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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第一章 降りしきる悪意の中で
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七、ひとつ屋根の下

「おかえりなさい、玲央さん。お疲れのところ申し訳ないのですが……お買い物、お願いできますか?」


 なんだかんだあって、俺は真鈴さんと同棲することになった。不思議なもので、一度お互いの距離が近づいたことを認め合うと、そこからはとんとん拍子に話が進んだ。俺の部屋に真鈴さんが来ると言われた時は、反射的に二人で住むには狭いですよと返したのだが、まるでパズルにピースをはめるかのように、彼女の荷物全てがすっぽりと部屋に収まってしまった。さすがに俺の部屋が殺風景で、物がなさすぎると虚しくなった。

 同棲するといっても、二十四時間一緒にいるわけではなく、それぞれがそれぞれに時間を過ごしている。二人で一緒に何かをする時間は、前より少し増えた程度だ。ただ、俺の仕事の都合上、もう少しで真鈴さんを一人にしてしまうので、二人でいられる時間は濃密にしようと心がけている。夜にお互いのことを知り合うタイミングは、一緒に暮らし始めて比較的すぐに来た。言葉にはしていないが、なんとなくこのままいけば結婚するんだろうな、という予感がお互いあったのだと思う。


「なんだか、嬉しそうですね」

「そうですか?」


 一緒に暮らし始めて以来、真鈴さんの機嫌が悪いところを一度も見たことがない。もともとにこやかで、きっと実験台にされていた時も怒りより悲しみの方が支配的だったのだろう。けれど時々――具体的には、夜にそういうことをした次の日は、より機嫌がいい気がする。俺の手をふいにぎゅっと握って、にっと笑うところは、とても過去のことなんて感じさせない普通の女の子そのものだ。

 買い物から帰ってきて、一緒にご飯を食べている時、いつにも増してご機嫌なのが伝わってきたので、そんな会話になった。


「玲央さんって、握力も強いんですよね……? 鍛えて、いますし」

「まあ、それなりには」

「つまり、私と手をつなぐ時には、調整してくださってるんですよね」

「それはもちろん。というより、握りつぶす勢いで女性の手を取る人はいないと思いますが……」

「そういう悪意もありますよ、きっと。でも、玲央さんにはそれがないので」

「真鈴さんの手ほど、素直に取りたいと思える手はないんですよ」

「……っ!?」


 いつもそうやって仕掛けてくるくせに、簡単に押し負けるのが真鈴さんだ。そもそも俺よりずいぶん年下なのにさん付けで呼んでもらっているという事実自体を、とても喜んでいる節がある。変わっているというか、なんというか。


「……そ、その、私、玲央さんと一緒にいられて安心もしているんです」

「安心?」

「他人のことを……というより、男性のことを好きになれるかどうか、不安だったので」

「その割には、最初から全力で来てましたけどね」

「……えっ」

「え?」

「わ、私、そんなに必死でしたか……?」

「結構自覚なくグイグイ来るなあ、とは思ってましたよ。克矢の方がそのへんは鋭かったですけどね」

「あ、あれ……? 私、恥ずかしいことを……」


 真鈴さんがうつむいてしまったので、話が続くようにこちらから軌道修正した。


「そういえば、そろそろまた任務に出るので。しばらくいなくなります」

「いつぐらいに帰られるかは、教えてもらえないんですよね」

「そうですね、それは決まりなので」

「だったら、また一緒にお出かけしたいです。ダメですか?」

「ダメですかと言われて、俺が断れると思いますか」

「……断れないと思って、言っています」

「なかなかやり手ですね」

「その代わり、今度は玲央さんに、行き先を決めてほしいです」


 二人で一緒に行って楽しい行き先はどこだろうか。アウトドア全開のところに行ってもいいのだが、キャンプやマリンスポーツはまだハードルが高いだろうか。これからさらにデートはするだろうし、穏やかに散歩くらいが今はちょうどいいかもしれない。


「そうですね……アウトレットとか、どうですか。ほら、ここから少し行ったところに」

「あ、もしかして、私の水着……見たいんですか?」

「……えっ」

「…………えっち、ですね」


 恥じらいながらそう言ってきた彼女の表情が今まででダントツにいじらしく可愛らしかったとは、今後も口が裂けても言えない。


「その……そんなに、プロポーションには自信がないので」

「何言ってるんですか。そんなにいい体……いや、これ以上はやめておきましょうか」

「い、いずれにしてもっ、……たとえ夫になる方でも、水着選びに、付き合っていただくわけには……っ」


 トマトのように顔を真っ赤にしていたので、これ以上はやめようとこの話題は自重した。結局どこに行こうかという話に戻る。


「ああ……そういえば、アウトレットの近くに植物園がありましたね。あそこはいいかも」

「……植物園、ですか?」

「今俺には似合わなさそうとか、思いませんでした?」

「思って、いないですよ? 玲央さんが節々で可愛らしいひとだというのは、もう分かっているので」


 昔の日本人に合わせた仕様の建物なら天井にしょっちゅう頭をぶつけるほどの大男だが、花を見るのは好きだ。仕事の都合上自分で育てるのは難しいが、いつかはやってみたいと思っている。


「育てて、みますか?」

「え?」

「私がいるので、玲央さんがお仕事の間も面倒は見られますよ」

「いや、そうではなく」

「『いつかは育てたいんだけどなあ』って顔をされていたので。分かりやすいですよ、玲央さん」

「……っ」


 目つきが悪いのも相まって、何を考えているかよく分からないと言われがちなのだが、真鈴さんには分かるのだろうか。完璧に言い当てられるとそれはそれで恥ずかしい。


「決まり、ですね? 今度見に行きましょう、私もやってみたかったので」

「その前に、植物園行きませんか。家庭菜園用の苗もいくつか売ってるでしょうし」

「……はい!」


 では早速、といきたかったのだが、アウトレットの近くにあってお客さんが流れやすいのか、俺が次の任務に出るまでの間で入場予約は空いていなかった。仕方ないので、俺が帰ってきてから改めて行くことになった。


 この時はまさか、真鈴さんが突然姿を消すとは思ってもいなかったのだ。

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