提案
「………怠い。」
ソファーの肘掛けにぐったりと頭を置いてアイネスは呟く。昨夜から今朝にかけての疲れでアイネスがソファーでぐったりしていると苦笑いでシュンが紅茶を入れてアイネスの隣に腰をかける。
「もぅ、シュンのせいだからね。」
シュンから紅茶を受け取り一口すすれば蜂蜜の甘い味と紅茶の渋みが口に広がる。
美味しいと呟けばシュンが微笑む。
「俺は積極的なアイネスが見れて楽しかったけど?」
「……シュンのバカ。だいたい魔法なんかじゃないってなんで直ぐに教えてくれなかったの?というか、そもそもシュンが紛らわしい事してるから悪いんだからね。」
「それはアイネスが単純なのがいけないのでは?だいたい少し考えればわかるだろう?」
「それは、そうだけど……。でも本当にエレンさんに、穴の空いたコインをゆらされたら眠くなっちゃって起きたらあんな所にいたんだもん。」
そんな不思議なことが起こったら信じるでしょ普通とアイネスは頬を膨らます。
「穴の空いたコイン?……これか?」
シュンはスーツのポケットからアイネスが指すコインを取り出した。それは義理姉がシュンに良ければ使ってと渡してきたものだ。
シュン曰くそれは大昔どこかの国で流行った催眠術というまじないの一種であるらしい。純粋に信じる人はかかりやすいとかなんとか。
シュン達兄弟も以前エレンに試しにされたことがあったが残念ながら一人もエレンの催眠術にはかかったことがなかった。
「………そんな。」
アイネスはシュンの説明を聞いてがっくりする。
「私って……単純ってことかな?」
「そうだな。」
間髪入れずにシュンが肯定してくる。
「……たまたまだわ。たまたまかかったのよ。」
落ち込むアイネスにシュンは苦笑いする。
「それならアイネス、もう一度してみるか?」
ほら、とシュンはコインをたらし左右に振ってみる。
「アイネスは段々俺の上にまたがり…」
「そんなのかかりたくないわよ!」
叫ぶとアイネスはシュンに頭突きを、お見舞した。
シュンの催眠術はアイネスに無効。
「それより!カイさんはご結婚なさってたのね。」
「……まぁな。」
アイネスに頭突きをされムスッとしているシュンが答える。
「シュン……。さっきのは貴方が悪いわ。そんな顔してないでよ怖いから。」
「元々の顔ですお嬢様。それより頭突きはいささかレディーとしていかがなことでしょう。」
全く……アイネスはため息をつき不機嫌な顔のシュンを無視して話し出す。
「じゃあ、エレンさんはもし私達が結婚したら私にとっても義理姉さんになるのね!私姉妹いなかったからなんかうれしいわ。」
「……アイネス。“もし”じゃない。俺達は結婚して夫婦になるんだ。それはどんなことがあっても絶対だ。」
真顔でシュンに言われればドキリとする。
すると突然シュンはソファーからアイネスの足下にひざまずく形をとる。
「しゅ、シュン?」
突然のシュンの動きにアイネスは戸惑ってしまった。
そんなアイネスを尻目にシュンはアイネスを真っ直ぐに見つめ、そっと手を取るとアイネスの左手に口づける。
左手にシュンの暖かい唇の感触が伝わると急にアイネスは恥ずかしくなり顔を赤らめてしまった。シュンはそのままそっと顔をあげるとアイネスを真っ直ぐに見つめて口をひらく。
「アイネス……俺は貴方に俺の妻に…」
バン!!!
シュンの言葉を遮るように部屋の扉が豪快に開いたかと思えば、楽しげな声が響く。
「アイネスちゃん!シュンちゃん!昨日は楽しかった?……って、あらごめんなさい。」
固まっている二人と対照的に、お邪魔しちゃったわねとエレンは満面の笑みで微笑んでいる。
その後にはなぜか天を見ているカイがいた。
「義理姉さん………。なんの嫌がらせですか。」
ふと我にかえったシュンはこめかみを押さえて呻く。
「あら、酷い。シュンちゃんに嫌がらせなんてしないわよ。だけど、もう少し雰囲気良いと良いんじゃないかなーと思うわ。」
この人は絶対わかっててやってる。シュンは確信した。
「あ、エレンさん。昨日はキモノありがとうございました。あの、きれいにしてお返ししますね。」
アイネスも我に返り慌てて話題をかえる。
「あら、良いのよ。あれはアイネスちゃん用に見繕ってきたものだから。それよりシュンちゃんのキモノはどうだった?」
シュンのキモノ姿……。
昨日のシュンを思い出す。あれは凄く似合っていた。だけど、周りに女の子を侍らせて胸元を露出していた事実も同時に思い出してしまいモヤモヤしてしまう。
「………凄く………似合わなかった……です。」
アイネスはモヤモヤから思わず反対の言葉を言ってしまう。
本当はアイネスはシュンをより引き立たせ、とても色っぽく素敵で、ずっとその姿を見ていたいと思ってはいたが………
ーーーーあんなに素敵なシュンの姿はもう誰にも見せたくない。
完全なアイネスのヤキモチ。
「アイネス…。」
アイネスの返答にシュンは少しだけ密かに落ち込む。
「あら、残念。じゃあ、他の色をシュンちゃんにあてがいましょうか。」
白々しくエレンがうーんとうなると慌ててアイネスが付け加える。
「や、あ、あの!シュンはキモノはもう着なくて良いんです!」
これには流石にシュンも項垂れる。そんなに似合わなかったか?
そんなシュンに気づきアイネスは更に慌てる。
「いや、あの……。本当は似合ってたけど、その……他の人に見られたくないというか……なんというか……。」
本音を言えば恥ずかしくて今度はアイネスが俯いてしまう。
「アイネス……。」
アイネスとは逆で今度は顔をあげたシュンが微笑んでアイネスを抱き締める。
「ちょっ!シュン!」
「アイネス……可愛い。」
そんな二人を冷ややかに見つめていたカイが口を開く。
「はいはい。人の目の前でそう言うことしないの。かと言って婚姻前の女の子に二人きりでもシュン君はイタズラしちゃだめだよ。」
「あら、それは若い二人だもの良いじゃない。」
カイがシュンをたしなめればエレンが反対の言葉を繋ぐ。
「エレン…。」
カイはため息をつく。君はオープンすぎ……。
「カイは意外に古風ね。そんなこと言ってるとラブラブツアーの仲間外れにしちゃうわよ。」
うふふと微笑むエレンにカイは勝てない。愛しさが勝りもはやエレンのいいなりである。
「わかった。もう言わないよ。」
「うふふ。ありがとうカイ。さてと!二人とも明日からラブラブツアーにでかけるわよ。良く聞いてね!」
満面の笑みでエレンが言い放てば何のことかとシュンとアイネスはお互いの顔を見合わせて首を傾げる。
そんな二人をみてエレンは得意げに説明をしだす。
そばでエレンを見ていてカイは密かに、傍でしばらく落ち着いてくれると言っていた彼女の言葉は本当だろうかと若干の不安に駆られていた事はこの場にいる誰もが知りもしないでエレンのラブラブツアーの説明は進んでいった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
ブックマークが日に日に増えていて本当に本当に
ありがとうございます!
感謝の土下座です!
読んでくれている皆様、最近毎日暑いです。
お体ご自愛ください。




