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13.太ってきた?

※視点の切り替えは「/」で行っています

 我が娘、鈴音が行き先知れずになりひと月――。

 忍の調べによれば娘は四百年先へ"たいむすりっぷ"しておると言う。

 信長殿が好みそうであるが、何ゆえ我が娘が……うぅむ。


「殿――」

「戻ったか、首尾は――」

「これに……」

「ふむ、かのような板に鮮明に絵が描かれておるとは……な、なんと不埒な女子(おなご)!」

「あ……申し訳ありませぬ。こちらでございました……」


 こっこれが鈴音か――先ほどの女子の裸の方が気になるが……それはさて置き、

 眉唾ものであるが奴の持つ"写真"に描かれた女子はまさしく鈴音であった。

 どこの馬の骨とも知れぬ男の(ほどこ)しを受ける鈴音……ぬぬぬッ!!


「忍ッ、貴様に再度命じる!! この不埒な男の首を持って参られよッ!!」

「御意――」


 娘をたぶらかした事を後悔させてくれるわっ!!


「それと先ほどの春画を今一度――」

「拒否――」


 /


 あれから数日後――。

 何やら鈴音の様子がおかしい……体調でも悪いのだろうか?


「う、うぅむ……?」

「どうかしたのか?」

「い、いや何でもない。気をつけてな」


 何かここの所俺の顔を見ては何か言いたげな様子なんだけど、俺何かしたかな……?

 顔もちゃんと洗い規則正しい生活、髪の乱れも鼻毛も出てないだろうし、スーツもちゃんと着ている。

 あ――チャック開いてた……なるほど、これか。


 /


 言うべきか言わぬべきか――うぅむ、どうしたものか……。

 あ奴は方々(ほうぼう)より『顔色がよくなった』と言われておるらしい。

 確かに私から見ても活き活きとしてきておるように見えるのだが……。


「肥えて来ておらぬか……?」


 確かに最初見た時に比べれば遥かに壮健であるが……顔が少し丸みをおびてきたような気がせんでもない。

 いや、飯の食う量は確かに増えておるし、勤めではあまり身体を動かさぬと言っておったのでそれで痩せることはまずあるまい――。

 私のいた世では恰幅のいい男も好まれたが、私はあのぶよぶよとした顎や腹は醜く好きになれぬ。それならばまだ筋骨隆々な方がいいな、うむ。


「そなたも原因であるのじゃぞ? と言うか原因、飯を食わせすぎじゃ。

 その上、ここ数日は油もの連発じゃし……いくら作り方を覚えたからとは言え、ちと加減をせい加減を……いくらお肉大好きな童とて連日のこれは来るものがあるのじゃぞ」

「うっ……」


 あ奴が飯を美味そうに食うのが嬉しくて、私もつい張り切りすぎたのかもしれぬ――。

 母上が『夫が妻の料理で肥えると言うのは女の殊勲、これ以上のない(ほまれ)なこと』と申しておったが、まさにこの事か。

 い、いや夫婦とかそう言う意味ではなく……であるが、夫婦か――って違う!?


「ま、本人が自覚すれば少しは考えるじゃろ。して、今日の晩飯は何の予定なのじゃ?」

「うむ、唐揚げと申す物にしようかと思うておる」

「言うた矢先から何故それになる……油もの多すぎじゃと言うておろうが。

 お主は良いかもしれんが、食う方の身にもなれと言うに。野菜をよこせ野菜をっ」

「う、うぅむ……」


 この狐はどうでもよいのだが、確かに弘嗣は……い、いやそうではなく――。

 なれば料理の指南書より選びなおさねばならぬな……何が良いのであろう。

 指南書には津々浦々、海を越えた異国の地のまで様々な料理が紹介されておるので、選ぶ事にさほど苦労はせぬが。(ところ)変われば飯もかのように様変わりするかと驚かされる。


 食材を調べればその地方で何がよく獲れるのかと推測もできる。

 弘嗣に教わったのだが、トマトを使えば"いたりあ"風、"くりーむ"を使えば"ふらんす"風、味噌やしょうゆを使えばここ日本の和風。

 であるが、何ゆえ"かれー"を使ったのはここに載ってある"いんど"と申す国ではなく、"かれー"風なのだ……?

 弘嗣に尋ねると"かれー"の方が馴染みがあるからと言っておったが……"いんど"すなわち"カレー"なのであろうか……?


「うぅむ、どれも難しそうであるな――ほう、これは美味そうぞ」

「ふむ、ホイル焼きか。簡単であるし、まー肉料理よりマシじゃの」

「"ほいる焼き"と申すのか、今宵はこれに挑んでみようぞ」


 毎度の事であるのだが、初めて作るので上手くでき、食べてくれるだろうか……と不安もある。

 煮しめなどなら自信はあるし間違いはないのだが、そればかりだと私自身の腕も上がらぬし、これまで様々な物を食ってきたあ奴の舌も飽いてくるだろう……。

 今の私に出来るのはこの家の炊事・洗濯などと言った家事と、主の留守を守ることしか出来ぬのだからな。勤めから戻った主が帰ってきた時に苦があってはならぬ。


 母上が『屋敷は夫の城、夫の故郷たれ。妻は如何なることがあろうと死守すべし』と教えられたが、かのような事なのだな……。


 いいっいや、わっ私は妻でもなんでもないのだが、うむっ。い、一応はここで寝食共にしておるのだからな、一応だ一応!

 であるが、当時は戦時(いくさどき)には薙刀(なぎなた)を持ち家を守るものかと思うておったが……ふむ、私は大きな思い違いをしておったようぞ。

 戻った時は母上に詫びねばならぬな。


「あぁ、買い物に行くのなら道中気を付けるのじゃ。

 何やら怪しげな男が幼子に声をかけ回っておるようじゃからの」

「何だと――かのような不届き者がおるのか!」

「ま、おかしな性癖を持った者は今も昔もそう変わらぬがの。そなたみたいに」

「なっ、わわっ私はかのようなのは持っておらぬっ!!」

「洗濯物」

「うっ……あ、あれは……」

「まー、源氏物語の空蝉の話でも、夜這いを察知して逃げた女が残した、一枚の(ころも)の臭いを堪能おったしの。

 童としては誰の匂いを嗅いで、誰が何を想っていようが知ったこっちゃないがのう。

 異性の臭いへの関心は重要なファクターじゃし」

「ちっ違うっ、あれは洗う必要があるのかどうか知ろうとだなっ!」


 た、確かに少し癖に――ではなくっ、まっまだ洗う必要あらぬと言うのに洗濯しようとしておるのが気になっただけぞっ!

 であるが、何ゆえ一度着ただけで洗うのだ。この世の者は皆そうなのであろうか?

 確かに下着の類は分からぬでもないが……。


「ま、この時代は確かに潔癖すぎると思うがの。そなたの時代も逆に不衛生すぎじゃ」

「うぅむ……言われれば確かにそうであるが……」


 この先の世での"悪臭"が当然であったし、今でこそ"しゃんぷう"なぞの良い香りがするが、それまでは獣の臭いなぞ普通であった……。

 ふむ、それに比べればまだこちらの方が断然良いものぞ。

 顔をしかめるような臭いより、(かんば)しき香の匂いの方が良いのは当然であるし、これを知らばつい先日までの己なぞ考えも出来ぬ。


「どの世も良し悪し――であるな」

「そう言うことじゃ。さて、童は晩飯までゴロゴロしておくかの」

「うむ、ではしばらく留守を頼む」


 思うのだが、この狐娘は何時までここに居座っておるつもりなのだ?

 私の方も助かっておるので構わぬのだが……。


 /


「お、今日は鮭のホイル焼きか。美味そうだな」

「うむ、上手く出来たつもりではあるが味は分からぬ……」

「見ただけで美味いって分かるぞ。早速食べたい」

「そ、そう言ってもらえると……作った甲斐があるものぞ」


 料理が褒められると鈴音はいつも嬉しそうな笑顔を見せてくれる。いや本当に美味そうだ。

 以前のファミレスで肉料理にハマったらしく、ここのところ肉や揚げ物ラッシュだったのもあって久々の魚料理はありがたい――『最近肥えた?』と会社の人に言われて来ているので特に。

 いや、肥えていないと思うんだけどなぁ……スーツとベルトが縮んだ気がするけど。


「その……前々から言おうかと思うておったのだが、その帯の留める位置……違っておらぬか?」

「あ、ありえません――」

「ほれ筋が一つズレておるでないか、やはり――」

「ちち、縮んだんですよ皮だから、そうきっと牛革だけにギューってね……」

「……」

「……」


 いくらつまらない駄洒落だったとしても今の俺は謝らない。

 そうだ、ベルトが縮んだんだ――俺のウェストが大きくなっているなんて一切ない。

 鈴音が前に座ってベルトを外しにかかりに来たが、この構図はいけないお店みたいだ……いつの間にこんなサービスまでしてくれるように。

 しかも、着物の隙間からブラチラが――いかん、見てはいかんっ!!


「ぐおおおっ――!?」

「やはり肥えておるではないかっ!」

「帰ってきて早々、お主らはなーにをやっておるのじゃ……。」


 認めぬっ俺は認めぬぞっ! 認めたら我が最後の砦が陥落してしまうのだっ。

 これまでのベルトの位置も若干キツいぐらいかなってぐらいだったけど――うん、絞めなおされても問題な……耐えられない事は無いぞ。

 えっ『腰を落とせ』って? そんな事しなくても……ねぇ?


「……」

「認めるか?」

「……はい」


 最後の砦、あっさりと陥落――うん、お腹超苦しい。

 だってほら、運動する機会なんてないしさ……え、ご飯これだけ?

 鮭も半分に、その半分が何で鈴音さんの所に? それとピーマン多くない?

 食事制限に野菜多く摂れってのは分かるんだけど……。


「よし、食おうぞっ」

「あの……何で鈴音の所はピーマンないの?」

「……あれは人の食う物ではない」


 それを山盛り入れた人は何を考えているのだろう。

 まぁ好きだからいいんだけどさ……子供は苦味や青臭さなどで嫌う子が多いが、にびみたいなお子ちゃまじゃないんだから、いい大人が好き嫌いなんて……。

 あぁ、そうだ子供で思い出した――


「最近、不審者が徘徊してるって聞いたか?」

「うむ。幼子に声をかけ回る不届き者であろう? 親達が所々で警護しておったな」

「明日の朝、子供の登校時間の間それで立っていて欲しいって頼まれてるんだ……」

「拒む理由もなし、喜んで引き受けようぞ。して、弘嗣の勤めの方は大丈夫であるのか?」

「うん、会社にはもう連絡してある」


 若い男が居ないからと夕方管理人さんから連絡があったのだ。

 鈴音の事で叱られるのかと思っていたが、逆に応援されてしまった……。

 それと鈴音さん、その護身刀の刃確認してるけど使っちゃダメだからね――?



「さて腹も一杯になったし、ちと膝を貸すのじゃ」

「またか……」

「仕方ないじゃろう。ここにクッションや座椅子の(たぐい)がないのじゃし……」


 飯を食い終えると、にびが少女漫画片手に胡坐(あぐら)をかいた脚の間に腰を据えてきた。

 この部屋はカーペットの類はなく、コンクリートの上に樹脂で出来たフローリング柄のマットを敷いてるような物なので床がカッチカチなのだ。

 そのせいでにびは『硬すぎて寝ころべないのじゃっ!』と、俺を座椅子代わりにテレビを見たり本を読んだりしている。


「んんー、やっぱここは快適なのじゃーっ」

「弘嗣、あまりこの狐を甘やかすでない!」

「ん? 今度鈴音にも使わせてやるのじゃ」

「なっ……い、いやうむ……ならあまり長く居座らぬようにな」

「何でっ!?」


 おかしい……流し台で洗い物している鈴音&膝の上に座るにびとの会話の中に、俺の人権らしきものが何一つ存在していなかった気がする……。

 だけど、鈴音が座ったら色々ダメな事になりかねない気がするんだが……俺自身が持たない、色々と。

 にびだと尻尾やら耳やらを触って暇つぶしができるものの、鈴音だと触る部分がなく接触面に意識がいってマズい気がするんだ。


 ああ、しかしこの狐耳の毛ざわりが何とも言えないぐらい気持ちいい。

 にびに限らないが、どうして動物の耳ってこうも触ってると気持ちがいいんだろうか。


「ふふん、弘嗣は童の耳がお気に入りのようじゃ。

 先端ばかりでなく付け根も撫でぬか。そこが気持ちいいのじゃ」

「犬とか耳の付け根をマッサージされると気持ちいいらしいけど、狐もそうなのか?」

「うむ、早くせい――あぁ、そこ、そこがいいのじゃ、んにゅー」

「む、むぅぅ……何ゆえ腹立たしいのであろう……」


 にびの耳がピクピク動くのを見て、一度やってみたかった事を思い出した。

 昔飼っていた犬もこれやると喜んだんだよなぁ。いい機会だし、狐もそうなのか試してみよう――。


「ひあぁぁぁァっ――!?」


 獣の耳の中にフゥーっと息を吹きかけてみると、にびはブルブル悶絶するように身震いし、真っ赤な顔してこちらを睨みつけてきた。若干涙目になっている。


「いい、いきなり何をするのじゃお主はッ!? 阿呆か!? ホンモノの阿呆なのかっ!?」

「いや、うちの犬がこれ好きだったからさ。狐も同じかなーっと……」

「き、嫌いなのは少ないじゃろうが、いきなり耳ふーなんてされたら、

 くすぐったくて皆同じ反応するに決まってるじゃろがっ!?」

「あ、やっぱりくすぐったいんだ?」

「当たり前じゃろっ!?」


 うちの犬にやると耳に脚を持ってゴシゴシしてから顔舐めて来たんだよなぁ。

 なるほど、あれはくすぐったくて面白かったからなのか……犬によっては殴られたけど。


 このせいでしばらく耳撫で禁止令が出された。

次回、3/28 17:20~更新予定です


※異性の匂い

 相性が良ければ好意的な匂いに感じられる

 逆に合わなければ不快な臭いになる

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