最初の逆転
割と短編で始めたいと思います!
私は私の身の回りの誰からも愛されている王女だった。母は隣国の美姫として名高い末姫で、兄は将来有望な理性的な第一王子、妹は心の底から愛らしい笑顔で私に笑いかけてくれる。
父も母の前ではつい表情を緩めて、私達を可愛がり、頭を撫でて大事にしてくれる。
寵愛される正妃の娘という事で、私は何不自由なく生活を送っていた。
あの日、までは。
最初は、単なる冬の寒さと乾燥で咳込んでいるだけだと思っていたのだ。だが母は咳き込むようになってから一気に体力を奪われていき、すぐに寝台の住人になって、毎日のように高熱にうなされるようになって、日常的に今日でもうだめかも知れない、と言う状態になるようになっていった。
父は母を失いたくないとあらゆる手段を使ったが、どれも功を奏しなかった。
子供達も、病が移ってはならないと、母のお見舞いに行くことすら許されなくなっていった。
兄は知り合いのつてをいくつも頼ったけれども、どれも効果がなく、妹は寂しさのあまりに毎日泣いていた。
私も泣きたかったけれども、私はそれよりも、必死に、祈りを捧げたのだ。
捧げた祈りの場所は大神殿の、病を癒すという神をかたどった像の前。
毎日、毎日、祈りが本気だと証明するために、裸足で城から大神殿まで歩き続け、像の前で最大級の祈りの姿勢になって、どうか母をお救いくださいと祈り続けたのだ。
足の裏は冬の寒さにぼろぼろになっていたけれども、母が助かるならそんなもの関係なかった。当時心の底から思っていた事実だった。
そんな生活を一ヶ月も続けていただろうか。冬の寒さが一層過酷になり、召使い達が、そろそろ裸足での詣でをやめるように言うようになった頃。
「そんなに救いたいのか」
祈りを捧げ続けていた私は、耳元で何者かの声を聞き、はいと即答した。
「お前の大事なものが失われても、母親を救いたいのか、死神から」
はい、とそれも即答した。大事なものと言われても、ものというのだから、ドレスとか飾り物とか、そういった愛着のある道具を指しているのだと思ったのもある。
他に大事な”もの”が思い浮かばなかったのだ。
そしてこの即答に、何者かの声が笑いを含んだ調子でこういった。
「へえ、面白い。なかなか見どころのある女の子だ。よろしい。あくる朝まで、お前がここで一睡もせずに祈り続けたら、その願いを叶えてやろう」
そこで私は、その声の主が囁く間、何者の声も物音も聞こえていなかった現実に気付いた。一気に世界の音が戻ってくる。
「……いまのは」
わからなかった。でも、今日一晩、ここで、一睡もしないで祈り続けたら、母が絶対に助かる、という事だけはどうしてか分かったから、私はそのままの姿勢で、召使いたちがどんなに、帰ろうと言っても、祈るのだとわがままをして、一晩、次の朝が来るまで、祈り続けたのだった。
そして奇跡は起こってくれた。 正妃の母の熱は下がり、あれほどの体の中に巣食っていた病が消え去ったのだ。
それを聞いて、私は止める人たちの手を振り払い、母の部屋に飛び込んだ。
兄も妹も、母の回復を心から喜んでくれていた。だから。
「おかあさま!! よかった!」
私は母の胸に飛び込もうとして……母が私を見て顔を歪めたから動けなくなった。
「誰がお前の母親であるものですか」
言われた言葉の意味が全くわからなかった。その母を見て、父がとりなすように言った。
「その娘は一晩中、お前の病が去るように祈り続けたのだぞ、さすがは亡国のとは言え、巫女が生んだ子供というだけあって祈る事だけは出来たようだ」
父は何を言っているのだ? 母以外に母など居ないのに、私が別の女性から生まれた子どものように言うなんて。
混乱する頭で、でも次に言われた言葉には目を見開いた。
「リリアンヌはどこなのですか! 私のかわいい長女のリリアンヌは!」
「な、なにを」
リリアンヌという名前は私も流石に知っている少女の名前だった。
リリアンヌは、国王である父の妾の、もとはとある国の巫女だったという女性が生んで育てている少女の名前だった。
その名前を私が知っていたのは、使用人達がコソコソと話しているのを聞いていたからだ。
何が起きた、何が起きている、何が行われている。
小さかった私には何もわからないまま、私は兵士に引きずられて、今まで立ち入った事のない、父の妾に与えられていた薄暗い、今まで暮らしていたところとは似ても似つかない寂れた離宮に放り込まれたのだった。
そして、そこで泣き伏していた少女が、兵士に恭しく声をかけられて、ぱっと顔を上げて、
「お母様がもう一緒に暮らしていいとおっしゃってくださったのね!!」
と大喜びの子供の顔で兵士達に確認して、兵士達に連れて行かれるのを、見送ったのであった。
それが大体十歳の頃。もう六年以上前の話だ。




