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浮気旦那の隠し方が完璧すぎたので、こちらも完璧に復讐の準備することにしました  作者: こまめ


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1/3

序章 父親という仮面の裏に、夫のもう一つの生活があった

夫が人事部に呼び出されたあの朝

私はコーヒーを淹れていた。


 

いつもより少し丁寧に豆を量って

いつもより少し熱い湯を注いで

リビングの窓際でその香りが立ち上るのを

ただ待っていた。



泣いてなどいないし

泣くつもりもさらさらない。



空は信じられないほど晴れていた

洗濯物がよく乾きそうな青空

近所の小学生たちの声

犬が吠える音



いつもと何も変わらない平和な朝



けれど、その日を境に

夫の人生は静かに崩れ始めた。



営業部課長という肩書き

社内での信頼

部下からの尊敬

取引先からの評価



「家庭を大切にする良き父親」


という外面全部、剥がれていった。

一枚ずつ、音もなく、けれど確実に…



夫の名前は、藤堂亮平。三十九歳。



大手住宅設備メーカーの営業部課長

人当たりがよく、話がうまく、上司には可愛がられ

部下には慕われるタイプ。


学生時代から自然と中心にいる人間で

空いたグラスに気づき、相手が欲しい言葉を

欲しい温度で差し出せた。



取引先の懐に入り込むのがうまく

社内では藤堂に任せれば何とかなると言われていた。



三十代後半で課長になった時

義母は親戚中に自慢していた。



「亮平は昔から、人に好かれる子だったから」


私はその言葉を当たり前のように聞いていた。


 


私の名前は、藤堂紗季。三十七歳。




近所の調剤薬局で週四日のパートをしている。

結婚前は広告会社で営業事務をしていたが

二人目の出産を機に辞めた。



特別な才能があるわけでも、

人前で目立つタイプでもない。

亮平みたいに、誰からも好かれる器用さもない。



でも、家庭を回すことには真面目だったと思う。

朝ごはんを作り、子どもたちを送り出し

帰ってきたら夕飯の準備をする。




学校からのプリントを確認し、

習い事の時間を管理し、上履きを洗い、

冷蔵庫の中身を見ながら献立を考える。




誰かに褒められることでも、給料が出ることでもない。

けれど誰かがやらなければ、家は止まる。

私は、その止まらない毎日の裏側にいた。



娘の美月は十歳。

しっかり者で、少し大人びている。

私が疲れていると「ママ、今日カレーでいいよ」

と言うような子だった。


息子の悠真は七歳。甘えん坊で、

まだ夜になると私の布団に潜り込んでくる。

パパが大好きで、亮平が帰ってくる足音を聞くと

玄関まで走っていくような子供



郊外の分譲マンション。三LDK。

住宅ローンはあと二十七年。

週末は大型スーパーへ行き、

月に一度は回転寿司を食べ、

夏休みには近場の温泉に一泊する。



けして派手な幸せではなかった。

でも私は、その生活を愛していた。

朝、亮平が悠真のランドセルを直してやる姿。

美月が「パパ、髪結ぶの下手」と

文句を言いながら鏡の前で笑う姿。


日曜の夜、四人でソファに詰めてテレビを見る時間。

そういう小さなものを、本気で宝物だと思っていた。



だから最初の違和感を、私は見逃した。




見逃したというより——見逃したかったのだと思う。





不倫相手の名前は、桐島玲奈。二十九歳。


亮平の会社の営業企画部にいた女だった。

初めてその名前を知った時、

私は彼女をただの若い女だと思った。


家庭のある男に近づき、甘い言葉に酔い、

自分だけは特別だと思っている、よくいる不倫女。



 でも、違った。




玲奈はそんなに単純な女ではなかった。

展示会の企画、販促資料の作成、取引先向けの提案書。

亮平の営業成績を支える裏側に、彼女の仕事があった。


頭がよく、社内でも評判がよかった。



「桐島さんは気が利く」「若いのに落ち着いている」

「男性社員に媚びないところがいい」——そんな女だった。



けれど私から見れば、彼女は泥棒だった。



 夫を盗んだだけではない。

 父親を盗んだ。

 家族の時間を盗んだ。

 私の信頼を盗んだ。

 


子どもたちの何も知らない笑顔まで踏みつけた。



そして何より許せなかったのは、

彼女が私たちの家庭を知っていたことだった。


妻がいることも、子どもが二人いることも、

娘が小四で息子が小一であることも知っていた。

知っていて、それでも亮平の隣に立った。



いや、立っただけならまだよかった。

彼女は、私の席に座ろうとしていた。





浮気は、もっと派手なものだと思っていた。

知らない香水の匂い。ホテルのレシート。

深夜の電話。急に変わる服装。雑な嘘。




でも亮平と玲奈の不倫は、そんな雑なものではなかった。

二人は慎重だった。

連絡は会社用のチャットを使い

必要なやりとりに見えるよう偽装していた。

会う場所も出張先や展示会の準備

休日出勤の名目に紛れ込ませていた。

レシートは残さない。

写真は撮らない。

帰宅後の態度も変えない。




亮平は、私の前でいつも通り父親を演じた。

美月の宿題を見て、悠真と風呂に入り

私には「疲れてるなら先に寝ていいよ」と言った。




その優しさが、今思えば一番残酷だった。




夫に冷たくされたなら、まだ疑えた。

怒鳴られたなら、まだ憎めた。

でも亮平は、家庭を壊しながら家庭を私を大事にした…




だから私は、自分の違和感の方を責めた。

私が疲れているだけ。考えすぎ。



夫を疑うなんて最低だ。



そうやって何度も、自分の感覚を押し殺した。

けれど、違和感は消えなかった。




日曜の朝だけ、亮平の生活に小さな空白ができる。

会社の飲み会だと言った日に、同じ部署の人間が家にいる。


消えているはずの時間に、なぜか夫の機嫌がいい。

家族写真を撮る時、亮平だけが少し遠くを見る。



 証拠にはならない。



でも、妻にはわかる。

長く一緒に暮らしてきた人間の中に

自分の知らない部屋ができていることくらい。





 ある日曜の朝、悠真が言った。


「パパ、今日も走ってきたの?」


 亮平は笑って答えた。「走ってきたよ」


 悠真は牛乳を飲みながら、首をかしげた。


「でもパパ、汗の匂いしないね」




その瞬間、私は初めて夫を見た。



夫ではなく、ひとりの男として。

亮平はいつも通り笑っていた。

美月もつられて笑った。


悠真も何も知らずにトーストをかじった。

食卓は平和だった。白い皿。

焼きすぎたトースト。

半分残ったスクランブルエッグ。

子どもたちの笑い声。




でもその平和な朝の真ん中で

私の中の何かが静かに目を覚ました。



この人は、嘘をついているかもしれない。



そう思った瞬間から、私はもう前の私には戻れなかった。



それでも、私はその場で問い詰めなかった。




亮平は嘘がうまい。玲奈は頭がいい。

そして私には、守らなければならない子どもが二人いる。



感情だけで動けば、負ける。

泣いて責めれば私は



「ヒステリックな妻」にされる。



怒鳴れば、亮平は「家庭で安らげなかった夫」になる。

玲奈は「相談に乗っていただけの女」になる。

そんな逃げ道を、私は絶対に与えたくなかった。



 だから決めた。


証拠を集める。言い逃れできない形で。

弁護士も、調停委員も、誰が見てもわかる形で。



夫が守ってきた地位を、女が積み上げてきた評判を、二人が隠れて楽しんだ時間を——全部、白日の下に引きずり出す。


それがどれほど時間のかかる作業でも構わなかった。


 


地獄は、怒鳴って作るものではない。

静かに、丁寧に、相手の足元へ置いていくものだ。




この時の亮平は、まだ何も知らない。



自分が完璧に隠していると思っていた朝の空白が、やがて一冊のノートに記録されることを。

その後何が起こるのかを…




そして桐島玲奈が

慰謝料よりも、退職よりも、噂よりも恐れるものを

私が最後に突きつけることになるなんて——


私自身も、まだ知らなかった。


ただ一つだけ、はっきり覚えている。


あの日の朝。


悠真の何気ない一言を聞いた瞬間、

私は母親の顔で笑いながら、

心の奥で夫を見捨てた。


そして、私の人生を守るための復讐が始まった。……

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