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14.不審者退治に来た

 翌朝――


「何ゆえいかぬのだっ!!」

「捕まるからっ!?」


 いつもの様に護身刀を懐に挿し、不審者を殺る気満々な鈴音さんを諌める所から始まっていた。

 この時代で真剣を帯刀し、それを抜く事は法に触れるからダメと説明しているのだが、この方は『いくら法で定められていようとも、幼子(おさなご)の身の安全には代えられぬ』と言って聞かないのだ……。

 まぁ丸腰で不審者相手に戦うことになるのもあるだろうが、この方はこれだと決めたら意固地と言うか頑固だった。


「ふぁあ……朝っぱらからやかましいのう。まぁ仲のよい事であるが。

 ふむ――武器の心配はいらぬ、七姉様が用意しておいてやるとメールが入っておるわ」

「う、うぅむ……なれば良いのだが。して”めえる”とは何ぞ?」

「よ、良かった……」

「弘嗣……そっその……すまなかった……」

「い、いや大丈夫。鈴音もそれほど子供の事を思っての事だろうし」


 申し訳なさそうにしてくる鈴音も可愛い……じゃなくて、恐らく本人もカッカしやすいのは自覚しているのだろう。悪いと思った事を素直に謝れるのは良い事だ。

 だけど、七姉さんが用意してくれているって何だ? 鈴音の為とすれば武器の類だろうけど……真剣とかじゃなきゃいいが。


 ・

 ・

 ・


「木刀……?」

「お、おぉぉっ、これは私のっ――!!」


 下に降りると玄関ロビーの机に古ぼけた木刀と手紙らしき物が置かれていた。

 鈴音の母親からであるらしく、その手紙を読んで少し涙ぐんでいたが、やはり強がっていても家や家族が恋しいのだろうか……。


 小さく『母上……』と呟く故郷を(うれ)う娘がそこにいた。

 目元をさっと拭い、その木刀を手に取りぐっと握りしめると元の侍娘――鈴音の姿に戻っている。

 一体どちらが本当の鈴音なのだろうか――時代が時代だからだろうか、時々侍娘の方の鈴音の姿がブレて見えてしまう。。


「うぅむ、やはりこれぞっ。くぅー、やはりこれがなくてはな」

「そ、そんな大事な物なの?」

「当然であろうっ! これは私と共にある――いわば私の魂であるぞ!

 私が武士を目指すと決めた折に、我が祖父が私の為に作ってくれたのだ。

 これを扱いこなす事ができれば、と――故に鍛錬に鍛錬を重ね、今の私があるのだ!」


 どうやら鈴音のおじいさんが、侍を目指した鈴音の為に作ってくれた物らしい。

 子供の頃のサイズに合わせている為、やや短めであるが言われてみると年季の入った立派な物だ。

 握り手の部分が真っ黒になっており、彼女が生半可な気持ちで侍になったわけではないと証明している。

 そう思うと、途端に彼女がひと回り大きく見え――これが侍のオーラかっ!?


「……であるが、まことに見張りはあれで良いのか?」

「まぁ、大人は働きに出てる時間だからね……」


 鈴音が危疑(きぎ)するのも無理はない。どう見ても不審者に太刀打ち出来そうにない人達が要所に立っているのだから。

 この手のって見回りって単に『警戒してますよ』ってアピールだけだから、ことが起きた時に本当に対処できるのかと思うけども……。

 まぁ、老い先短い方々でもいざとなれば子供を守る時は身を挺して守る……だろう。

 弱く抵抗できない者をターゲットにしているのだし、加害者の方もそこまでのリスクは冒さないか――。



 とりあえず八時半まで――子供の登校時間の間だけなのだが、意外と立ってるだけってのも疲れるな……。

 コンビニバイトの暇な深夜の時間帯のような感じだ……まだ子供たちの元気な通学風景が見られるだけマシだが、やる事がある時はすぐに時間が経つのに、何もない手持無沙汰(てもちぶさた)の時は通常の倍遅く感じてしまう。

 今の仕事はいつも時間に追われ、もっとゆっくり時が過ぎろっと願う時が多いのに。


「……」

「……」


 刀(木刀だけど)をいつでも抜ける態勢のまま、緊張感を維持し続ける鈴音はさすが侍だと思った。

 目は鋭く周囲への警戒を一切怠らない、鳥や木の葉の動きなど小さな動きにもピクリ、ピクリと反応している。

 凛として勇ましいその姿は一度見ると目が離せなくなるぐらい惹きつけられるものだった。


「ん? 私の顔に何かついているか?」

「い、いや……何か格好いいな――って思って……」

「さっ左様か――うむ……であるが、あまり見ないで欲しい。きき、気が散ってしまうからなっ……す、少しなら構わぬが」

「あっ、あぁ……すまない」


 うぅん……さすが侍だなぁ――。

 厳しい目をして周囲を警戒しながらも、登校中の子供たちからの挨拶には普段の目に戻ってちゃんと返事しているし。

 と言うか、鈴音って子供から『侍のお姉ちゃん』って呼ばれてるのか……。


 このキリッとした顔で周囲を見回し、グゥゥゥ――と、どこかで腹の虫が鳴っても……ん?


「……」

「鈴音……?」

「な、何ぞ……?」


 顔を真っ赤にしながらキリッとした顔をしても説得力がない――。

 思えば、朝の騒動で朝飯食ってないからなぁ……終わってから茶漬けでも食うか。

 一度聞こえ出すと小さくグゥグゥ聞こえるあたり、相当腹が減っているんだろう。


「う、うぅ……腹に収めておくべきであった」

「まっまぁ後ちょっとで終わりだし、とりあえずそこの自販機で茶でも買って来るよ」

「茶を買う? 近くに茶屋でもあると言うのか?」

「いや、違う違う。そこの箱にお金入れたらお茶の入った容器が出てくるんだよ」

「ふ、ふむ……?」


 そう言えば、自販機の存在を説明してなかったな……実際に買ってどんなものか見せるのが早いか。

 ペットボトルのお茶や水を買う事に未だに納得してないけど納得してるし。

 お金を入れて……ん、空が突然曇り始めた――?


「弘嗣ッ――!!」

「へ?」


 頭を上げれば、親方ッ空から変態がッ――な状態だった。

 時がゆっくり過ぎているなら、動きもゆっくりに見えるのだろうか、真上に刀を構えて上空から(ふんどし)姿のおっさんが飛び降りてきている。そいつが忍者みたいな覆面をしているのも分かった。

 ふんどしの隙間から危険な物が見えそうだし色んな意味で危ないから逃げなきゃいけない、と頭で分かっているのに身体が動かない――

 意識だけが動いており、スローモーションで降ってくるそいつの――こめかみに木刀の先端が真っ直ぐ突き刺さったのがハッキリと見えた。


 それと同時に頭の指令がようやく身体に伝わり、横に飛ぶように身を(ひるがえ)すと、空中でバランスを崩した忍者はアスファルトの地面にビターンと叩きつけられ、悶絶している。

 打った所と木刀が刺さった所が痛いのだろう、どこを押さえていいのか分からない様子で『ぐおおおっ……』と呻き転がっていた。

 これが例の不審者とやらか? 聞いていた容姿とは違う気もするが……。


「弘嗣っ、下がっておれっ!!」


 木刀を投げたのは鈴音なのだろう。すぐにそれを拾い、俺を守るように目の前に立った――。

 女に守られるなんて男としてどうなんだと思うが……餅は餅屋、相手が忍者であるならば、その対抗馬は侍しかない。

 忍者の方もようやく痛みがマシになったのか、何事も無かったかのようにこちらへ向き直った。

 目が涙目になっている。


「し、白川弘嗣、覚悟――」


 擦りむいた所痛いんなら帰って消毒液塗れよ……ん? 何で俺が狙われてんの?

 忍者に恨まれるような事もした覚えがないし、そもそもこんなイタい奴と知り合ってすらないが。

 けど、相手が持ってるのは真剣。片や鈴音は木刀……このままでは――。


「させぬッ!!」


 一瞬のことで何が起こったのか分からなかったが、分かったのは刃渡りの短い忍者刀の刃が折れ、キラキラと輝かせながら宙を舞った事だった。

 あの木刀ってそんな硬いの? ほら、忍者もビックリしたような目してる固まってるし。

 む、刀を捨てて次は素手で来るのか? きっとこれは前フリで凄い忍法が――


「忍法――おぐっ!?」


 ――放てなかった。

 変身などのモーション中に攻撃するのは男のルール違反だが、仰々しいモーションの最中に鈴音の一太刀が忍者の脳天に炸裂していたのだ。


 忍者が白目を剥きながら大の字で倒れた瞬間、それを見ていた子供や大人から拍手喝采が沸き起こった。

 大人は見ていたのなら――と思うが、時間的にはほんのわずかな時間の出来事だったし仕方ないか。流れる黒髪にその太刀筋は誰もが見惚れる物でもあったし……。


 それからすぐにお巡りさんがやって来て、忍者の姿をした変質者はすごすごとパトカーに乗せられていた。


 ・

 ・

 ・


 その時から鈴音の様子がおかしい――。

 鈴音は口を真一文字に結んだままで、返事は頭を左右上下にブンブン振るだけで一言も発さずにいる。

 お巡りさんが怖いのだと思い状況説明は代わりに俺がしたが、どこか怪我でもしたのだろうか……?

 一言も喋らないまま部屋の中に戻ると、唇を噛むようにして何かを堪えているようプルプルと震え――


「お、おいどこか……」

「いいっいやっななっ何でもないのだっ――」

「で、でも!?」

「心配いらぬのじゃ……あんな風にチヤホヤされ慣れておらぬだけなのじゃから……」


 チヤホヤされ慣れて……いない?

 ってことはもしかして、怪我とかでなく皆から『凄い凄い』と賞賛されて照れてただけ――?

 口を真一文字にして目を泳がせてどうしていいか分からない様子で……。


「な、何て可愛らしい理由で――」

「しししっ仕方ないであろうっ、かのような事初めてであるのだからっ!?」


 あんなのを披露する場と言えば鈴音の所だと――戦場(いくさば)ぐらいか?

 あぁそうか、確かに真剣で叩き斬っても周りはそれどころじゃないしな。

 いや、もしかすると、周囲の皆があんな感じで"出来て当然"な環境だと褒められることがないのか……。


「でも確かに凄いと思ったぞ。一連の流れるような動作に見とれてしまってたし」

「うわわわわっ、お、お主まで何をっ――うぅぅっ、飯ぞっ飯ににしようっ!!」


 居心地が悪いが、気分は悪くないのでどうしていいのか分からないのだろう。

 ちょっと遅い朝食を食べている間も、侍娘はニヤけていいのかどうか分からない様子でご飯を口に運んでいた。

※次回 3/29 17:20~頃に15話投稿します

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