書類に目を通す。
「まだまだ練度が低いわね……百人以上が怪我って」
「訓練に怪我はつきものだが、半数以上が新兵ではな。むしろたった四回でここまで引っ張り上げられたのは、カイトス将軍やキリル参謀の手腕あればこそだろう」
カップに口をつけ、片目だけ開けてロレンスが言った。
邪神アザトースの分体が襲来したことにより、ガイリア軍は壊滅的な打撃を受けた。
軍だけでなく、政務機関も同様である。
一気に無政府状態に陥る可能性もけっして低くはなかった。ぎりぎり踏みとどまれたのは、まさに『希望』の名声あればこそ。
軍神ライオネルが王位を継ぐ、と早々と発表されたから、ガイリアの人々は絶望せずにすんだという側面も強い。
闘神アスカや大賢者ミリアリア、聖女メイシャなど綺羅星のような蓋世の英雄たちであれば、この国難を乗り越えられると期待されたのである。
とはいえ、現実というのはなかなか厳しい。
彼らは有能であり優秀であるが、ただの人間にすぎず、自ずと能力の限界がある。
カイトスやキリルにしても同じだ。
素人同然の新兵どもを一人前の兵士に成長させるには、まだしばらくの時間が必要だろう。
「あと、中級指揮官が足りないんだ」
「軍事は詳しくないけど……冒険者のクランリーダーみたいな感じかな?」
「ニュアンスとしては近いかもだな」
ガイリア軍と最小部隊構成は五十名。これを小隊と称している。
それを率いる小隊長が中級指揮官だ。
十個の小隊を束ねたのが大隊で、これを指揮するのが大隊長で上級指揮官と呼ばれる。
ジェニファの父ロレンスは、この上級指揮官だ。
非常に簡略化していえばガイリア軍三万は六百の小隊で構成されている計算になる。
六百人の小隊長が必要になるのだ。
「でも、それってかなり難しい仕事なんじゃない? 冒険者のクランで五十人いるところなんてほとんどないけど?」
トップクランの固ゆで野郎と葬儀屋くらいのもので、それに続くご意見無用は三十人に届かない。
「難しいなんてもんじゃない。一人前の兵士になるのは大変だが、一人前の指揮官になるのは、その十倍も大変なんだ」
上役に筋を通せる説得力、下の者への目配り、作戦時の決断力、どれひとつでも欠けたらその小隊は崩壊まっしぐらだ。
崩壊するということは、五十の命が消えるということ。
重圧も半端なものではない。
「機械の部品ではないからな。壊れたら取り替えるというわけにもいかんのだ。また一から人材を集め、育てないとのいけない」
「にもかかわらず、我が二人も引き抜いてしまって、申し訳ないと思っておるよ」
執務室の入り口が開き、子供特有の甲高い声が響いた。
立っていたのは幼女である。
「ケイちゃん……」
「王妹殿下……」
ジェニファは呆れたように首を振り、ロレンスはかしこまって低頭する。
ガイリア軍の中級指揮官不足を、さらに悪化させた犯人が、この王妹のケイだ。
小カイトスとの呼び声も高い王国軍最年少の小隊長であるサイファと、軍学校時代のライオネルのライバルだったメリスが、王妹殿下の直属になりたいと転属願いを出したのである。
大将軍カイトスと参謀総長キリルが、それぞれ国王ライオネルに厳重な抗議をおこなったほどの、軍にとっての痛恨事だ。
「十代と二十代の小隊長だものな。我がカイトスどののお立場なら、引き抜いた者を射殺しておるわ」
からからと笑う。
犯人のくせに。
「笑ってる場合……?」
うろんげな顔を向けるジェニファ。
「泣いてあやつらが原隊に戻るならいくらでも泣くが、頑固でのう」
頑としてケイの配下から動かないという。
さすがライオネルさんの妹、とんでもない人たらしですね、とジェニファは思ったが口には出さなかった。
「それで、唐突にどうしたんですか?」
口にしたのは別の問いである。
「罪滅ぼしというわけではないが、人材確保のために国内をまわってみようかと思っての。行動の許可をもらいにきたのじゃ」
ジェニファは官房長官なので、ライオネルが不在の際には代理で玉璽を捺す役割を担っているため、こちらを訪ねたという事情だ。
「スカウト旅ですか。危険では?」
まだまだ国内は落ち着いていない。
治安の悪い場所だって数多くあるのだ。
「それよ。民心の安定をはかる狙いもある」
にやり、と、ケイが笑ったが、ただ可愛いだけであった。
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