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今日もキミと夢をみる  作者: ゆあ


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第14話 重なる片想いの終わり

 十四歳の夏。放課後の校舎は、部活動の掛け声と、遠くで鳴り始めた雷の音に包まれていた。


 冴姫は、忘れ物を取りに戻った教室の窓から、夕暮れのプールサイドを見下ろしていた。


 そこには、練習を終えたばかりの真凛と、彼女に頼まれたスポーツドリンクを届けて戻ろうとする優の姿があった。


「……あ」


 冴姫は、思わず息を止めた。

 優が背を向けて立ち去ろうとした、その一瞬。


 いつも強気で、太陽のように笑う真凛が、誰にも見せたことのない顔をしたのだ。


 それは、熱に浮かされたような、ひどく脆くて、切ない眼差し。


 優の背中を追う彼女の瞳は、まるで「行かないで」と叫んでいるかのようで、同時に「気づかないで」と祈っているようにも見えた。


(……真凛ちゃん)


 冴姫の胸の奥で、あの五歳の夏に感じた「チクリ」という痛みが、今度は激しい動悸となって跳ねた。


 真凛は、誰にも言っていない。親友である自分にさえ。

 けれど、その瞳の輝きは、言葉よりも雄弁に物語っていた。


 ――真凛ちゃんは、優くんのことが好きだ。


 その事実が、落雷のように冴姫の心に突き刺さる。


 それと同時に、冴姫は自分の中にある、ずっと名前を付けられなかった感情の正体を、はっきりと理解してしまった。


(……わたしもだ)


 真凛ちゃんのあの瞳。あんなに苦しくて、愛おしくて、独り占めしたくてたまらないような顔。


 それは、いつも優くんの隣を歩くとき、冴姫が心の中で隠していた顔そのものだった。


「……そっか。そうなんだね、真凛ちゃん」


 窓に手を触れると、硝子は夏の終わりの熱を帯びていた。

 大好きな親友と、一番大切な「騎士様」。


 二人が仲良く笑い合う姿を微笑ましく見ていたはずの毎日は、この瞬間から、「秘密の共有」へと塗り替えられてしまった。


(真凛ちゃんは言わない。……だったら、わたしも言わない)


 真凛が自分の想いを隠し、友情という仮面を被り続けるのなら、自分もそれに合わせよう。


 そうしなければ、この幸せな三人組が壊れてしまうから。

 けれど、冴姫の指先は、嫉妬という名の冷たい熱に震えていた。


「……ごめんね、真凛ちゃん。わたし、優くんだけは……譲れないよ」


 プールの水面に反射した夕焼けが、赤く、血の色のように冴姫の頬を染める。


 これが、三人の間に引かれた、決して越えてはならない境界線だった。


 友情という温かい毛布の下で、二人の少女がそれぞれに鋭い恋心を研ぎ澄ませる。


 そんな二人の葛藤など露知らず、優はプールの出口で、真凛に向かって大きく手を振っていた。


 その笑顔が、二人の心をいっそう激しく、深く、かき乱していく。


 ――そして月日は流れ


 三月の風は、まだ少しだけ冬の名残を運んでいた。


 卒業証書の筒を抱え、生徒たちが校門へと向かう喧騒の中。放課後の誰もいない旧校舎の屋上には、俺と冴姫の二人だけがいた。


「……冴姫。ずっと、言いたかったことがあるんだ」


 俺の声は、自分でも驚くほど震えていた。

 隣に立つ冴姫は、少しだけ俯いたまま、桜色のマフラーに顔を埋めている。


「俺さ、ずっと冴姫のこと、守りたいって思ってた。……でも、それは『騎士』としてだけじゃない。一人の男として、冴姫の隣にいたいんだ」


 心臓の音が、うるさいほどに耳元で鳴り響く。

「俺と、付き合ってくれないか」


 その瞬間、冴姫の体がびくりと揺れた。


 彼女が顔を上げると、その大きな瞳には、今にも溢れ出しそうな涙が溜まっていた。


「……ゆうくん。……わたし、……っ」


 彼女の頭の中に、真っ先に浮かんだのは、さっきまで一緒に笑っていた真凛の顔だった。


 中学時代から、ずっと隠し通してきた真凛の恋心。誰にも言わずに、ただひたむきに優を想い続けてきた親友の横顔。


 本来なら、ここで立ち止まるべきだったのかもしれない。真凛に相談し、三人の関係が壊れない方法を模索すべきだったのかもしれない。


(……でも。……嫌だ。渡したくない)


 冴姫の胸の奥で、どろりとした黒い感情が渦を巻いた。


 ここで断れば、いつか真凛が優の隣に立つ日が来るかもしれない。優のその優しい言葉が、真凛に向けられる日が来るかもしれない。


 ――そんなの、耐えられない。


「……はい。……わたしも、優くんが好き。……ずっと、大好きだったの」


 冴姫は、優の胸に飛び込んだ。

 温かい体温と、柔らかな制服の匂い。


 幸福感が全身を駆け巡る。けれどそれと同じくらいの重さで、親友を裏切ったという「罪の意識」が、彼女の心に冷たい杭を打ち込んだ。


 その日の夕暮れ。


 校門で待っていた真凛に、二人は「付き合うことになった」と告げた。


「……あはは! なんだよ、やっとかよ! 遅すぎだっての!」


 真凛はいつものように快活に笑い、二人の背中をバンバンと叩いた。

 けれど、一瞬だけ。


 ほんの一瞬だけ、真凛の瞳から光が消え、深い奈落のような絶望がよぎったのを、冴姫は見逃さなかった。


(……ごめんね、真凛ちゃん。……わたし、ひどいよね。……でも、後悔はしてないよ)


 冴姫は、優と繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。


「真凛の気持ちを知りながら、何食わぬ顔で幸せになる」という残酷な選択。

 それは、中学時代に引いた境界線を、自らの手で踏み越えた瞬間だった。


 この日から、三人の絆には、目に見えない「亀裂」が入ったのかもしれない。


 冴姫は優を手に入れ、真凛は自分の心を殺して二人を祝福し続ける「親友」を演じるようになった。


 そして数年後。


 今度は真凛が、冴姫の命を救うという名目で、その「契約」を奪い返しに来る。

 あの日の冴姫と同じように、罪悪感に震えながら。


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