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行方不明

  

 秘密の魔法の特訓を終えて、宿屋へと戻ってきたリオンを呼びに来たのはクロウだった。部屋に入ってくるなり、彼は何故か首を傾げた。


「あれ、アイラ姫はこちらにはいらっしゃらないのですね」


「アイラ?」


「ええ。お隣の部屋に呼びかけたのですが、居ないようだったので、てっきりリオン様の部屋で一緒に過ごしているのかと思っていたのですが……」


「何だと?」


 自分が外へと出るまで隣の部屋にいる気配はしていたが、知らないうちに出掛けたのだろうか。


 確認してみようと、リオンはアイラが泊っているはずの部屋へと向かった。アイラの部屋の扉を叩いてみるが、クロウが言っていた通り、中から返事はない。


「アイラ、開けるぞ?」


 一度、声をかけてから扉を開けてみても、やはり部屋の中は空っぽだった。


「アイラ姫、いませんねぇ……」


 荷物と長剣は壁沿いに置きっぱなしであるため、少し出掛けているのかもしれない。


 そう思って、何気なく机の上に視線を向ければ、明らかにアイラが書き残したであろう書き置きがそこにはあった。


「ん? ──必要な物があったので、買い物に行ってきますって書いてあるぞ」


「おや、本当ですね。ですが、もう外は暗くなっていますし……。ふむ、イグリスにも協力してもらって、魔法で探してみますね」


「ああ、頼む」


 クロウが部屋から出て行き、リオンはその場に一人、取り残される。

 灯りが付いていない部屋は、窓の外から射し込んでくる夕陽によって淡く照らされていた。


 人々が仕事を終えて、家へと帰る時間が迫ってきているというのに、アイラはどこに行ったのだろうか。


 少しの間だけ物思いに耽っていると、窓の縁に何か白い物が置いてある気がして、リオンは首を傾げた。


「何だ、これ……。首飾り?」


 リオンが手に取ったのは乳白色の雫が付いた首飾りだった。このようなもの、アイラは持っていただろうか。

 彼女は基本的に装飾品を身に着けることを苦手としているが、と思ったがどうやらこの首飾りは魔具らしい。


 手に取ってみれば、柔らかな感触が(じか)に伝わってくる。

 持っているだけで、何故か気持ちが穏やかになってくる気がして、この首飾りが持つ魔力の効果だろうかとリオンが一人、首を傾げていると目の前の窓を叩く音が聞こえた。


 顔を上げてみれば、窓の外の(ふち)のところに黒い鴉が一羽、羽を休めていた。リオンはその鴉がすぐにクロウが変身した姿だと気付き、窓を開ける。


「どうしたんだ、クロウ」


 見た目はどこにでもいるような鴉だが、感じられる魔力はクロウそのものだ。

 クロウは結界を張ったり、防御魔法をかけることが得意だが、同様に得意なのが鴉へと変身する魔法だった。


「リオン様、イグリスが町の人達から気になる話を少し聞いたようで……。付いてきてもらえませんか」


「え? ……分かった」


 クロウの声色はあまり明るくはなかったため、何となく嫌な予感がしていた。


「クロウ、風魔法を俺にかけてくれ」


 リオンは乳白色の雫が付いた首飾りを握りしめたまま、クロウに向けて、命令口調で言い放つ。


「まさか、この窓から下に降りる気ですか」


「その方が早い」


「仕方ないですねぇ。分かりました」


 鴉の姿のまま、クロウは風魔法の呪文を呟き、そしてリオンに向けてその魔法をかけた。


 身体が持っているはずの体重が消え去った感覚を確認してから、リオンは窓の縁へと足をかけて、思いっ切りに窓の外へと飛び出した。




 空を鴉の姿のままで飛んで行くクロウの後を追っていけば、制服を着こみ、帯剣している者達と何やら話をしているイグリスが目に入った。


「あれは……騎士団か」


 最北の町に置かれている騎士団の制服は濃い青地に、灰色の外套が常である。

 配属される騎士団ごとに色が分かれているため、他の騎士団とは区別が付きやすいようになっていた。


「ええ。アイラ姫を探そうと思って、騎士団の人にも尋ねてみたんです。彼らならば、行き交う人をよく見ているだろうし、何より……」


「何より?」


「アイラ姫が以前、騎士団の者と剣術の手合わせをしたいと言っていたので、もしかするとお邪魔しているかも、と思いまして……」


「……言っていたな」


 クロウの言う通り、アイラは剣術の心得があるため、強者と戦うことを望む節があった。


 だが、だからと言って、この状況下で騎士団の人間に手合わせをしたいなどと自分勝手なことを言い出すわけなどないのだ。


 クロウは鴉の姿から通常の姿へと戻り、イグリスにリオンを連れてきたことを伝える。こちらを振り返ったイグリスは、蒼白という言葉が似合う顔になっていた。


「どうしたんだ、イグリス」


 イグリスはアイラの従者だが、それでもリオンが小さい頃から顔を合わせているので気心が知れた人間の一人だ。


 アイラとイグリスの仲は主従としてだけではなく、傍から見れば仲の良い姉妹のようにも見える時がある。

 可愛い妹を取られた姉のように、イグリスはたまにリオンを威嚇してくるが、普段は冷静で毒舌な女性だ。


 そんな彼女が戸惑っているような、怖がっているような表情をしている。つまり、イグリスにとって、起きて欲しくなかった何かが起きているということだろう。


 だが、リオンが声をかけるや否や、イグリスはすぐに表情を無理矢理に顰めた。


「ご報告があります。こちらの騎士団の方々にお話を伺ったところ、お嬢らしき少女が市場の方で目撃されたらしいです」


「市場? それはいつ頃の時間帯だ」


「二時間ほど前かと」


 二時間前なら自分が外で密かに魔法の練習をしていた時間と重なっている。リオンは周囲に気付かれないように小さく、唇を噛んでいた。


 アイラの容姿は赤いリボンで栗色の髪を一つにまとめている上に、いかにも旅人らしい服装である。


 その情報をもとに、騎士団の団員や周辺に行き交う人達に話を聞いたところ、町中の市場で魔具を買おうとする姿が見かけられたらしい。


「……その魔具を買った店は確認したのか」


「露天商だったらしく、今は閉店したのか立ち退いているそうです」


「そうか……」


 アイラは一体、どこへ行ったというのだろうか。すでに夕方となっている時間帯だというのに、戻ってこないのは少しおかしい気がする。


「それに……」


 イグリスが顔を上げてから、細い声で呟く。


「それに、お嬢の匂いが周辺から感知出来ません。まるで、近くにいないみたいに」


 アイラとは違い、イグリスは元々カルタシア王国出身の人間だった。それなりに高い魔力を持っており、得意な魔法はクロウ同様に動物に変身することである。


 また、知覚を強化する魔法も得意であることから、彼女の索敵は暗殺者も驚くほどに敏いものだ。


「……知らない町で迷子なわけがないよな」


「お嬢は一度、覚えた道は絶対に忘れません。でなければ、ラウリス国周辺の森で狩猟を行う前に迷子で餓死してしまいますからね」


 イグリスの反論にリオンは同意するように頷く。


 最初にアイラと会った時は、どうやら彼女は森の中で迷子になっていたみたいだが、年齢と共に経験を積み、森の中を熟知したらしい。


「となると、アイラの身に何かが起きた可能性があるな」


「本格的に騎士団の方に行方を捜してもらうことも出来ますよ。……こちらの身分を明かせば、更に容易くお願い出来るかと」


 クロウの目が更に細められる。それでもリオンは渋い顔をするだけだ。


「出来るならば、周囲に混乱を招くようなことはしたくはない。まぁ、俺が子どもの姿をしているから、真実を話したところで王子だと信じてもらうのは難しいだろうけれどな」


 近くに騎士団の団員がいるため、リオンは出来るだけ小声で告げる。クロウも言ってみただけだったようで、それ以上を口にはしなかった。


 どうやってアイラを捜そうかとリオン達が話していると、別の騎士団の団員がこちらに向かって走って来ていた。


 その場にいた騎士団の者達と何やら込み入った話をしているらしく、彼らの顔は次第に顰められていく。


「……何か、ありましたか」


 頃合いを見て、クロウが静かに訊ねると騎士団の団員は気まずそうな表情で振り返った。


「いえ、それが……。そちらが捜しているお嬢さんと関係しているのかは分かりませんが……」


「構いません。教えて下さい」


「分かりました。……実は近隣の村にある孤児院から、大勢の子どもがいなくなったそうなのです」


「はい?」


 騎士団の男が言っている言葉の意味は分かっているが、それでも理解が出来なかったため、リオンは今の姿に似合わず、冷たい声で聞き返してしまう。


「どういうことなのか、詳しく話して欲しい」


 子どもにしては大きな態度だと思われているかもしれないが、この状況下でわざわざ子どもらしい態度を取る気にはなれないため、リオンは素のままで団員へと訊ねた。


「子ども達が暮らしていた孤児院に勤めているシスター達が魔法か何かによって、眠らされていたらしいのです。しかも、数日ほど」


「……確かに、眠りに関する魔法は色々とありますが……」


「ですが、孤児院の扉がずっと内側から閉められていたようで……。普段ならば子ども達が外で遊んでいるので、数日も建物の中から出て来ないのはおかしいと思った村人達が無理矢理に扉を壊して、中へと入ったそうなんです」


 騎士団の団員が仕入れてきた情報いわく、村人達が子ども達やシスター達の所在を確認するために扉を壊して、中へと入ったところ、甘く重ったるい匂いが室内に充満しており、その匂いを深く嗅いでしまったことで、その場で倒れた者もいるらしい。


 匂いを嗅がないようにと口元を布で覆って、更に奥へと進んだところ、そこには自らのベッドで眠ったまま目を覚まさないシスター達の姿があったのだという。

 そして、子ども達は全員が消え去っていたのだ。


「……眠りの魔法か? それで、そのシスター達の容態はどうなんだ」


 見た目は子どもだというのに騎士団の団員に対して不遜な態度を取るリオンに嫌悪することなく、団員は言葉を続けてくれた。


「今は治癒魔法が扱える者に預けているそうです。長らく眠っていたので通常の健康状態に戻るまでに時間はかかるそうですが、命に別状はないとのことです」


「そうか……」


 国民のほとんどが魔力を持っており、簡単な魔法ならば誰でも扱えることから「魔法の国」と呼ばれているカルタシア国内では時折、魔法を悪用した犯罪が行われていた。

 もちろん、それらは正しい法律の下に規制され、裁かれるのだが、一向に減らないのが現実だ。


「大勢の子どもを攫うために、そんな足掛かりな魔法を……。卑劣ですねぇ」


 そう呟くクロウの細められた瞳が一瞬だけ鋭く光ったように見えたのは気のせいではないだろう。


「子どもを攫うなんて、人身売買でもするつもりか? はっ……。それこそ、そいつらが太陽の下で生きられないように、熱を受ければ溶ける魔法でもかけてやろうか」


 ぼそりと呟くリオンの低い声が聞こえたのはクロウとイグリスだけだ。彼らは同意するように肩を竦めている。


 人身売買はカルタシア国内だけではなく、他国でも禁止されている腫れ物扱いの国際条例だ。


 以前は奴隷として人が売り買いされていたが、人権という考え方が根付くようになり、争論が起きたのである。


 数百年程前に人身売買はどの国でも禁止されるようになったが、裏の世界では今も商業として成り立っているらしく、その尻尾を騎士団や国が捕まえようとしているのが現状だ。


 ……だが、大勢の子どもを一度に攫うなんて、今まで聞いたことがないぞ。


 人を一人、攫うだけでも簡単にはいかないだろう。つまり、相手はそれなりの計画性を持った上で、人攫いを実行したことが推測できる。


 リオンが口元に手を当てつつ、小さく唸っていると、イグリスが騎士団の者へと更に訊ねた。


「……攫われた子ども達の歳っていくつなんですか」


「確か、全員が十歳に満たない魔力持ちの子ばかりです」


「十歳……。さすがにお嬢が十歳に間違えられて、攫われるわけなんて、ないか……」


 団員の返答にイグリスはぶつぶつと一人で呟いている。


「とにかく、我々はそちらのご令嬢を捜しつつ、攫われた子ども達の行方を探りたいと思います」


「ああ、何か進展がありましたら、宜しくお願いしますね」


 リオンに代わり、クロウが年長者らしく穏やかに答える。騎士団の者達はこちらに背を向けて、慌ただしく去っていった。


「……リオン様、本当は攫われた子ども達の行方を自分で探したい、と思っていらっしゃるでしょう」


「……」


「駄目ですよ、騎士団の仕事を取るようなことを考えては」


「分かっている。……確かに気がかりだが、その件は騎士団に任せておいて、今はアイラの行方を捜すとしよう。──イグリス、アイラが立ち寄った露天商があった場所は目星が付いているんだろう? その場所を教えてくれないか」


「それは構いませんが、何をするおつもりで?」


 イグリスが訝しげな表情を浮かべながら、眉を中央へと寄せている。リオンは細い腕を組んでから、鼻を鳴らすように言った。


「足跡というものは、目に見えなくても刻まれるものだ。それを見つけにいくぞ」


 


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