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浮気旦那の隠し方が完璧すぎたので、こちらも完璧に復讐の準備することにしました  作者: こまめ


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第一章  夫は何も変えなかった


夫は、何も変えなかった。


それが一番、恐ろしかった。


浮気をしている男は、急に優しくなる。


そんな話を、昔どこかで聞いたことがある。


罪悪感をごまかすために、花を買って帰る。


急に家事を手伝う。


スマホを裏返して置く。


風呂場まで持っていく。


残業が増える。


服装が変わる。


知らない香水の匂いがする。



でも、うちの夫は違った。


夫は、何も変えなかった。


亮平は、いい夫だった。

少なくとも、周りからはそう見えていた。



朝は六時半に起きて、子どもたちの水筒に氷を入れる。

小四の娘・美月が寝癖のまま食卓に来ると、

「今日も芸術的だな」と笑って髪を結んでやる。



七歳の息子・悠真が靴下を片方なくしたと騒げば

洗濯機の横から見つけ出して

「探偵になれるぞ」と頭をなでる。



私はその姿を見るたびに、何度も思っていた。

この人と結婚してよかったな…と


仕事は忙しい。

営業部の課長で、部下もいて、取引先との付き合いも多い。



それでも子どもの行事にはできるだけ顔を出した。

授業参観にも来た。

運動会の場所取りもした。

悠真の自転車の補助輪を外したのも亮平だった。




ママ友たちにもよく言われた。

「紗季さんの旦那さん、本当に協力的だよね」

「うちなんて何もしないよ」

「羨ましい」


——そのたびに私は少し照れながら笑い

「そんなことないよ、家では普通だよ」と返しながら、

心のどこかで誇らしかった。



夫が褒められることは、

自分の家庭が認められることに似ていた。

私たちが築いてきた毎日が、間違っていないと

言われているようで嬉しかった。



だから私は、亮平を疑わなかった。



スマホを隠すような仕草もなく、

私の前で普通に通知を見る。

子どもたちの写真を待ち受けにしている。

財布の中身も、クレジットカードの明細も、

見ようと思えば見られる場所にあった。

浮気をする男のわかりやすい雑さが、亮平にはなかった。



今思えば、それは誠実だったからではない。



隠すのが、うまかったのだ。




最初の違和感は、日曜日の朝だった。




亮平は半年前から、健康のためにジョギングを始めた。

きっかけは健康診断だった。

中性脂肪の数値が少し悪かったらしく

「このままだと腹だけ部長になる」と言って亮平は笑った。



私はその時、いいことだと思った。

子どもたちも「パパ、マラソン選手になるの?」

とはしゃいでいた。



日曜の朝、亮平は六時に起きる。

私はまだ布団の中。子どもたちも寝ている。

洗面所で顔を洗い、静かに着替え、

玄関でランニングシューズを履く。



「行ってくる」——小さな声でそう言って出ていく。



帰ってくるのは七時半頃、シャワーを浴びて、

八時には家族で朝食を食べる。



それは、あまりにも健全な習慣だった。

だから私は疑わなかった。

毎週走りに行く亮平を、むしろ単純にすごいと思っていた。



けれど、ある朝。悠真が食卓で、ふいに言った。



「パパ、今日も走ってきたの?」



亮平はトーストにバターを塗りながら答えた。

「走ったよ。公園の方まで」


「ふうん」。


悠真は牛乳を飲んで、首をかしげた。



「汗の匂いしないね」



「シャワー浴びたからだろ」



「でも、体育のあとみたいな匂いしない」



「パパは爽やかだから」



亮平がふざけて胸を張ると、

美月が「自分で言うのきもい」と笑った。


その場は、それで終わった。

私も笑った。本当に、その時は笑った。



けれど、その日の午後、

洗濯物を洗おうとしてる時に、ふと手が止まった。



亮平のランニングウェア。



汗を吸った服独特の重さがない。



その日は五月で、朝から湿度が高かった。

私がベランダに出るだけで首筋がじんわりするような日だった。

それなのに、亮平のシャツは妙に軽かった。

走ってきた人の服ではなかった。



馬鹿みたいだ。

コンビニに寄って休んだのかもしれない。

歩いたのかもしれない。疑う理由なんて、何もない。



私はシャツを嗅いでみた。

その瞬間、汗とも柔軟剤ともうちの匂いとも違う匂いが、

ほんの少しだけした。甘い匂いではなかった。

女の香水という、わかりやすいものでもなかった。



清潔な匂い。



ホテルのシーツのような、誰のものでもない匂い。



何を考えているんだろう。

夫は家族のために朝から走っているだけ。

私が疲れているだけ。


そう思った。



その頃の私は、子どもたちのことで手いっぱいだった。

美月は塾に行き始めたばかりで宿題を見る時間が増え、

悠真は小学校に入ってから朝になるとお腹が痛いと言う日があった。



パートから帰ると夕飯を作り

洗濯物を取り込み、連絡帳を確認し

二人の話を聞き、気づけば夜になっていた。



夫を疑う余裕なんてなかった。



明日の体操服。

給食袋。水筒のパッキン。

娘の漢字テスト。息子の折れた鉛筆。

冷蔵庫の卵。支払い期限。燃えるゴミの日。

そういう小さなものに追われていると

大きな裏切りは見えにくくなる。




亮平は、それを知っていたのだと思う。

私が母親として忙しいこと。子どもたちを優先すること。

家庭が回っていれば、多少の違和感を飲み込むこと。

彼は私の性格も生活も、全部わかったうえで隠していた。



次の違和感は、金曜日の夕方だった。



亮平より


今日、部の飲み会。遅くなる。子どもたち寝かせてて

いつもの文面だった。



《了解。飲みすぎないでね》と返した。



その夜、美月が算数の問題で泣いた。

悠真は明日の図工に使う空き箱が必要だと言い出した。

夕飯の片づけも途中のまま、私は家中の空き箱を探した。

亮平のことを考える余裕はなかった。



ところが二十二時過ぎ、スマホが鳴った。

亮平の会社の奥さん仲間、由香さんからだった。

とても仲良くさせてもらっている。

彼女の夫も、亮平と同じ会社だ。部署は違うけど



由香さんより


お疲れ様〜

今日、ちょっと顔出そうかと思ってたけど

うちの人、帰ってきたからまた、今度ね



亮平は、会社の飲み会と言った。

でも同じ会社の人は帰ってきている。


会社でも部署が違うからね。

自分に言い聞かせた。

疑い出すとキリがない。

でも、考えてしまう。



私は、わかった。了解と返した。


それから、キッチンの椅子に座った。

家の中は静かだった。子どもたちは寝ている。

食洗機の低い音だけが聞こえる。



私は亮平に電話しなかった。メッセージも送らなかった。



聞いてはいけない気がした。

聞いた瞬間、夫はきっと答えを用意する。

部署別の飲み会だった。

取引先と急に会うことになった。

言い間違えた。

亮平は、きっとうまいいいわけを考える。

そして私は、その説明に納得したふりをする。



そんな未来が見えた。



だから、私は何もしなかった。

何もしないまま、時計だけを見ていた。



亮平が帰ってきたのは、午前零時を少し過ぎた頃だった。

足取りはしっかりしていた。


酒の匂いは、少しだけした。



「遅かったね」と私は言った。


亮平は靴を脱ぎながら、申し訳なさそうに笑った。

「二次会まで捕まった」



完璧だった。


声も、表情も、間も。

嘘をついている人間特有の焦りが、どこにもなかった。

「お疲れさま」と私は言った。亮平は洗面所へ行った。



その背中を見ながら

私は初めて、自分の中に硬いものが生まれるのを感じた。



疑いではない。決意に近いものだった。



まだ証拠はない。問い詰める材料もない。

でも私はもう、自分の違和感を捨てない。

母親だからこそ、感情だけで動けない。

子どもたちの生活を壊すなら、

壊す順番を間違えてはいけない。

泣き叫ぶのは最後でいい。怒鳴るのも最後でいい。



まずは、知る事。


夫が何をしているのか。

本当に誰かといるのか。

どこで、どんな顔をしているのか。

そして、私と子どもたちを裏切ってるのか

本当のことなんてまだ解らない。



私はその夜から、記録を始めた。



スマホのメモではなく、紙のノートにした。

万が一、亮平に見られないように、

子どもたちの学校プリントを入れている

ファイルの奥に隠した。



記 録 第一頁

日曜朝のジョギング。汗の量が不自然。


ホテルのシーツのような匂い。


金曜、会社の飲み会

帰宅は零時過ぎ。酒の匂い少し。説明に乱れなし。



書き終えた時、手が震えていた。

夫が浮気しているかもしれないことよりも、

私が夫を疑うところまで来てしまったことが。




美月と悠真の寝顔を見に行った。

二人とも、何も知らずに眠っていた。

美月は布団を蹴っていて

悠真はお気に入りのぬいぐるみを抱えていた。



この子たちの父親を、私はこれから調べるのだ。



そう思った瞬間、胸がつぶれそうになった。

でも同時に、別の感情もあった。



もし亮平が本当に裏切っているなら。

もし別の女と笑いながら、この家に帰ってきているなら。

もし子どもたちの寝顔を見て、何食わぬ顔で父親を演じているなら



私は絶対に許さない。



ただ泣いて終わりになんてしない。

子どものために我慢する妻にもならない。

脳内お花畑の母親だけにはならない



その日から私は、妻ではなくなった。


夫を信じる妻ではなくしたたかに


夫の嘘を一つずつ拾う女になった。



亮平はまだ知らない。

自分が完璧に隠していると思っていた日曜の朝も

金曜の夜も、これから全部、私のノートに積み上がっていくことを。



そのノートの存在を。



地獄は、突然落ちるものではない。


静かに、足元から床が抜けていく。


私はその床板を、一枚ずつ外すことにした。

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