仲たがい
「え、えーと……ど、どうしたのかなー、なんて……」
エレナが困ったように声を出す。だが、俺は黙ったまま。
「う、うーん、いきなりどうしちゃったの、二人ともー?」
颯希も黙ったまま。
「ほ、ほら、そのぉ、せ、せめてなにかしゃべろうよぉ、龍くーん……」
エレナが涙声になってしまう。が、俺も颯希も、むっつりと黙ったままだ。表情も無い。
空気は最悪だった。
うららかな春の朝、そんな中での登校にも関わらず、さわやかさは微塵もない。
ことの発端は、当然昨日の帰りだ。俺と颯希は結局歩み寄ることもないまま、互いの部屋に戻った。
で、今の状況に至るわけである。
いつも通り俺を迎えに来たエレナは、状況を理解していない。一応役目だから颯希をインターホンで呼び出して一緒に登校しているが、目すら合わせないままだ。
「ちゃ、チャンス? 仲たがい? ここは私が差をつける……」
エレナが低い声で何か呟いているが、俺は考え事に暮れながら歩いているため、内容までは分からない。
俺が考えているのは――昨夜の出来事だった。
■
夜中、俺はいらいらしながら適当に夕食をつくり、適当に食べた。
あまりにも気分が悪いため、風呂もカラスの行水ですませる。
さて、もうさっさと寝るとするか――というタイミングで、電話がかかってきた。
心臓が跳ね上がる。この電話に、何か、期待をしてしまっている。
「はい」
『龍也か』
電話の向こうから聞こえてきたのは、低い、男の声。
俺は深い深い溜息を吐いた。――期待が外れた。
『わかっていると思うが、龍之介だ』
電話をかけてきたのは俺の父さん――神坂一族の当主でもある、神坂龍之介だった。
陰陽道においては三本指に入るほどの大きな勢力で、家族に伝わる書物曰く、平安時代から続く由緒正しい陰陽道の一家だそうだ。うさんくせぇ。
その当主を務めるのが、今電話をかけてきている父さんだ。
「それにしても、当主自ら雑魚にお電話とは、ずいぶん暇だな」
苛立ちを父さんにぶつけてしまう。八つ当たりなのは百も承知だが、期待させやがって、という気持ちが強い。
『電話する時間ぐらいある。それで、学校の方はどうだ?』
「ぼちぼち。適当にやってるよ」
まぁ、問題は起こしていないはずだ。所属クラスが問題だが。
『そうか……それにしてもお前、心が乱れてるな』
唐突に、電話の向こうから、そんな言葉が向けられた。
「……そう思った理由は?」
『声が不機嫌そうだ。それに、電話越しでも悪い気が伝わってくる。大方、稲宮の巫女と仲たがいでもしたのだろう』
「――っ!?」
このタヌキ親父……! 人の心を見透かしたようにズバズバ言い当てやがって……!
『我ら陰陽道に携わる者は、心を乱してはならぬ。大きく乱せば、そこから魔に入りこまれるぞ』
「あいにく、家族は陰陽師でも、俺は落ちこぼれの魔術師なんでな。それに、魔法や魔術はあっても魔物はいないんだ。創作の世界じゃあるまいし、魔に入りこまれることなんかない」
親父の説教に、俺は吐き捨てるように言い返した。その手の説教は、それこそうさん臭い陰陽師が戦うゲームで聞き飽きた。ネットで大人気のあれである。
そう、俺は当主の長男として生まれた割に、陰陽道の魔法が一切使えない欠陥品だ。しかも代わりに使える魔術も、魔力線をはっきり視認できるだけ。フルゲージ状態になったらまだマシだが、それでも俺は陰陽師とは呼べないだろう。
『まだ言ってもわからないのか。お前は我らが神坂一族の中でも、一等の原石だ』
「当主の息子で、あんたの息子なんだ。周りが言っているのはおべんちゃらだし、あんたが思っているのは息子に対する色眼鏡だよ。昔はうれしかったけど、自分の役に立たなさを知っている今はむしろ気分が悪くなるだけだ。やめろ」
俺はまた、吐き捨てるように否定した。
余計に気分が悪くなってきた。平静を保て、というのなら、父さんは俺にそんなことを言うべきでない。
「まったく、あんな奴と組ませやがって。父さんのところにも、あいつと一緒に戦った結果は教えたはずだ。フルゲージ状態でゴリ押したけど、あとは酷いもんだぞ」
『ああ、しっかり聞いている』
「だったら組ませるなよ……。せいぜい、落ちこぼれ同士組ませときゃ管理が楽とか、そんな理由だろ」
考えてみればそうだ。俺も颯希も、結局のところ鼻つまみ者の魔術師。それがまとめられるなら、その理由は一つだろう。
『それは違う。理由は話せないが、それは勘違い――』
「はいはい、分かった分かった。それじゃあ全国行脚頑張ってねー」
また何か言いそうだったので、俺は無理やりさえぎり、嫌味を言ってから受話器を乱暴に置く。
神坂一族は、個人の感覚にそって、大人になってからは全国を旅してまわっている。家族間の交流はほとんどなく、中学校に上がってから俺はずっと一人暮らしだ。なんでも昔からの伝統らしいが、俺にはよくわからない。
またかかってきても面倒なので、電話線を抜いておこう。携帯電話の電源も切ってしまえ。
どうせ、期待している電話なんか来ないさ。
……そういえば、俺はどんな電話に、期待していたのだろう。




