舞台
今回はとても長いです
ですが、どうしても区切り的にこの話は一つにまとめたかったので、このような形になりました。
「…………」
「…………」
二人して、無言。
寂れた公園がより辛気臭く感じる。
俺と颯希は、相変わらず命じられた通り、放課後も行動をともにしていた。
制服の男女が同じベンチに座っているにもかかわらず、むっつりと黙ったままそれぞれ無視しあっている光景は、はたから見ればどう見えるのだろうか。
相変わらず颯希の髪の毛は虹色だ。赤橙黄緑青藍紫、中学校の美術で習った通りである。
俺は携帯ゲーム機を、颯希はスマホを、それぞれ辛気臭い無表情でいじっている。
「…………」
「…………」
幸いなのは、この場に人がいないことだろう。これで周りに人がいたら、居た堪れなさすぎる。
放課後も外で行動を共にしろ。命令には違反していない。
お互いに離れてもいないし、外にいるのだから。
たとえ互いに無視していようと、逆らってはいないのだから問題はないはずだ。
(くそっ、いらいらすんな……)
この時間が辛い。仲たがいしている相手と一緒にいろだなんて……罰ゲームもいいところだ。
いっそ、命令に反して離れてしまおうか――そう、思った時――
――視界の端がに、光が駆け抜けた。
「「っ!」」
颯希も気づいたようで、緊張感をあらわに立ち上がり、あたりを見回す。
光の線――魔力線は、公園を取り囲むようにして走っている。
「決闘場結界か……また公園で襲ってくるとは、ずいぶんと芸のない奴らだ」
俺は思わず、小さくつぶやいてしまう。ここ一週間の中で、ここで戦う羽目になるのは三回目だ。
「こんな時に、いったいなんなんです――気分が悪いですね」
颯希も独り言のように、まだ見ぬ敵へと悪態をつく。
ザリッ、と、公園の入り口の方から、砂利がちりばめられたコンクリートを踏む音が聞こえる。
二人してそちらを見ると、そこにいたのは――仮面をつけた白い人間だった。
オペラ座の怪人のファントムのような、のっぺりとした白い仮面。白い布の手袋に、白いシルクハット、白いスーツ、白いエナメル靴と、全身真っ白だ。長い髪の毛だけは色素が抜けたような薄い茶髪だが、やはりそれ以外は白い。
「お前らは姿を隠すのが好きなのか? この前の男とは色が真逆だが」
相手の声を聞くべく、話しかけてみる。体格的に男性っぽいが、かなり細身でそれなりに若そうだ。
だが、その仮面をつけた白い男は――無言で、『どこからともなく』トランプを取り出した。
柄はすべてクローバー、そいつと対照的に、黒い。
そのトランプすべては――光っていた。
つまり、魔力が込められている証。魔法に使おうとしている状態だ。
道具だけが光って見えるのは――その道具で、いつでも魔法を発動できる状態でセットしている、ということだ。この前の黒服サングラスの男と違って、こいつはそれができる――つまり、それだけ技術が上、ということだ。
「どうにも、黒服サングラスを処理した奴と同じっぽいな」
あの時飛んできたカードは――トランプのクローバーだったのだ。
俺の言葉に反応してか、男が振りかぶる動作をする。同時に、俺たちに向かって魔力線が伸びてくる。
男がトランプを投げると同時に、それが急に発火し、すぐに燃え上がる。
颯希は魔力線を曲げて回避し、俺は普通に避ける。
颯希が魔力線を曲げて、そのまま軌道が変わったということは――あのトランプ自体にも、追尾能力がある魔法をかけてあるようだ。
「そうみたいですね」
今の一瞬で颯希もそう思ったみたいで、男を睨みつけながら頷いた。
共通認識が出来た――目の前の男は、確実に敵だ。
それもご丁寧に、使っているのは『近代西洋儀式魔法』だ。
トランプの四つの柄――クローバー、クローバー、ダイヤ、ハートは、それぞれ近代西洋儀式魔法において、象徴武器に当てはまる。
クローバーに対応するのは杖。杖が火の象徴武器である以上、クローバーもまた火を司るのだ。
「仕返しだ!」
俺は前歯を剥き、男に向けて拳を構えて駆け出す。ちょうどいい――どうせ敵ならば、今の苛立ちをぶつけてやる!
仮面の男は俺から離れるようにサイドステップで移動していくが――バカめ、そっちには数少ない遊具が並んでいるんだ! お前に逃げ場はない!
俺はもらった、と思いながら追いかける。しかし、男がまたどこからともなくクローバーを取り出し、そのまま魔力線がこちらに伸びてきてしまったため、避けるほかない。
ちっ――やっぱり、この前と同じように、決定打に欠けるのか。
颯希も今のでそれが分かったみたいで、顔を歪めている。
颯希の体力は平均よりは高いものの、それでも一般人レベルだ。俺と同じぐらいの身長を持つ男には対処できないだろう。俺も颯希も武器は携帯していないし……どうしても、攻めきれない。
男は俺とある程度距離が離れたのをいいことに、クローバーを燃やしては何枚も投げつけてくる。黒服サングラスの男と違ってその速度は速く、また魔力線が伸びてから攻撃するまでの時間も短いため、避けるのが難しい。しかも、
「ちょっ! だからこっちに飛ばすなっつってんだろ!?」
「だから不可抗力です! うろちょろしてないでおとなしくしてればいいです!」
颯希が曲げた攻撃の一部が、俺に襲いかかってくるのだ。
仮面の男の腕はかなり良く、俺にも颯希にも、同時に行きつく暇を与えないほど攻撃を繰り返してくる。
お互いに叫んでいてなんだが、避ける側も曲げる側も、方向なんか気にしていられない。
「もうお前邪魔だ! とっとと逃げろ!」
「こっちの台詞です邪魔者!」
しかも俺と颯希は現在仲たがい中。もともとバラバラだったのだから、チームワークなど望むべくもない。
俺が避けたと思ったら、そっちに軌道を変えてしまう。俺の体が邪魔になって魔力線を感知できず、曲げるのが遅れる。
互いに足を引っ張り合い、敵か味方か分かったものではない。
「ああもう、うざったいです!」
颯希がかんしゃくを起こしたように叫ぶ。颯希は魔力線を百八十度――相手に向かって飛ぶように曲げる! 仮面の男が投げた発火したトランプは、さきほどまでの軌道を描いて、男自身に襲いかかる!
男は動じず、それを相殺するようにしてトランプを当て、着弾には至らなかった。
だが、今ので俺は分かった――遠距離攻撃の手段が出来たことを。
「そんないいものあるんだったら先言えよ!」
「成功率は低いんです!」
……成功率が低いのか。だから、今まで使わなかったんだな。
くそっ、それじゃあ今までとほとんど変わらないな。
「くそったれがっ!」
俺は八つ当たり気味に、落っこちていた石ころを男に向かって投げつける。男はそれをはじいて見せたが、その隙にもっと大きめのを投げつけ――男の仮面に当たった。
それなりに鍛えていた俺の筋力で投げられた大きめの石は、男を少しのけぞらせるほどの威力を持っていた。
そして、その衝撃で――仮面がはじけ飛んだ。
白い仮面が外れ、素顔が露わになる。
仮面の下の素顔は――整った顔立ちの、男。
線の細い顔立ちと怜悧な表情。すっと切れ長の目は、それだけで女性を虜にしてしまいそうなほど。
「ふーん、ばれちゃったか」
仮面が外れた男は、少し困った、程度の表情をし、初めて言葉を発した。
その声には聴き覚えがあり――その顔には、見覚えがある。
女性に大人気の甘いマスクを持つ、天才マジシャン。
――百合宮秀介。
「お前かよ……」
八つ当たり気味ではあるが、ある意味不仲の根源だ。
会いたくもない奴に会ってしまった。
考えてみれば体格も、髪の毛も、服も似ている。昨日のショーでは靴は黒かったしシルクハットもしていなかったから気づかなかった。
そしてなによりも、どこからともなくトランプが手の中に出てくる技術。それは、天才マジシャンが故の技能、手品だ。
「魔法使い(マジシャン)が手品師だったとは、ずいぶん面白い符号だな」
俺は皮肉を吐きながら、百合宮を睨みつける。
颯希は驚きから立ち直れていないようで、百合宮を指さし、青い顔で口をパクパクとしている。
「自分でもとんだ冗談だと思うよ。――それで、昨日のマジックショーは楽しんでもらえたかな?」
百合宮は俺の皮肉に乗っかり、嫌味を返すように問いかけてくる。
「ああ、すごかったぜ。正直魔法使いなんかやってないで、そのまま手品師でもやってりゃいいのに、とも思うよ。そうすりゃあこんな面倒なこともなかったしな」
噛みつく。無様だとわかっているが、こいつの姿を見ているとムカついてくる。くそっ、イケメンめ……。
「それで、魔法使いの癖に、なんであんな目立ってるんだ? 魔法使いってのは隠れているもんだろ?」
情報を引き出すべく、百合宮に問いかける。昨日のトークではかなり饒舌だったから、もしかしたらおしゃべりが好きかも知れなのだ。情報はなるべく抜いておくに越したことはない。
「ははっ、むしろ目立つ方が魔法使いだとばれないと思ってね。実際、あんな目立つのが魔法使いなわけがない、って油断していたやつらを何人も倒してきてるよ。たくさん金も入るしね」
百合宮は余裕そうな怜悧な笑みを崩さないまま、見下すような目線をこちらに向けながらぺらぺら話す。なるほど、凄腕だと思ったのは間違いではないみたいだ。いくら不意打ちとはいえ、何人も倒してきているのだから。
「で、所属組織と役回りはなんだ? こっちの所属はそっちから襲ってきている以上分かっているだろうがよ」
基本的に、魔法使い同士の戦争において、勢力を広げたいからと言って、目についたものを襲う、というのは悪手だ。基本的に襲う側は、ある程度相手のことを調べておく。
「ああ、知ってるよ。君は神坂一族で、麗しの御嬢さんは稲宮神社だろう。君たちがまだ生まれる前、神坂一族の女狐が稲宮神社を交渉によって取り込んだんだったね」
人の母親を堂々と女狐呼ばわりか。まぁ、あの交渉手腕はまさに女狐だが。
「それで所属組織だけど……黄金の夜明け団の分派の一つ、『暁』だよ。しがない勢力の一つで構成員もひとけただけど、一応僕がリーダーだね」
「黄金の夜明け団系列か………」
黄金の夜明け団。近代西洋儀式魔法において、右に出るものはないといわれるほど大きな組織だ。世界中にその構成員がいて、その分派も数えきれないほどある。その一つだったわけだ。
「近代西洋儀式魔法に関しては数が多いから特定は難しかっただろう? まぁ、数多くいる雑魚の一人とでも考えてくれると、こっちもプレッシャーはなくて気が楽かな。なんせ、手品と違ってこっちは得意ではないからね」
相変わらず人を小ばかにしたような、怜悧な笑みを浮かべる百合宮は、おしゃべりに満足したのか、トランプを構え始めた。
それにしても、ずいぶんな嘘をついてくれるもんだ。道具にそこまで上手く魔力を込め、魔力線を伸ばしてから攻撃までの時間が短い奴なんかそうそういねぇよ。
「最後に一つ聞きたいことがある。……どうやって俺たちの場所を特定した?」
俺は時間を引き延ばすべく、さらに質問を重ねる。この前の黒服サングラスといい、俺たちの動向が筒抜けなのはなんでだ? この開けた場所で戦う、というタイミングを選んで現れたのはなぜだ?
「うーん、最初に戦ったあの人は、ここの調査をしていたら偶然君にあったから襲いかかったらしいよ。それで僕が、君たちがここにいるのを分かった理由だけどね――そちらの御嬢さんのバッグに、僕からのプレゼントがあるはずだよ」
颯希ははっとして、鞄の中を探る。颯希が取り出したのは、昨日のショッピングモールで百合宮からもらったハートのエース。
「それに発信機を仕掛けておいたんだ。いやはや、君たちの本家は行動が分かりやすいね。ちょっとあのショッピングモールで魔力線を走らせるだけで、君たちをそこに行ってみろ、なんていうんだから。麗しの御嬢さんはちょろそうなうえに髪の毛が派手で分かりやすいし、ああして渡せば違和感はないだろ? まぁ、ここまで上手くはまると逆に怖くはあるけどね」
全部……計算ずくかよっ……!
俺と颯希が一緒に行動することを本家が決定するのを予想し、それに合わせて前々からあのショッピングモールに囮の魔力線を出した。それを上が気にすることを予想し、そこから俺たちがいつかあそこにいくのも予想した。
さらに、追跡に使ったのは、魔法ではなく発信機。魔法だったら一発で俺に見破られるから、その対策だろう。
……いくつもの偶然と予想に頼った作戦だが、恐ろしいほど上手くいっていたようだ。
「ちなみに、あの杖使いと二回目に戦う前は毎度あり。仲間の一人が作ったものとはいえ、美味しく食べてもらえたようで何よりだ。まぁ、髪の毛も染めていたしかつらもつけていたから分からないと思うけど」
「あれも貴方です!?」
颯希が驚きで顔を真っ青にしながらそう言った。
じゃあ、あのベルギーワッフル屋の店主も……こいつだったってことかよっ……!
それほど近くにいたから、組織の名前を吐かれそうになったときに始末できたわけだ。
「君たちを狙うのには大分準備が必要だったよ。ま、こうして仲たがいまでしてくれたのは完全に偶然だけどね。自分の顔に感謝してもいいぐらいだ」
そういって、百合宮は厭味ったらしい目線を俺に送る。
今までの行動の全てが、こいつの掌の上だったってことかよ……。
心が折れかける。じゃあ、今までやってきたことは全部裏目? 散々踊らされ、最終的にこのざまだ。おかしすぎる。
だが、ここまで教えてもらっても――いつの間にか構えを崩していて、おしゃべりを続ける姿勢だ――まだ疑問が残る。ある意味、今回の最大の疑問といってもいい。
「それじゃあもう一つ。神坂一族は確かに大きな組織で、俺は弱い。でも、俺を狙う意味はないはずだ。俺を殺したり、取り込んだりしたところで、神坂一族には大きな損失にならないはずだ」
ここまで言って、言外に問う。
なぜ――俺と颯希をそこまで付け狙う?
俺と颯希にある価値は、せいぜい人質ぐらいだろう。とはいえ、人質を手に入れるためだけにここまで遠大な策を練ってくるのは、かなり不自然だ。
俺たちは、落ちこぼれの魔術師。魔法の劣化版である魔術しか扱えない、爪弾き者。そんなのを狙って――なんの価値がある?
俺の言外の問いが通じたのか、百合宮はここで初めて、表情を大きく動かした。
目を丸くして、口笛を吹くように口をすぼめている。どうやら、驚いているらしい。
「……驚いたな、君は何も知らないのかい。……その様子だと、麗しの御嬢さんも知らないようだ」
呆れたように驚いて見せた百合宮は、肩をすくめてやれやれ、と首を振る。
「どうせ、汎用性のない魔術だし、実際活用できた場面が少ないから、自分たちに価値がないとでも思ってるんだろうね。確かに、神坂長男は魔力線が見えるだけで、なんか変わった状態のほうはまだマシだけどリスクは大きいし、何よりもあの台詞は恥ずかしいよね」
「おいこらやめろ。お前みたいな色男が言えば様になるだろうが、自分があれ言ってると思うと死にたくなるんだぞ」
ここであの状態が蒸し返されると思わなかった。
しかし、俺の懸命なお願いを無視して、百合宮は語り続ける。
「それで稲宮神社の御嬢さんははぐれ者だね。両親以外の家族に見放され、たった三人だけで周りの視線に耐えながらしがない神社を守る羽目になったわけだし、しかもその魔法が最悪だ。曲げる魔力線が選べるならいいけど、その時自分の周りにある魔力線まで、すべて曲げてしまうんだよね。今まで色々な魔法使いと組んできたけど、成功どころか嫌われてばかりだね。勝ったことなんて一度も――」
「――やめてくださいです!!」
百合宮の話のボルテージが上がってきたとき、颯希が、泣きそうな声でさえぎった。
実際にその大きな目には涙が溜まっており、握りしめられた拳はぷるぷると震えている。
「人の過去自慢げに掘り返して何様のつもりです!? 龍也さんにだけは――聞かれたくなかったのに!」
颯希は叫んだ直後、しまった、という顔でこちらを見た。目からはついに涙が溢れ、その頬を伝う。
俺にだけは、聞かれたくなかった? なんでだ?
それに、颯希の魔法は、仲間の魔力線まで曲げてしまうだって? それじゃあ颯希と組んだ相手とは、上手い連携など望むべくもなかっただろう。
今まで、親戚に嫌われ、組んだ仲間にも嫌われ……そんな風にして、過ごしてきたのか?
「ふむ、なるほど――厄介なことになっているな」
百合宮は悪びれもせず、颯希の言葉を吟味している。
それと、さっき百合宮はなんて言いかけた? 勝ったことは一度も――ない、と言いたかったのか?
「んー、それにしても、神坂長男は人の心が読み取れないらしいね。陰陽師なのに――いや、魔術師だから別物か」
考え込んでしまった俺に、呆れたように百合宮は説明しだす。
「つまり、形はどうあれ、君と組んだあの時が――稲宮神社の御嬢さんにとって、初めての勝ちだったわけだ。あんな形だが、彼女はうれしかったはずだよ」
「…………」
百合宮にそこまで説明されても、俺は分からない。
勝ったのがうれしいのは分かる。でも、なんでそこから、俺にだけは聞かれたくなかった、になるんだ?
「……話がそれたかな? さて、では僕が君たちを狙う理由について話そうか。冥土の土産にね」
黙り込んでしまった俺たちを無視して、百合宮は怜悧な笑顔を浮かべて、どこか恍惚とした表情を浮かべながら、説明しだす。
「近代西洋儀式魔法は、その性質上、風水に長けているんだ。道具や方角を大事にしていることからもそれが分かるだろう? 僕はその端くれである以上、そこそこ詳しいんだけどね――ここ数年、ちょっとした厄介なものを見つけちゃったんだ」
動揺で何もできない俺と颯希を横目で見て、百合宮は両手を広げる。
「それが、君たちが属する、神坂一族と稲宮神社だよ。特に神坂一族は陰陽道の最大手だ。風水に関しても陰陽道の方が圧倒的に詳しいし、正直目障りなんだよね。ま、それでも目障り程度で済むならまだいいんだけど――それが見過ごせないレベルになってさ。ある二人のせいで」
百合宮はこちらを真正面から、今までにないほど激しい視線で『睨む』。
「それが――君たちだよ。神坂一族が全国を旅しているのは、昔に世界の『地脈』や『龍脈』と呼ばれる大きな魔力の流れを直して旅していたことに起因する。稲宮神社が祀っているのは四神獣。これも方角が強く関係していて、風水と陰陽道に強く結びついている。そんな二つの家から、世界を壊しかねないほどの魔法使いが同時期に産まれたんだ。――この意味が分かるかい?」
世界を、壊しかねない? それが、俺と颯希?
「さっきも言った通り、僕はそれなりに風水に詳しくてね。風水にかかわる家から、『魔力線を視認できる』奴と『魔力線を曲げられる』奴が産まれたって知ったときは、なんの冗談かと自分の正気を疑ったよ。悪い冗談か何かだと、今でも思いたいぐらいだ」
百合宮の鋭い目線が、俺たち二人を貫く。
「巨大な魔力の流れにも関わらず感知すら難しい龍脈を視認できるかもしれないポテンシャルを持つ魔法。世界の豊穣と幸運を司る龍脈を曲げるポテンシャルを持つ魔法。そんな二つの魔法を持つ奴が、成長してみろ。――世界は大混乱に包まれるぞ」
いつのまにか百合宮の口調は冗談めかしたものでも、気取ったものでもなくなっていた。乱暴で、まっすぐな感情がこもった声。
「はん、お前の言い分は分かった」
本当はまだ理解しきれていないが、はったりを含めて俺は口を開く。これ以上向こうにばかりしゃべらせていると、呑まれてしまいそうだからだ。
「それで、結論はなんだ? 俺たちをどうするつもりだ?」
今度こそ、最後の問いかけ。小学生の一生のお願いみたいになってしまったが、ここまで聞き出せれば十分だ。
おしゃべりなのをいいことに時間を稼いで作戦を練ろうともしたが、この状況下では何をやっても無駄だろう。
「決まっているだろう? ――成長する前に、殺す!」
百合宮の目が吊り上り、その口から殺意のこもった声が吐き出される。
そして、その手からクローバーが描かれたトランプが放たれる!
だが、今までの戦いで、炎の威力と速度はある程度見切った。単調な攻撃だし、慣れれば楽なもんだ!
俺はそう自分を鼓舞し、魔力線上から体をどける。体のギリギリを高温の炎が通り過ぎた余波でやけどしそうなくらい熱いが、直撃を食らわないだけましだろう。
「颯希、大丈夫そうか?」
「え……?」
颯希はいまだに茫然としている。俺に何かを聞かれたのがショックだったのか、はたまた自分が命を狙われる理由がショックだったのか。
「あいつは、お前のことも殺そうとしている。そして俺は――お前に死んでほしくない。傷ついてほしくない」
さっき颯希が叫んだ時、俺は確かに胸に鋭い痛みが走った。
死んでほしくないのはもちろんだが――傷ついてもほしくはない。颯希が傷ついてしまうのは、嫌だ。
こんな短い期間で、それもほとんど反目し合っていたのに、それでも俺は、颯希に大分惹かれていたようだ。
それなら、まぁ……ショッピングモールで百合宮に嫉妬したのもわかるな。
全く、ただのエキセントリックで、髪の毛が虹色で、芸術的センス皆無なこいつに惹かれていたなんて――滑稽な話だ。
後ろからトランプが飛んでくる。俺は魔力線上から颯希を抱えて離れる。
よし、大分攻撃が読めてきたぞ。このまま逃げ切ることも可能かもしれない。背中を向けたら最後、後ろから攻撃されて終わるだろうが、回避しながら逃げるのは可能かもしれないな。
「逃げれるかも、なんて思ったかい?」
そんな俺の思考を読んだか、百合宮が薄く笑う。
その手に現れたのは――クローバーだけではない、様々な柄のトランプ。
「火だけだと思ったら、大間違いだ!」
魔力線が伸びてきて、トランプが放たれる。そしてクローバーは発火し、ハートは水の刃となり、ダイヤは土の塊に、スペードは風の刃に変わり、襲いかかってくる!
「まじかよ!? 颯希、曲げてくれ!」
「は、はいですっ!」
お姫様抱っこで抱えている颯希に、そのすべてを曲げるよう頼む。俺と颯希は今やくっついているため、曲げることで俺に当たることはない。
それにしても……火だけじゃなくて、他の四つも使えたのかよ……。
前の黒服サングラスが火しか使えなかったことからわかるように、同じ近代西洋儀式魔法でも、大体の人は使える属性は一つだ。才能があったとしても二つ三つが限度。だが、百合宮は今、四つ使って見せた。
やっぱり読みは間違いじゃなかった。百合宮は、小規模な勢力にいるとは思えないほど凄腕だ。
「確か手品師の道具といえば、コインやステッキもあったよな」
……嫌な想像が浮かぶ。それこそ、今あいつが手品で杖を取り出して火を放ったり、コインを取り出してそれを投げてきて、それが突然大きな石になっても驚かない。コインは、象徴武器の円盤でもある。
「まだだっ! 手品師っていうのは素晴らしいね!」
案の定、百合宮はコインをいくつも投げつけてきたし、いつのまにかステッキを取り出していた。そのどれからも、魔力線は伸びている。
「颯希頼む!」
「わかりましたです!」
颯希もある程度冷静になってきたのか、すぐに対処してくれた。ある程度は俺が避け、無理なものは颯希が曲げる。颯希を抱えてゼロ距離である今、さっきまでの相性の悪さはない。
ああ、分かった。
俺は、今の状況がたまらなく気持ちよく感じた。コンビネーションが、上手くいく感覚。
颯希が俺にあの話を聞かれたくなかった理由が、よくわかった。
颯希の魔法は、仲間のも曲げてしまう。だから今まで、上手くいかなかった。
だが、俺の魔法は魔力線を曲げられても、直接的な害はない。何せ、魔力線を使わないのだから。
結論としては少々自意識過剰気味だが――颯希は、俺と組んでいたかったのだろう。
俺が過去の失敗談を知ってしまったら、嫌われるかもしれない、とか思ったのかもな。
「なぁ、颯希」
「な、なんです?」
俺は腕の中の颯希に、すがすがしい気分で問いかける。それにしても颯希、顔真っ赤だな。
「今まで、すまなかったな。あいついわく、俺たちは厄介者らしい。相性がかなりいいそうだ。だったら――俺たち二人で、あいつを倒そう」
「――っ!?」
俺が提案しながら笑いかけると、颯希は目を見開いた。
そしてその目は驚きから――歓喜に変わる。
「――やってやるです!」
「いよっしゃ、いくぞ!」
颯希の威勢のいい声が、公園に響く。その声は確かに、俺に届いた。
「何を話してるのかわからないけど――そろそろクライマックスだ! 手品ショーの閉幕といこう!」
俺たちの何かを感じ取ったのか、百合宮は焦ったように叫ぶ。
その手には大量のトランプが現れ――百合宮は、それをばらまいた。
「颯希、あの魔力線を全部俺に集めろ! もう覚悟は決めた!」
「えっ! でもっ!?」
俺が颯希にそういうと、颯希は心配そうな顔をした。
今百合宮が放とうとしている魔法は、おそらく、とんでもない威力を持っているはずだ。それを全部俺に集める――というのは、かなりの危険が付きまとう。それを心配しているのだろう。
「大丈夫だ。俺を信じろ。なんせ――俺とお前は、『チーム』なんだからな」
チームを組む、というのは、互いに信じあえて、初めて形になる。
「分かったです。――死んだら承知しないですよ!」
俺は颯希を下して、少し離れる。
颯希も覚悟を決めたのか、目線が一気に鋭くなった。
「何をするのかわからないが――お終いだ!!!」
百合宮が、トランプがひらひらと舞う中、両手を宙に掲げる。
瞬間、無数のトランプから魔力線が大量に、俺と颯希に伸びてくる。
「これほどの威力ならさしもの君も取り込みきれないだろう!?」
百合宮の口角が乱暴に吊り上り、伸びてきた魔力線がより太くなる。
俺は腰を落とし、両腕を顔の前にクロスして、受けとめる姿勢を作る。颯希は百合宮を睨み、いつでも魔力線を曲げられる準備をする。
「食らえ――魔術師!」
百合宮の腕が俺たちに向かって振り下ろされると同時、トランプが一斉にこちらに向かってくる。一枚一枚の威力ですら今までのを超えており、シャレにならない威力だ。
「颯希――頼む!」
「ちゃんと受け止めるですよ!」
颯希が腕を振る。それだけで、颯希に向かっていた魔力線が皆、こっちに曲げられた。
今や百合宮の攻撃のほぼ全部が、俺に向かっている。
俺の魔力を吸収する体質でも、耐えきれるかどうか。
「頼むぜ――俺の体っ!」
気合を入れるように叫んだ直後、百合宮の魔法が俺に襲いかかる。
視界いっぱいを埋め尽くす恐怖に、俺は目をつむり、顔を腕で覆い隠した。
腕が、頭が、腹が、胸が、足が――火に焼かれ、水と風に斬られ、石に打たれる。
悲鳴を上げる余裕すらなく、ひたすら歯を食いしばって耐えるしかない。
代わりに体中が悲鳴を上げる。体の中を駆け抜ける振動で、骨がどこかの骨が折れるのが分かる。駆け抜ける痛みで、肌が斬られたり焼かれたりするのが分かる。
それとともに――体の中に、力が入り込んでくるのも分かる。
リアルタイムで傷ついている体の表面とは別――胸の中心あたりに何か熱いものが流れ込み、渦巻くのが感じる。
――ドクンッ、
心臓が、大きく脈動した気がする。
――ドクンッ、
脈動するたびに、より力が増し、より力が流れ込み、より力が激しく渦巻く。
――ドクンッ、
体の芯が熱くなってくる。体中に力が漲ってくる。
(颯希……)
そして、脈打つたび、頭の中に、ここ一週間の思い出が巡ってくる。
最初にあいつが遅刻してきたところから始まり。
――言い合いになりながらも仲良くなった。
――初めての戦闘で相性が悪くて言い合った。
――あいつの家を訪ねた。
――一緒に買い物をして蕎麦を食った。
――いろいろなところで遊んだ。
――ショッピングモールで買い物もした。
――嫉妬から喧嘩もした。
――そして今、根本的な解決こそまだだが、こうしてチームが組めるぐらいには和解した。
その一つ一つが、いつの間に俺の中で大切な思い出になっていた。
死に際の走馬燈――なんかじゃない。
そんなものに、してたまるか。
まだ謝れてもいないし、仲直りもしていない。
この思い出を、これからも増やしていく。
エレナや康大も一緒に――颯希との思い出を、作っていく!
そのためには――――こんなところで、死んでたまるか!
「ああああああああああああっ!」
食いしばっていた力を声に出して開放する! 叫び声とともに、より俺に襲いかかる魔力を吸収し、糧とする!
――ドクンッ、
今までの中で、一番大きく、心臓が脈動した。
直後、体中が熱を帯び、力が漲ってくるような感じが巡る。
――溜まった!
「ああっ!」
最後に、より大きく叫び、気合を入れる。
瞬間、目に見えて弱まっていた攻撃が完全に俺に吸収され、消え去る。
「なっ!?」
百合宮の顔が、今までにないほど大きく驚きに歪む。
そんな、余裕がなくなった百合宮を見て――俺はむしろ、余裕の笑みを向ける。
「よう色男。そんなんじゃおきれいな顔が台無しだぜ?」
回りくどい、格好つけたような台詞とともに。
「あれを耐えたというのか!? くそっ、どこまでも恐ろしい奴め!」
百合宮はステッキとコインを構え、俺を睨む。
「魔力線が見えて、曲げられて――さらに取り込んで力にするだって!? そんなの、滅茶苦茶だ! 下手をすれば、龍脈の力すら取り込んでしまえる!」
百合宮は顔を青くし、その一方で俺を強く睨みつける。
「ヒューッ、怖い怖い。色男――これからちょいと、遊んでもらうぜ?」
さぞ余裕の笑みを浮かべていることだろう。実際、体はぼろぼろだし、痛みが全身に走っている。それこそ戦うどころか、遊ぶことすらできないほどに。
だが、それでも、無理やり動かす。生きるために、颯希を生かすために、これからも一緒に過ごすために。
「虹色のお姫様が協力してくれたんだ。こんな場合、色男が悪役なのは相場が決まってるよな?」
俺は指を拳銃の形にして、百合宮に向ける。
「バァーン!」
ふざけた擬音語とともに俺が打つ真似をすると、百合宮の手からステッキがはじけ飛ぶ。まるで、何かが高速でぶつかったように。
魔力に質量をもたせる。つまり、物質化するということ。それを百合宮のステッキに放ったのだ。
「さあさあ、色男のマジシャンと、虹色のお姫様、そして格好つけな俺の三人が演じる過激な歌劇――最後に舞台に立っているのは誰かなぁ!」
俺が指を鳴らすと、魔力線が百合宮に伸びていき、コンマ数秒で質量をもつ魔力が放たれる。百合宮は即座に回避をするが――
「甘いです!」
――控えていた颯希が魔力線を曲げ、百合宮に命中させる!
「ぐうっ!」
百合宮が今、初めて明確に傷ついた。わき腹からは血が流れ、白いスーツを染める。
「颯希、気分はどうだい?」
「最高です。――よく生き残りましたね?」
「針千本飲まされるのは勘弁だからな」
相変わらず勝手によくもまぁ動く口だ。だけれどまぁ……今は許してやるかね。
「その絶好調モードの口調、か、かっこよくて……き、嫌いではないですよ!」
「やぁ、ありがとう、お姫様。こりゃあ何が何でも勝たなきゃならんな」
颯希が顔を赤くしながら、つまり気味にそういった。そうか……このセンスが好きなのか……。今まで散々バカにされてきたが、案外気に入っていたようだ。髪の毛の配色もエキセントリックなら、台詞の趣味もエキセントリックだ。まぁ……少し、だけうれしいけどな。
「さてと、じゃあ颯希――楽しくデュエットといこうか。どんなダンスがお好みかな?」
「龍也さんと踊れるなら――なんでもかまわないですよ!」
大して意味のないやり取りと目線だけで、次にやることがなんとなくわかる。
俺は悲鳴を上げる体を無理やり動かし、走る。
「は、はははっ、そんなぼろぼろの体で何ができる!」
百合宮は顔を恐怖に歪めながらも笑う。自分に言い聞かせているような言葉だ。
まっすぐ、単純な動きで百合宮に向かっていく。体の中に渦巻いている魔力を右腕に集める。
「悪あがきか――死ね!」
百合宮がステッキを拾い、そこから炎を放ってくる。
「お天道様にしては小っちゃいなぁ!」
俺はそれを、挑発的な言葉とともに拳で打ち砕く。正確に言えば、魔力を吸収し、消滅させる。
百合宮が一歩下がりながら、大量のコインを投げてきた。それらは拳大の石に変わり、俺たちに襲いかかってくる。
「させないです!」
横を走っていた颯希が腕を振る。それと同時、そのすべてが俺の右腕に集まってきて、すべて吸収され、消滅する。
「さぁ、色男――しっかり歯ぁ食いしばってろよ!」
俺は右腕に集めた魔力を物質化する。大量の魔力が物質化して腕にまとわりつくことで、一気に重さが増す。そのせいでただでさえ傷ついていた右腕が悲鳴を上げるが――あとでゆっくり休ませてやるよ。
「くそっ! まだだっ!」
百合宮の顔が焦りと恐怖に歪む。それでもまだ冷静で、その手に最後であろうトランプをどこからともなく取り出す。
「これほどの至近距離なら右腕も合わせられまい!」
あと数十センチ。そんなところで、そんな至近距離で、百合宮が俺に魔法を放つ。
その速度は、今までと比べ物にならないくらい早い。最後の力だろうか。
この至近距離でその速さは――俺には反応できない。
そう――俺なら。
「龍也さん――ありがとうです!」
横を走る颯希が、あらかじめ構えていた腕を振る。
直後、魔力線が曲がり、俺の目の前まで迫っていた魔法は、俺の顔をぎりぎりかすめて後ろへと飛んでいく。
それとともに、俺が右腕に込めていた魔力もそらされ、とてもコントロールできたものではなくなる。
百合宮の魔法の欠点。それは、周辺にいれば仲間の魔力線すら曲げてしまうこと。
だがさっき、それが役に立つと、しっかり証明できた。
俺の右腕から離れた魔力は、質量をもったまま――百合宮の顔面へと向かっていく。
さっき俺が放った魔力の弾丸は、颯希が軌道を修正して百合宮に当てた。
そして今回もまた――俺の魔力は、颯希の力で、颯希の魔術で、百合宮に突き刺さる。
ガスッ、と鈍い音が響き、百合宮の端正な顔が沈む。
直後、鼻血を吹き出しながら、歪んで台無しになった端正な顔がのけぞり、そのまま体ごと後ろへと吹っ飛んだ。
百合宮は数回バウンドしたのち……全身の力が抜け、意識を飛ばす。
「歌劇の舞台からは、醜くなった色男が落ち、上には虹色のお姫様と、俺だけが残りました――っと」
「相変わらず絶好調ですね。いや、舌口超ですか?」
「座布団一枚だ」
俺と颯希は軽口を交わしながら、笑いあう。
幸せな気分が、心に満ちてくる。
「それじゃあ颯希――またな」
「え……?」
それとともに――意識が、遠のいていった。




