虹色
「眠い……」
朝起きて、テレビのニュースを聞き流しながら朝食を貪る。その途中に、俺は誰に向けるということもなくぼやいた。
ニュースでは、最近台頭してきた、甘いマスクとキザな語りが人気の天才マジシャンとやらの特集をやっていたが、俺からすれば失笑に値するものだ。いや、決してイケメンに嫉妬しているわけではない。
「眠い……」
大きな欠伸をしたのち、俺はまた制服に着替えながらぼやく。
今日は新年度の始業式だ。俺はこの四月から二年生になるのだ。それには大した感慨はなく、学校の仕組み的にクラス替えの不安と緊張と期待も皆無だ。どうせ、去年度と同じである。
天才マジシャンとやらがトランプを使った手品を披露し始めたところで、俺は床にあったリモコンを足で押してテレビを消す。
その直後、特に代わり映えのしないインターホンの音が響いた。
「りゅ、龍君……いるかな……?」
ドア越しのくぐもった声で、遠慮がちな声が聞こえてくる。悪戯心がわいてちょっと居留守を使ってみようとも思ったが、眠くて面倒くさいのでそのまま応対する。
「おう、いるぞ。ちょい待ってろ」
俺は通学鞄を持ち上げて肩にかけ、ドアを開ける。
「お、おはよう、龍君」
「ん、おはよ……ふああっ……」
挨拶を返そうとしたところで、思わずあくびが漏れてしまった。
俺を迎えに来てくれたのは、幼馴染である三枝エレナ。名前の通りハーフで、腰まで届くほど長い銀髪がその証だ。肌は透き通るように白く……その……胸も、大きい。とても美人だ。
そんなエレナは今、当然俺たちが通う学校の制服を着ている。
俺たちが通う学校の制服は、誰の趣味だかわからないが、最近の深夜アニメに出てきそうなほどお洒落だ。赤茶色のブレザーにかわいらしいリボン、膝上何十センチというレベルの短いカラフルチェックのスカート。アイドルの衣装かなんかだろうか。
ちなみに男子の制服もお洒落で、同じく赤茶色のブレザーに紺色のネクタイ、カラフルチェックの長ズボンだ。こちらはイケメンアイドルが出てくる学園ドラマの制服みたいだが、あいにく顔はあまりよくないため、俺には似合わない。
エレナは酔狂なことに、毎朝律儀にこうして迎えに来る。それで、二人で並んで俺たちが通っている水鏡高校まで歩いていくのだ。
ちなみに彼女が言っている『龍君』とは、俺のあだ名だ。名前が神坂龍也だから、龍君。そのままだ。
「くそっ、昨日の夜は災難だったな。おかげで寝不足だ」
「そ、そうだね。わ、私もちょっと眠いかな。お、同じだね!」
あんな夜中に外に出る羽目になるとは思わなかった。あの時間で外にいると、俺たちは高校生であるため警察に補導されてしまう。補導歴がつくのは勘弁だが、残念ながら事情があったのだ。
「それで、そっちもあれから音沙汰なしか?」
「う、うん。帰ってからちょっとだけ本家に連絡して調べてみたんだけど、有用な情報はなかったかな」
「こっちもだ。道具からしてある程度予想はつくんだけどな……集団の性質が性質だからなぁ」
頭をガリガリと掻きながらぼやく。結局、この寝不足の原因となったあいつのことはわからずじまいだ。
しばらく雑談を交わしながら歩いていくと、俺たちが通う学校の校門前までついた。
その校門には、俺たちと同じ制服を着た学生たちが次々と入っていく。長い杖を持っている黒人の男、黒い眼帯をつけている白人の女、黒いフードをかぶって顔を見えにくくしている女、古びた分厚い本を抱えて歩く男、尻から動物のしっぽが生えている人もいれば、頭から動物の耳を生やしている人もいる。
……勘違いしないでほしい。ここは中学生ごろに発症する痛い病気持ちの集まりでもなければ、秋葉原かどっかのコスプレオフ会の会場でもない。全員が大真面目に、そんな恰好をしているのだ。
この小さな町は、日本の山奥にある。電車もバスも通っておらず、大した観光名所もない。当然一般人など来るわけもないし、住んでいる人もいない。
そんな町にあるこの学校は――魔法使いが通う学校なのだ。
■
「いよっ、そんなこったろうとは思っていたが相変わらず代わり映えしないメンバーだな!」
教室に入ると、少ない席の一つに、去年も同じクラスだった男友達が座っていた。
がっしりとした体格ながら、髪の毛を真っ赤に染めている。常にテンションが高く、ノリは軽い。非常につるみやすい男だ。
名前は渡部康大。クラスの数と学年の人数からして圧倒的に少ないクラスメイトの一人だ。
俺やエレナ、康大が所属するクラスの人数は、極端に少ない。たいていの学校はクラスの人数は大体均等だが、この水鏡高校はクラス分けの仕方が特殊なのだ。
魔法使いにも色々な流派があり、師弟関係だったり、血縁関係だったりで、細かく分類すればとてもではないが把握しきれないほど分かれている。
ここでこの学校は、それぞれが扱う魔法の種類を大雑把に決め、クラス分けしたのだ。
一組は一番人数が多く、世界中にいるであろう『近代西洋儀式魔法魔法』が集まるクラス、二組は陰陽道、三組は神話引用、四組は童話民話引用、五組は錬金術、六組は先ほど校舎に入っていく学生たちの中でも目立っていた人外のクラスだ。人外は、いわゆる、人に近いものの人ではない妖怪だ。その多くは獣人だったり、精霊だったりする。普段人前に出るときは魔法や変装で姿を偽っているが、ここではそんなことをしなくてもよいのだ。
クラスの番号が若いほど人数が多い。では、俺たちがいるクラスを紹介しよう。
人数は、俺、エレナ、康大の三人のみ。クラスは七組だ。では、俺たちはどんな魔法を使うのか。
それは……既存の枠に収まらない、特殊な魔法だ。
そういうとアニメの主人公かなんかみたいだが、簡単に言ってしまえば『爪弾きもの』だ。その特殊さゆえに扱いづらく、教える側も苦労する異常者の集まり。既存の枠から外れた落ちこぼれが、俺たちだ。
他のクラスからは『ラッキーセブンが落ちこぼれとは皮肉なもんだ』とか思われている。実際そうだし、俺たちは将来魔法使いとして安定して生活するのは難しいだろう。
「結局三人だけだもんな。クラス替えはほとんどないとはいえ、三人だと授業中に隠れてサボれないから疲れるな」
「りゅ、龍君! 授業はちゃんとしなきゃダメだよ!」
そんなやり取りを交わしながら、朝の自由時間を潰す。
クラスの編成の方法が方法なので、学年が変わろうがクラス替えなどない。また、転校生を期待しようにも、ここは世界でも数少ない魔法使いが集まる学校だ。普通の学生は絶対に来ないし、すでに世界中から同じ年頃の魔法使いが集まっているため、いまさら来ることはほとんどない。ましてや、この爪弾きクラスに所属するような魔法を扱う奴なんか、数少ない魔法使いの中でもほとんどいないだろう。
ちなみにこの学校は全寮制だ。世界中から生徒が集まるため、それに配慮している。この町そのものが、魔法使いが魔法使いのためにつくったものであるため、町の至る所に寮がある。
雑談をしているうちにチャイムが鳴る。教室の前の方にぽつんと並べられた三つの机にそれぞれ座ると、ちょうどその直後に教師が入ってきた。
「はい、まぁ代わり映えしませんが、今年もこの夏村舞が担任を務めます。よろしくお願いしますね」
やっぱり担任は夏村先生か。去年と同じだ。
各クラスの担任は、やはり各クラスの種類に見合った先生が選ばれる。この学校において、特殊な魔法を使う先生は彼女一人しかいない。
しゃれっ気のない眼鏡をかけ、それなりに整った顔立ちに笑顔を浮かべながら連絡事項を先生が話していく。いたって普通の教師だが、こう見えて、特殊な魔法使いにしては珍しい大成した魔法使いだ。
「入学式は昨日のうちに終わりましたし、始業式も面倒くさいのでありませんからね。一時間目はホームルームですが、二時間目からは事前に連絡した通り授業があります。辛いかと思いますが頑張ってくださいね」
……そうなんだよなぁ……。
この学校は授業の中に魔法関連のものも多い。そのせいで、普通の高校でやるような授業のコマがとりにくいのだ。大体の学校はこの手の式典が大好きだが、この学校は式典やるくらいなら授業、というスタンスなのだ。
「うげぇ、メンドくせぇ……」
康大が机に体をだらしなく預けながらぼやいた。うん、その気持ちは俺も同じだ、親友よ。
「本当はもう一つ連絡があったんですけど……どうしましょう……?」
そんな康大を尻目に、先生が頬に手を当てながら問いかけてくる。
「そんなこと俺たちに問いかけられても知りませんよ……。ていうか、連絡できない理由でも?」
連絡の内容も知らないのに答えられるわけがない。相変わらず訳が分からん先生だ。
「あー、ていうのもね――」
先生が何か話そうとしたとき……廊下から、必死に誰かが走ってくる音が聞こえてきた。それは少しずつ近くなり、大きくなっていく。
そして――
「すみません! 遅刻しましたです!」
――ドアを乱暴にあけ、可愛らしい声の女の子が、そう叫びながら入ってきた。呼吸は荒く、髪の毛も乱れている。そしてエレナと同じ制服を着ており、この学校の生徒であることがうかがえた。
その女の子の身長は低く、全体的にほっそりとしている。顔つきはとても可愛らしく、今すぐアイドルとして大成功しそうなほどだ。肌もとてもきれいで、つまるところ美少女。ただし、そのサラサラでボブカットの髪の毛は――虹色だった。
「あ、来ましたね。それじゃあみんな、転校生を紹介します」
先生がにこやかな笑顔でそういうと、俺たちの間にさらに衝撃が走る。
エレナと康大は口をポカンと開け、その女の子を見ていた。おそらく、俺も同じ表情だろう。
初日から遅刻してきて、とてつもない美少女で、髪の毛は虹色で、その上この学校のこのクラスに転校生……? なんかもう、特殊なことが多すぎて頭がパンクしそうだ。
「お名前は稲宮颯希ちゃんです。とっても珍しいことに、このクラスに転入してきました。これから仲良くしてあげてね」
先生は相変わらずマイペース。こう、色々驚かないのだろうか。特にあの虹色の髪の毛に。
「稲宮颯希です。これからよろしくお願いしますです」
妙なしゃべり方をする転校生――稲宮は、小さく微笑んでお辞儀をした。ただし、髪の毛は走ってきたせいか乱れているし、声も息切れした後だからか余裕がない。なんかもう、色々残念だ。
「な、なんだ……あのみょうちきりんな髪の毛は……?」
俺はその頭を見て、思わず呟いてしまった。染めているのだろうか。でもあんなにカラフルに染められる染髪料があるわけない。となると、魔法の影響? ありえるな。このクラスに入るような魔法だから、その程度の副作用はあってもおかしくはない。人外の類だったら六組に入るだろうしな。
俺が愕然と呟いた直後、稲宮の目は急に鋭くなり、こちらに向けられた。ありていに言えば、睨まれた。
「ちょっとそこの昼行灯みたいな男! 今この最高の芸術的センスを持って彩られた至高の髪の毛をバカにしましたね!? 万死に値します!」
そしてその可愛らしい声で、思い切り罵倒してきた。
「誰が昼行灯だよ……よく言われるけどよ。いや、それにしてもその髪の毛凄いな。非常に妙だ。それを最高の芸術的センスと思っているなら、それは一般的に見て壊滅的な芸術センスだな」
ある意味先進的ではあるが。
「なっ!? 今思いっきり私のことバカにしましたね!?」
稲宮は白い歯を剥き、今にもとびかからん勢いで睨んでくる。だが俺には、それが、小動物が一生懸命威嚇しているようにしか見えず、恐怖感を覚えない。
「て、ていうか私の席がありません! この芸術センス皆無な昼行灯とこれから先同じ教室で過ごすうえ、初日から『おめーの席ねーから!』的ないじめ発生ですか!? 絶望です! 絶望的です! そこの昼行灯のセンスぐらい!」
「うるせぇ! どっちが絶望的だ!」
「あー、ごめんねー。席用意するのを忘れてましたー。このホームルームが終わったら一緒に取りに来てくださいね」
稲宮が叫び、俺も叫び、先生はにこにこと笑いながらのんきなことを言っていた。
「しゅ、収拾がつかねぇ……」
エレナを挟んだ向こう側の席で、康大が頭を抱えて蹲っていた。このカオスな状況に頭痛でもしてきたのだろう。
「うーん、それにしても、龍也君と颯希ちゃん、こんな一瞬でずいぶん仲良くなったね」
「「どこがっ!?」」
先生の発言に、思わず声をそろえて問いかけてしまう。
「声揃ってめっちゃ仲いいじゃねぇかよ……」
向こうで康大が何か言っているが無視だ。
「龍君とあんな早く仲良く……。……見た目がちょっといいだけで変な頭のくせに……」
そしてエレナが暗い笑みを浮かべて何やらぶつぶつ呟いている。正直怖いのでこちらも無視だ。
それにしても稲宮、なんて性格だろう。初日から遅刻してくる神経やあの芸術センス……なんてエキセントリックな性格だろうか。
魔法において、体内や空気中に存在する『魔力』を扱うのは前提条件だ。それゆえ、魔法使いは一般人に比べて魔力の感受性が強い。
その不思議な力が、昔話や神話において人々の生活を乱していることから、その人へ与える影響の大きさがわかるだろう。
魔力は、人格に影響を与える。
稲宮やエレナや先生の発言を聞いていればわかるだろう。
魔力は――人格を歪める。
今でこそ俺はまともだが、ある意味、この中では性格において、『場合によっては』一番妙な性格かも知れない。
「はい、それじゃあホームルームはお終いです。颯希ちゃんは一緒に来て机と椅子を運んでください」
結局最後までマイペースだった先生が、チャイムに合わせて一方的にそういった。




