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12.ファミレスにやって来た

 今日は待ちに待った給料日――。

 いくら会社に忠義を尽くす現代ソルジャー(社畜)であっても貰う物を貰わねば暴動が起こる。

 もうちょっと増やせと抗議したいが、社員一同がストライキ起こしても『なら給料以上の実績を残せ』と社長がマシンガンぶっ放して駆逐するのが現代日本なので、報酬が少なかろうと甘んじてそれを拝受するしかないのだ。

 潤った懐に少しばかりの贅沢をしても許される――うん、今日ぐらいは外食でもしようか。鈴音にも楽させてやりたいし。


「ねぇ、今日の晩は何か決まってたりする?」

「いや、まだ決まっておらぬな。具材も足りなくなってきておるし、

 買い足しに行くか、貯蔵庫にある物で出来る物が無いか調べようとしておったところぞ」

「じゃあちょうどいいや、今夜は飯を食いに行こう。買い物は明日でも大丈夫だろ?」

「それは構わぬが……何処(いづこ)で食うのだ?」

「いや、外へ」

「なおの事、ある物では心もとなし――

 弘嗣より頂戴した金子で急ぎ買い足しに行かねばならぬではないか」


 ベッドの上に寝転がって少女漫画を読んでいたにびも、これでもかと言うぐらい話が噛み合っていない二人に呆れた顔をしているが……もしかして、戦国時代に飯屋って無かったのか?


「弘嗣は飯を振舞ってくれる店に行こうと申しておるのじゃ」

「め、飯を振舞う……どこぞの屋敷へと参るのか?」

「ほれ、この前パフェを食うたような所じゃ。童のパフェをバクバクバクバクと食うた、な」

「うっ……あ、あれは美味かったのだから仕方ないであろうっ。

 嗚呼、でもあれは真に美味であったな……柔らかき氷菓子が何とも甘く、黒い蜜と合わさった所が何とも――。

 とっ、と言うことはまたあれを食わせてくれるのかっ!?」

「え、あ、ああ……うん」

「まっまことかっ! 行くっ行くぞっ!!」


 目をキラキラと輝かせ、期待のまなざしで俺を見る鈴音を前に『実はラーメン屋に行こうと考えてました』なんて言えなかった――。

 あの時の記憶が殆どないのだが、初めてパフェ……のアイスを口にした時、幸せそうな満面の笑みを浮かべた鈴音にドキっとしたのは何となく覚えている。

 このにびの姉、七姉さんにかけられた術のせいだろうが、化粧も合わさって堪らなかったような……あの顔を再び見られるならどこだって構わない。

 だけど、うーん……こうなるとパフェのようなのがある店でないとならないが、この辺りにそんな小洒落た店とかあったかな……。


「そこのファミレスで良いじゃろ」

「ファミレスかー……」

「よもや"女"を連れて"ラーメン屋"なぞは行かぬであろうが。そこよりマシじゃろ」

「そ、そんなことかんがえるわけないじゃないですかー」

「ふぁ、ふぁみ……な、何ぞそれは?」

「ファミレスじゃ、ファミリーレストラン。

 まっ、説明しても分からぬであろうし行けば分かるのじゃ」

「う、うぅむ……?」


 確かに実際に見た方が早いな。

 先日行った喫茶店のような場所、と言えばある程度は得心がいったようだが……。


 にびが言うに、あるにはあるとの事だった。

 だが戦に赴く行軍相手に、銭と引き換えに食い物を振舞う様なものなので、現代の様な食事処とは似て非なるものであるらしい。

 考えてみれば、確かに戦乱の世の真っただ中で悠長に店構えてそんなのやってる場合でもないか……。


 ・

 ・

 ・


「ほお、これは何とも見事な――」


 陽が暮れ――歩いて十分ぐらいの有名チェーン店のファミレスにやって来たのだが、同じ考えの人が多いのか、晩飯には少し早い時間にも関わらず結構な人が店内で思い思いの料理を食べていた。

 様々な料理の匂いが食欲を刺激してくる――鈴音は落ち着かないのか無言でキョロキョロと周囲を見回しており、傍から見れば完全に挙動不審者。

 ただでさえ着物の女性と子供で目立っているのに更に注目を集めてしまっている……。


「ほれ、ここのメニュー……品書きから食いたいのを選ぶのじゃ」

「こ、これ全部食わせてくれるものなのか……もしやお主ら、私が知らぬと思うてからかっておるであろう?」

「い、いや本当だよ――」

「では童は、サーロインステーキの300グラムにーサラダにー――」


 な、何だと……ここっこの狐――人の金だと思って高いもの選んでるなっ!?

 お前の注文したのだけで軽く四千超えてるじゃねぇかっ、普通は遠慮してちょっと安めのを選ぶだろうっ普通は!!

 飯を食いに行こうと声かけた奴が払うルールを知っているくせに、上司より高いものを選んではならない平社員ルールを知らないのかっ!


「にひひっ、人の金で食う飯は美味いに決まっておろう」

「の、のう……これらは私でも作れるのか?」

「ん? グラタンとかは道具ないし難しいだろうけど、大半の物は作れるんじゃないか?」

「ふむ……な、ならお主が一番食いたい物は何ぞ?」

「うーん……せっかくだし、俺はトンカツ定食にするかな」

「"とんかつ"であるな……よ、よし、私もそれにしよう」

「はぁ、ホント先が長そうじゃ……ちなみに弘嗣はパスタも好きじゃ。"参考に"するがよいぞ」

「だっ誰もかのような事を聞いておらぬっ……して、"ぱすた"とはどれぞ?」


 それからもメニューを見ながら、にびにこれは何か、材料は何だ、どうやって作るとにびに尋ねていた。

 鈴音はこちらの事は全く知らない、ゼロからのスタートなので、小さなことでも色々と見聞きして学ぼうとしている。

 目の前にある呼び鈴を不思議そうにじっと眺め思案しているようだが、一体何を考えているんだ?


「これは用が無ければ押してはならぬのよな?」

「うん」

「であるが、"てれび"では『するな』は『しろ』と言うフリだと言うておったが……どちらなのだ?」

「そんなおかしなノリは学習しなくていいからっ!?」


 ゼロからのスタートと言うのも良し悪しだ――。

 にびの影響だなこれは……鈴音は滅多にテレビを視ず、視ても料理・教育番組だけだし。バラエティと報道番組は『阿呆になりそうだ』とあまり視ようともしなかったはずなのに……まったくこのお子ちゃま狐は――。


 そんな事をしている内に、にびが注文した料理が次々とテーブルに運ばれてきた。

 俺の目の前には鉄板の上で何とも食欲のそそる音を立てる肉が置かれ、にびの目の前には子供用の器が置かれている――。

 狐のイラストが描かれた器がなんとも可愛らしい。


「……もし童がゴジラになったら真っ先にここを踏み潰してやるのじゃ」

「普通、子供がこんなに食おうなんて思わないから」

「な、何とも美味そうな匂いと音であるな……ひ、一口くれぬかっ!!」

「お主の一口は十口ぐらいじゃろうが――ま、カツと交換なら良いがの」


 初めて食うステーキがファミレスの肉と言うのも申し訳ないな……。

 けども目を見開いて、口からビーム出そうなぐらい美味そうにしているからいいか。

 鈴音は肉類も好きなようで、続けて運ばれたトンカツを全て、俺のも半分食っていた。

 おかげで俺の晩飯はご飯・味噌汁・漬物・わずかなトンカツ――と、普段の晩飯よりちょっとだけ豪勢になっただけになった。


 肉と言えば買ってきた豚や鶏肉が俺の口に入った記憶が殆どないのに、いつの間にか全部無くなってたんだけど……もしかしてこのお姉さま方、昼に食ってたりする?


「うむっ――この"とんかつ"と申すのは美味ぞっ

 サクッとした食感に肉のうま味が口の中に……そしてこの大根がしつこさを和らげてくれておるし

 んん~っ、何たる美味っ!!」


 ファミレスのトンカツでここまで美味いと言うのも妙だがシェフ冥利に尽きるな。

 しかし、さっきからどうして店内の男が色めきだってるんだ?

 やたらと『あれ見ろ』的な話してるが、珍しいモノ――は目の前にいるが視線は別の方向だし。

 視線の先にある珍しいモノと言えば、そうそうあんな感じでバイトとして働いているにびのお姉さんが――。


「……あの人は普段何してるの?」

「暇に飽かしてモグリであちこちで働いておるのじゃ」

「モグリって、面接とかせずに勝手に働いてんの?」

「うむ。幻術をかけて勝手に働いて、飽きたら制服のまま勝手に帰るがの……」


 暇ってか、戦国時代の狐がこの時代でそんなに入り浸ってんの?

 何か思わせぶりな微笑みを浮かべたけど……ままっ惑わされないんだからねっ!? もうあんなゴルフボールになった気分はゴメンだからね!?

 だけど、男どもが興奮してたのはそれか……確かに他のバイトのおねーちゃんとは一線を画す存在感――イチゴ一パック数百円のの中に、一粒何万もする超高級イチゴが一つ混じっているような感じだ。


 その数百円のイチゴ……じゃない、店員のお姉さんが注文していたデザートを持って来てくれた。

 先日のように豪勢なパフェではないが、チョコレートソースのかかったサンデーが運ばれ、鈴音はそれに目を輝かせている。

 いつの時代も女の子は甘いものが好きなのだろう、もう侍は待ちきれないと言った様子だった。

 続いてにびはプリン、俺はマンゴーソースを注文していたのが前に運ばれて――何これ、チラシ?


「何々――あの甘いひと時をキャンペーン。デザートを注文されたご夫婦限定で

 本日だけ、奥様に"あーん"をすれば一割引き……な、何だと!?」

「そ、それは何ぞ?」

「ふふんっ、童が説明してやろう――。

 "あーん"とは男から女、女から男へ食べさせあう行為なのじゃっ」

「食べさせ……な、何だとっ!?」


 普段なら『一割引きぐらい……』って所なのだが、目の前の子狐がガッツリ食った中での一割引きは結構大きい――。

 はッ、この子狐はそれ見越して食ったなッ!? 畜生ッ――姉狐もこっち見てニヤニヤして楽しんでやがる……っ。

 こいつらグルだったのかッ!!


 何々……にびの捕捉説明で『七姉さんにすれば三割引き』らしい。何その選択肢!?

 店内で注目を集めまくってる美人店員に"あーん"なんてすれば悪目立ちするに決まってるじゃんっ……。

 ただでさえ風変りな家族に見られ、夫だと思われてる男がそんな事したらどんな目で見られるか――。


「う、うむ……私は……その、協力してやってもよいぞ?」

「えっ……う、うーん……いいのか?」

「ややっ安くなるのであろう? な、なれば減るものでもないしなっ、うむっ」

「お、おう……」

「では、ほれっアイスが溶けるから早く始めるのじゃ」


 俺かららしい……ゆっくりとひとさじ掬って鈴音に持って行くと、鈴音は恥ずかしそうに小さく口を開けて……お、俺まで緊張してきた。

 顔が赤くして目を瞑ってアイスを待つ鈴音の顔は、侍ではなく完全に普通の女の子だ……。

 ゆっくりとスプーンを口の中に入れると、そっとそれを咥えて――ああやばい、本気で可愛いと思う……。


「あ、味がせぬ……」

「じゃあ、次は鈴音じゃー」

「うっうむ……こ、こうか?」


 スプーンに乗ったアイスが落ちそうなぐらい震えていた――。

 口の中に運び込まれるまで時間あったけど、開いたまま待つって滅茶苦茶恥ずかしいな……。

 うん、鈴音の言う通り甘いはずのアイスの味が全くしない。

 俺らのに釣られてか、他のカップルもやり始めたし……熟年夫婦も割引してくれるならと食べさせあっていた。何と野郎と独り身に厳しい店なのであろう。


「それに間接キスじゃのうー、にひひっ」

「な、何ぞそれは……?」

「他の者が口付けた部分を口にすることじゃ――ま、間接接吻じゃの」

「んぐっ……な、何を不埒な事を申すのだっ!?」


 た、確かにそうだった……普通に気にしてなかったけど、これって間接キスだよな?

 こんなのでドキドキするとか中学生か!!ってぐらいだけど……。


「う、うぅむ……の、のう、その黄の液がかかっておるの、ももっもう一口くれぬか?」

「ん? いいけど――って!?」


 再び口を開けて待つ鈴音さん……もしかして他人から貰うのはこうするって間違って覚えてる?

 ま、まぁいいか……ゆっくりと再び鈴音の口に入れると、今度は鈴音が……。


「はぁ……七姉様の作戦は回りくどいと言うか、古いのう……」


 恥ずかしさでにびの呆れたボヤきは二人の耳には入っていなかった――。

ルーターが逝った為、更新が遅れました

次話、3/27 17:20~に13話投稿します


先日より、ブックマークして頂き非常に感謝しております。

この場を借りて厚く御礼申し上げます。

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