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生き方を忘れてきた私たちは  作者: 奈良ひさぎ
第参章 最後ノ魔術師
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参拾肆、東京駅丸ノ内南口

「言っとくが、俺は魔術は使えねえぞ。お前らを東京に飛ばす術もねえ」

「分かっています。新幹線で向かいます、時間はかかりますが」

「髙橋も距離があるんじゃ意味がねえからなぁ」


 当たり前の話のようだが、魔術は使用者の視界の範囲内にいる人、物が対象らしい。奏にもしものことがありゃ困るからさっさと助けに行け、と見送る三嶋さんを背に、俺と藍は異動を始めた。藍がさっと取ったチケットで新幹線に乗り、東京駅まで。2時間ほどの道のりだ。


「……どうした」

「いえ……。少し、引っかかることが」

「引っかかること」

「奏の計画が、あまりにとんとん拍子で進んでいないかと思うんです。もちろん、ほとんど誰にも詳細を打ち明けなかったことで、妨害されずにここまで来ているという可能性もあるのですが。まるで、最初からこうなることが定まっていたかのような」

「思い通りに事を進める魔術、なんてものはないんだろ」

「ええ、ありません。ただし、周りの人間の精神に干渉して、偽の記憶を植えつける魔術は存在します」

「……っ!」

「私ですら、奏が何を考えているのか分からないことがあります。あの細めた目で何を見通しているのか……。『レベル2』の施設まで突破し、あとは柏柚香の暗殺で計画を完遂できるという私たちの持つ情報が、本当に正しいのでしょうか」

「奏が俺たちに、嘘をついてるってことか? だとしたら、どこから?」

「『レベル1』『レベル2』施設の陥落や、つくばがダウンした際に鳴ったあの警報は、髙橋さんが直接魔術で保護しています。奏の干渉はできませんから、今つくばも星芒市も日常生活すらできない状態に陥っているのは、間違いないと思います。それ以外のところ――例えば、現在の柏柚香がサイボーグに人格を移植し、生きている扱いであるという話。その証拠はどこにも存在しません。まず、柏柚香に直接会ったことがあるのは母だけなので」

「奏も会ったことないのか」

「ええ。ただ――そこが偽りだとしたら? つまり奏は私も知らないところで柏柚香と接触していて、その正体を知っているのだとしたら。玲央さんや私が知ると不利に働く情報を隠しているのかもしれない」

「一応聞くけど……奏と藍は、味方どうしなんだよな?」

「ええ。ただし、全面的に信頼がおける関係かどうかは別の話です。そもそも奏は、仮に過去のどこかの時点で牙をむいていれば、吹田派などとっくの昔に消滅しています。それほどの魔術適性があるのです」


 奏ならあの貼り付けたような笑顔で、淡々と元仲間を粛正していきそうだ。それが容易に想像できてしまうのが一番怖い。


「むしろそれでよく、今まで星芒市の解体に手をつけなかったな」

「そこも謎です。この短時間で星芒市の動きを止められるほど、奏の戦力は強大です。もっと早くに計画を実行していても不思議じゃない。ここまで来ると、私たちに邪魔をされないように吹田に行かせたのではないかと思うのです」

「俺たちが柏柚香の暗殺を止めようとする可能性が? いや……もちろん、サイボーグでも人を殺すのはって話はあるけど」

「今このタイミングで呼び寄せたのも、もう邪魔をされる可能性がなくなったから、なのかもしれません」


 今日だけで目まぐるしいくらいに状況が変わっている。頭に入ってきた知識もずいぶん覆い。疲れていたのか、藍との会話を終えるとお互い寝てしまっていて、気づけば東京駅だった。


「……東京駅って、そわそわしませんか」

「そうか?」

「私が大阪生まれで、どちらかというとアウェーだからでしょうか? 便利な乗換駅というより、様々な歴史の転換点の舞台としての側面を意識してしまいます」


 東京駅は一般人だけでなく、数多くの要人も利用する重要な駅だ。万全の態勢で警護され、要人の移動が行われる。すでに何人か、明らかに普通でない黒スーツに身を包んだ男性が周囲を気にしている様子であちこちにいた。奏の予想で文部科学大臣と柏柚香がここを通るというのが現実になりつつある。


「……おかしい」

「何が?」

「この空気だと、もう間もなく要人がこのあたりを通るように感じます。それなのに、SPの数が少なすぎる」

「サイボーグだから警備が多少薄くても問題ない、とかか……?」

「それはあまりにトリッキーです。そもそも、柏柚香は殺されかけたなど特になく、存命であると世間では認識されていますから」


 その時、あたりを歩いていた客たちがざわつき始めた。あちこちから一斉にうるさくなったのではなく、一点から波が伝わるように徐々にボリュームが大きくなったような感覚。こつ、こつといやに耳に残る足音が響く。足音のする方を背伸びして見た藍が、声を上げた。


「あれは……!?」

「……っ!」


 自然にできた人だかりの中で、俺も藍にならって遠くを望む。確かにこちらに向かって歩いてくる女性がいた。文部科学大臣なのか、柏柚香なのかは分からない。ただ一つ、言えることがあるとすれば、



――その女性は、蓬さんその人だった。



 何が起きているのか?なぜ蓬さんがSPに厳重に囲まれてここにいるのか?ただの一社長がここまで国の重要人物として扱われることがあるのか?そうやって疑問が頭の中で噴出しているうちに、事態は次へ進む。


 どこからともなく、銃声がとどろいたのだ。


 当然SPが一斉に反応し、銃声のした方を向く。迅速かつ的確な判断で半分が容疑者を探し出す作業に、もう半分が蓬さんの身体警護に移行する。当の蓬さんは、銃声のした方を振り返ってはいたが、同様したり腰が抜けたりといったことはなく、これまで見たことがないような冷たい目で周囲の動きをじっくりと観察していた。野次が飛んだり、騒ぎ立てる声がする中で、


――分かっていたか。


 と蓬さんが口を動かしたように見えた。

 もう一発銃声がする。今度は群衆を、一気に警戒態勢に入ったSPをすり抜け、蓬さんの側頭部をかすめる。それとほとんど同時に、蓬さんが自分を抱きかかえるSPに何か命じた。途端にSPたちは蓬さんの警護という最優先の仕事を放棄し、あっという間に銃撃の容疑者を見つけ出して拘束した。二度の銃声にひるんでその場にしゃがんだ群衆の中で、何本もの太い男の腕で組みつかれた奏は、その場の誰よりも目立っていた。


「詰めが……甘かったようだな」

「いいえ? 目的は果たしましたよ。その銃弾には、状態の揺らぎを消し飛ばす魔術の力を込めておきました。『あなたの人格』も、その揺らぎの定義に入っています」

「……っ!」

「もう意識は消えかかっているはずだ。今のあなたは大量に分泌されたアドレナリンのおかげで、辛うじて自分の足で立っている状態。死を受け入れた方がいい。……いや、死ね(・・)

「クッ……は、ハハっ……」


 蓬さんは吹っ切れたように笑い、そして不意に全身に入っていた力を失くして、膝をつき、そのまま倒れ伏した。原敬首相遭難現場のすぐ近くで、血溜まりが広がってゆく。




 仁方(にがた)奏は東京駅丸の内南口において、実の母である仁方蓬を暗殺しようとしたとして、殺人未遂の容疑で現行犯逮捕された。

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