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神様の涙2  作者: 美黒
2 歩み寄る日常
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1 僕の決意

 桔梗。

 花言葉は変わらぬ愛、従順、気品。

 古くから家紋に使われる高貴な花で、根は薬にもなるらしい。

 僕は育てるにあたって、そんなことを色々と調べ、そして気づく。

 桔梗は、秋の七草に数えられるので秋のイメージが強いけれど、開花時期は遅くても九月で、種をまくのは春じゃないといけないそうなのだ。

 思い付きで鉢植えに種を植えて育てても、どうりで芽が出ないわけだ。夏では見当違いも甚だしい。

 ということで、僕は結局、植物オタクこと、幸弘に僕の決意を聞いてもらい、相談した。

 勿論、その場にはいつも通り友喜も居合わせている。

「こく、はく?……すまん時也、もう一回言ってくれるか」

「だ~か~ら~!大学祭で、植物を展示するだろ?それに合わせて、プレゼントする花も一緒に育てて雨宮さんに渡そうと思ってたんだ。それで、それをきっかけにもう一回告白出来たらな~って」

「そんな軽いノリなのかお前の告白は」

「まさか!照れ隠しに決まってるだろ!……その、告白のことは、結構前から考えてて。……ほら、僕、ヘタレだから。何か理由がないと、告白できないし」

「何それ面白そう。いいじゃん、幸弘。手伝ってあげな」

 友喜の言葉に幸弘は神妙な顔して頷いた。植物研究会の部室にて、ただ三人だけのこの部屋は、冷房がガンガンと効いていて、むしろ肌寒いくらいだ。もう少ししたらほとんどの講義も終わって、いろんな生徒がなだれ込んでくるだろう。

 ニヤニヤとおもちゃでも見つけたかのように僕の背中を叩いた友喜は、床にドカッと座って話をややこしくする気満々だ。僕と幸弘もつられて床に腰を下ろし、三人で顔を突き合わせる。毎度おなじみのこの光景だが、今回は僕の気合の度合いが違う。というより、重大なミスをしてしまっていることに気付いて、ちょっと焦っている。

「それで、その花は何にするんだ?」

「実は雨宮さんが好きな花が桔梗でさ、こっそり種植えて育ててたんだ。だけどこないだ調べたら桔梗の種植え時期も開花時期もちょっと違ってて……」

「桔梗は春先に植えて夏の終わりに咲く。秋の花とはいうものの、実際は残暑に見せるものだからな。……大学祭には間に合わないし、種植えの時期には遅すぎたわけか」

「そうです先生。さすがよく分かってらっしゃる」

 皆まで話さずともすべて分かってくれる幸弘先生は、こんな時ばかりは頼りになる。いや、いつだって頼りになるけども。勉強とか教えてもらってばかりだし。

 隣で訳が分からないよという顔をしていた友喜は、しばし熟考してようやく合点がいったように手をぽん、と叩いた。

「なるほど!時也は盛大に失敗したんだな!」

「そこ最初に理解してほしくない!僕は幸弘に相談しに来たってことを理解してほしい!」

「何言ってんだよ、時也が失敗するのはいつもの事だろ」

「それはどうもすみませんね!」

 そりゃ不器用人間だけど!後先考えずに行動するから何もかもダメにするけど!

「で、時也は俺にどうしてほしいんだ」

 友喜の頭をパコンッと殴ってくれた幸弘は真剣な顔して聞いてくれる。良かった、まともに反応してくれる人で……。でもそれが植物に関わることだから、ちゃんと聞いてくれているのだと後から気づいたのはもっと後だ。

「僕は大学祭に告白するっていうのは曲げたくない。それで、花をプレゼントするっていうのも曲げたくない」

「つまり、俺にお前が今から育てられて、尚且つ大学祭に間に合うよう咲く花を提供しろと」

「種をね。あと知識もお願いします教授」

「教授、どうするの?受けますか、この依頼」

「ふむ、受けてやらんこともない」

「本当ですか!してその花とは」

「まあ待ちたまえ諸君。それには条件がいる」

 幸弘はショートコントを終わらせるようにゴホン、と咳払いすると、そのまま立ち上がり、友喜の腕を掴み、彼をも立ち上がらせる。結果、僕が見下ろされる形になり、なんだかいたたまれない。そろそろ正座した足も痛くなってきた。

 そして、二人はまるで前から打ち合わせていたかのように、頷いて、一字一句違わずにこんなことを言う。

「「必ずその告白を成功させること」」

 もしかして僕の知らない間にこの二人、昔なんか吹っ飛ぶほどに仲良くなっているのだろうか。

 あっけにとられて、口をだらしなく開けていた僕は、それでもハッと意識を戻すと、慌てて頷く。当たり前だ。二人に毎度協力してもらっていながら、失敗するわけにはいかない。……雨宮さんの気持ち次第っていうのもあるけど、それでも、だ。

「よろしい。じゃ、ちょっと待ってな」

 幸弘は窓際のごちゃごちゃしたゲーム機の箱を後ろにずらして、ラックを引き出すと、一冊のノートを取り出す。

 それは僕たちもよく知る、幸弘直筆の研究ノートだ。基礎から図鑑になるほどの知識まで、様々な分野の植物の事が手書きで書かれ、見る人が見たらそれなりのものに仕上がっているらしい。幸弘はそれをぱらぱらとめくり、しばし考え込む。

 僕たちは教授の沈黙に付き合い、ただひたすら黙る。今、彼の脳内は様々な植物の知識が巡り巡って ることだろう。

 そしてようやく幸弘が口を開いたころ、彼の顔は面白いくらいに真剣だった。いっそ僕よりも難しい顔をしていたかもしれない。

 だけど、それと同時にとても楽しそうな彼は、本当に植物が好きなんだろう。

「今回の時也の敗因は初心者なのに種まきからしようとしたところだ」

「ほう」

「だから、種まきということから離れて考えれば、この時期から育てて大学祭に咲く花は多い。夏に種まきっていうのもなかなかないしな」

 幸弘はノートをぺらぺらとめくり、そんなことを言ったかと思うと、とあるページの写真を指す。

 その写真は、海のように青い小ぶりの花を咲かせた可愛らしいものだ。

「エボルブルス?」

「ああ。別名アメリカンブルー。アサガオを小さくしたような花で、可愛いだろう?」

 問われた僕たちはこくこくと頷いて、写真に見入った。これ一つだと寂しいが、多く集まって深海のような色を出すこの花は、何処か感動すら覚える。これ、いいかもしれない。

「初心者でも育てやすい花で、種となるともっと早く準備することになるが、苗ならまだ間に合う。苗は俺が手配してやるからこれでどうだ」

「教授、ちなみに花言葉は」

「乙女か。溢れる想い、清潔、清涼感。……そして、二人の絆」

 そんなことを言う幸弘だって叩いたらすぐに出てくるのだから、人のことは言えない。……だけど、この花言葉は。

「……とっても、良いと思う」

 驚いたのは、僕が言うより先に後ろから声がして、そんなことを言ったからだ。僕と友喜は入り口に背を向けていて、しかも音に注意してなかったので肩を震わせて後ろを振り返る。

 するとそこに立っていたのは植物研究会に入ったばかりの恩田さん。僕のお隣さんでもある人だ。

「恩田、いらっしゃい。講義は終わったのか」

「はい。……そろそろ、他のメンバーも来るんじゃないでしょうか」

「そっか、もうそんな時間」

「それより、その花と花言葉、とても素敵ですね。……どうしたんですか?」

 緊張して声も出ない僕の代わりに、友喜が対応してくれた。

「時也が育てるんだって。女の人に渡すんだよ」

「女?っていうことは、あの、神社の?」

 凄いな、さすがに分かるのか。いや、それとも僕があからさまなんだろうか。鋭い恩田さんは、大人しそうな見た目とは裏腹にぐいぐいと切り込んできた。

「前、桔梗を育てていませんでしたか?」

「なぜそれをッ!?」

 見られてたのか……。全然気づかなかった。コスモスの隣に並べていただけなのに、よく気づいたものだ。僕は驚きつつも、黙っているわけにもいかないのでたどたどしく桔梗の開花時期などが合わないことを説明すると、恩田さんは険しい顔つきになって僕を睨む。どうして僕がこんな目に遭わなきゃいけないのか分からないし誰か助けて。

「そう、ですか。……成功するといいですね」

 雨宮さんに告白するという話はしていないので、花を育てられるといいですね、という意味だろうに、全然応援されている気がしない。僕はびくびくしつつも、もうこの話は終わりというようにノートを広げて背中を向ける。エボルブルス。アメリカンブルー。清涼感、ふたりの絆。……溢れる想い。全て、雨宮さんに当て嵌まって、さらに僕の気持ちを代弁してくれている。

 良い花を見つけてもらったと僕は満足して幸弘に今度何かをおごらなきゃと上機嫌になる。単純で能天気と言われても仕方のないくらいの切り替えの早さだが、これくらいがちょうどいい。

 だから、僕は知らなかった。

 後ろで恩田さんが暗い顔をしているのと、幸弘、友喜が肩をすくめているなんて。


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